火祭り

 谷を抜けた所に街があった。

 何やら賑やかな声や楽器の音色が聞こえてくる。

 人の気配にほっとして額をぬぐったら、手の甲に煤がついた。


「この街の人たちはのんびり屋なのね」


「どうして?」


「あれだけ山が燃えているのに逃げもしないからよ」


 振り返るとまだ山は燃えていた。

 たしかにこの状況で楽しげな楽器の演奏はおかしい。


「いや、本当におかしな街だな」


 ベージュ色のレンガの門には、鮮やかな葉を模した飾り付けがされている。

 この門にも丸太の格子が付いているが、開いたままみたいだ。


 門番は居ない。

 ただ、レンガの塀の上で3人の子供たちが足を投げ出して座っていた。

 なんてことだ。この街の子たちは山火事を知らないのかもしれない。


「山火事だ! 危ないよ!」


 真ん中にいる花飾りを付けた女の子は首をかしげる。


「何が危ないの? 今日から三日間、100年に一度の火祭りなんだってみんな言ってたもん」


 この山ごと燃えているのが火祭りだとでもいうのか。


「山焼きでもしたのか?」


 女の子は「えー、わかんない」と答えた。

 たぶん山焼きという概念が伝わっていないのだろう。


 そんな会話をしていると、「おうい」と声がして、門から男性がでてきた。

 腰巻きをしているところを見ると彼は何かの店の主らしかった。

 僕らの存在に気づいて男性は「あーっ!」と僕の顔を指さす。


「まさか双子山の谷を通ってきたのかい!?」


「そうだけど」


「なんてこった! ささ、早く街に入んな!」


 そう促されるままに街へ招待される。

 この街に門番や関税は無いようだった。


 街はベージュ色のレンガを積んで作った建物が連なり、かなりの人数がそれらの建物の屋上や屋根に上がり込んで、燃える山を物見している。


 僕らは店主に案内されて、織物の商店へやってきた。

 うながされるままに中へ入る。


「ここはうちの店だい。あがって休みな! いま顔を拭くもん持ってくるからよ」


 店主は威勢の良い親父さんで、店に並ぶ布はそんな彼の印象に合った頑丈そうな組ひもが多かった。

 戻ってきた店主からタオル地によく似た布をもらって顔を拭く。

 はあ、やっと日常に戻ってきた感じがする。


「まさか今日に限って双子山を越えてくる人が居るとはね」


「今日は火祭りだと聞いたけど、山焼きをしているようには見えなかった。どうやって火を起こしたんですか?」


「知らないのかい? ユウカノキさ」


 なんかその名前は聞いたことがある気がする。

 リゼットを一瞥するが、「は?」みたいな顔をされたので、彼女も知らないようだ。


「なら、葉が七色に輝く木を見なかったかい?」


「それなら見ました。たくさん」


「燃えるのさ、それが。100年に一度、夕日を浴びると発火する」


 まるで竹の花だ。あるいはユーカリの実か。

 地球にもおかしな植物があるけれど、100年に一度で燃える木はさらにおかしい。

 それで祭りということか。


「あの谷には国があったはずですが」


「今は無いね。燃えちまったんだと聞いてるぞ」


 じゃあ、あの木は国が出来てから山に生えたのか。

 そういえばあの肉厚な手をした商人が取り立てられた税はユウカノキという名前だったかもしれない。

 もしや、いや、まさか。


「ちょっといいかしら。あの国を納めていた人の名前は知ってる?」


 リゼットが割って入った。


「国王ですかい? 日曜教会で神父さまが言ってたのだから、おぼろげにしか覚えてないけど、なんでも自分の国が燃えているのを笑いながら眺めてたとか。ええ、名前はたしかスレトスとかいう名前だった気がするなぁ」


 リゼットから大きな気配がした。

 それは殺気にも似ている。

 僕はその異様さに居ても立ってもいられなくて、そそくさと店を出ようとする。


「それじゃあ僕はこの辺で。わざわざありがとうございました」


「待ちなよ。旅人だろう、君ら。泊まっていきなよ」


「いや、僕は神官なので教会に泊まりますよ」


「おっといけねえ。神官さまでしたか。言われてみりゃあ緑のマントだったな。すすけて分からなかった!」


 マントも洗わなきゃいけない。

 野宿もしたし、山火事にも遭遇するし、教会でしっかり休みたい。


「旅立つ前にうちに寄っていってくれよな!」


 最後まで気のいい親父さんのおかげで僕の心は穏やかになった。

 ただ、リゼットにはもう少し時間が要りそうだ。


 彼女には魔王領へ行く目的がある。

 詳しくは聞けてないけど、きっとそれ関係なのだろう。


 僕らは教会を訪れ、一泊し、街を見て回った。

 一通り見終えて疲れたのでもう一泊した。

 なんだか住人ののんびりさが僕にも移ったみたいだった。


 山はほとんどが燃えて、山頂が少し燃えているだけになっていた。

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