折り鶴

 三日目に説法を頼まれ、僕は教会にいた。

 巡礼者は珍しいからそれなりの参列者がいて、中には街で触れあった子供たちもいた。

 説法は聖典の読み聞かせから始まる。


「救世の勇者は双子山の深い谷を訪れた。そこでは門番が過当な通行税を取っていた。商人から種籾を取り上げようとし……」


 僕は聖典を一通り読み上げた。

 このくだりはけっこう長いから子供たちは落ち着きをなくしている。

 それからひとつ付け加えることにした。


「というのが聖典での記述になっていますが、実際には種籾ではなくユウカノキの種、そして美しい葉を持つユウカノキが取り上げられました。谷にあった国はそれをたくさん植えたので、痛い目を見ることになったのだと思います」


 子供たちが傾聴しているようだ。

 とても身近な話だったからだろう。

 大人たちはより顕著に聞き入って、しまいには拍手が鳴った。



 ◆



「なんだか盛り上がったみたいじゃない?」


 教会を出てすぐの広場で待っていたリゼットが僕を小突いた。

 いつもよりトゲがある。


「うん、少しでも多くの人が勇者の旅について興味を持ってもらえたら良いからね」


「布教活動とは真面目ねぇ。まるで神官みたい」


「あのね、僕って実は神官なんだよ」


「知ってるわよ。で、もう街を出るのよね?」


 僕は広場から道の方へ歩きながら首肯した。


「うん。とても良い街だった。特に夜もずっと燃え続ける山がきれいだったよ」


「そうね。よくばったせいで国ごと燃えたなんて良い気味だわ」


 どうやら僕の説法を聞いていたみたいだ。

 今日もリゼットは苛立った顔だった。

 つまり、それを指摘するのはなんだか火に油を注ぐようだから、知らんぷりして街並みを眺める。


 ふと、目についたのは鳥のアイコンだ。


 どの商店の店先にも角ばった鳥のデザインが描かれている。

 いったいこれは何なのだろう?



 ◆



 僕らは気のいい親父さんの商店の前に来た。

 この商店にも鳥のマークが織物に染め付けされて、暖簾のようにぶら下がっている。

 その暖簾の横から親父さんが顔をだした。


「おう、来たか! さあ上がんな!」


「いえ、もう出発する所なので」


 ちょっと寂しそうに「そうかい」と相づちを売った親父さんは、すっぱりと表情を切り替えて手のひらをぱちんっと叩いた。


「ならそうだ、何か欲しいものはあるかい?」


「欲しいものじゃなくて聞きたいことでも?」


 親父さんは頷いた。

 僕は店先の染め付けを指さす。


「この鳥のマークは街のお店の多くが掲げているみたいですね。何か意味があるんですか?」


 親父さんは腕組みをして首をひねった。


「意味というか、それはこの街の店はみんなオリヅル商館と取引しているからさ」


「オリヅル?」


 そう聞き返すと、親父さんは鳥のマークを指さした。


「どんな意味かは分からんけどね、これがオリヅルだとは聞いているよ」


 カクカクした鳥のマークだと思ったが、まさか折り鶴だったとは。

 しかし、エイミが残したものがこうも残ってるとは驚きだ。

 感心している僕をよそに親父さんはどさどさと僕らの前に商品を並べ始めた。


「これ持っていってよ」


 親父さんが並べたのは質の良い雨具やテントに出来そうな撥水性の布だ。

 どれも高価そうなものばかり。


「こんなにいただけません」


「いいって、いいって。気にしないで。ほらこれもどうだい?」


 さらにより糸を編み込んだハンモックも付ける。

 このまま断らないとまた物が増えそうだ。


「わかりました。受け取りますから」


「それでいいんだ」


 満足そうに笑って親父さんは高価そうな薄手のハンカチを僕の前に置いて手を止めた。

 しかし、もらってばかりは居心地が悪いものだ。


「いただくだけでは申し訳ありません。何か渡せるもの……そうだ」


 僕はこのハンカチを手に取り、その場で折って、畳んでを繰り返す。


「これをどうぞ」


「なんだいこれ? いや、これ見たことあるような」


「折り鶴ですよ」


 親父さんは膝を打った。


「ああ! これがオリヅルなのかい!?」


「はい、折り方も教えますよ」


 ハンカチを開いて、折り目を付けて教える。

 親父さんは仕事人らしい太い指を使って見よう見まねで鶴を折った。


「すごい! これはこの街のルーツだ!」


 いたく感激したようで、折ったハンカチを店先に飾った。

 すると、一人の女性客がそれを目に留め、「街一番の商店のオブジェとは演技が良いではありませんの」と言って、親父さんに売ってくれと頼んだ。

 親父さんはけっこうな額を伝えると、女性客はそれを買っていった。

 親父さんは僕に握手を求めてくるので握り返す。


「最高だよ! これは売れそうだ。この街の新しい商品になるに違いねぇ!」


 そのまま手を引き寄せられて勢いよくハグされた。

 それから僕たちは街を出る。



 ◆



 僕らは街道のレンガ敷きの上を馬で歩く。

 少し先を行くリゼットが振り返った。


「ヨヴィ、良かったの? あれだけ売れるなら、あんたが独占すれば良いのに」


「いいよ。雨具もテントももらったんだし。ギブアンドテイクだよ」


「本当に? きっとあの店主はあんたにあげた以上に儲かってるわよ」


 言われてみたらそんな気がしてきた。

 僕はもらったハンカチで鶴を折って、リゼットの隣に馬を進める。


「あげるよ」


 リゼットの胸の前に折り鶴を差し出す。


「なによ急に」


「別に。あげたかったから」


「変なの。要らないわ」


 ぷい、とそっぽを向いた。

 だから僕は鶴のおしりをつまんで、鶴の首を左右に振る。


「もらってよー」


 リゼットが折り鶴を一瞥する。


「かわいい……。じゃなくて、あんたが要らないならもらってあげても良いんだけど?」


 素直じゃないなあ。

 僕はリゼットに折り鶴を手渡した。


 リゼットはそれをまじまじと見て、ふっ、と微笑む。

 そういえばエイミもこんな顔してたけっけ。


 エイミ、ありがとうな。

 おかげでずっと怖い顔をしていたリゼットの表情がやっとほぐれたよ。


 しばらくしてリゼットは、あっ、と声をもらした。


「いけない。これをもらったらあんたが儲かるかもしれないわ!」


「もう十分に儲かったよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る