自己犠牲

 翌朝、僕は馬車の荷台に乗り込んだ。

 通用門が開くと、いの一番に馬車が門の前で止まった。


 小太りな門番があくびをしながら、馬車のそばにやってくると、たずなを握った男の顔を見てため息を吐く。


「またか。日を開けても税率は変わらないよ」


 商人はしどろもどろになり、彼の隣に座った女性に耳打ちする。


「ええと、な、なんでしたっけ?」


 女性はベールをかぶって顔はよく見えなかったし、なにかを小さく言っただけだ。

 商人の男は棒読みで門番に告げる。


「ぜ、税の確認をしたい」


「いいだろう。昨日も言ったが、木の実なら4割、種なら7割。樹木ならその価値の5割だ。そして、その横に居る女なら1人で良い」


 門番は荷台を確かめもせず、つらつらと述べた。

 もちろんベールに隠された顔だって確かめていない。


 ああ、そういうことか。


「ならばこの女を……」


 商人が女のベールをめくった。

 その顔は予想通りエイミだった。

 ただ、門番は予想外だったらしく、目を白黒させた。


「これは無一文の女剣士じゃないか!」


 エイミは澄ました顔をして、とうとうと語り出す。


「ええ、そうです。でも、わたしはこの商人さまに買われました。わたしはこの荷馬車の商品です」


 これには門番も「うーん」とうなった。


「残念だが、合法だ。あなたには何の得もないのに。なぜそんなことを」


「目の前に困った人がいたら助けるのは当然だからね」


 その答えにキョトンとした。

 商人も門番も、そして僕でさえも。


 まさかそんな理由で自己犠牲をしたとは。


 僕は不思議と笑いがこみあげてきた。

 さすが僕の妹だ。

 だって、もしも僕が同じ立場だったら、きっとエイミと同じ選択をしていたと思うから。


「あのう、すいません、勇者さん。そんなこと聞かされたら、あなたを売るなんてできませんよう」


 商人がエイミに頭を下げた。

 それから門番の方へ声をかける。


「門番さん、荷台の種を税に出しますよう。だからやっぱり、勇者さんを税に出すのはやめでも良いですか?」


 エイミが「そんな。大事な商品なんでしょ?」と問うたが、商人は「いいからいいから」と手で制した。


「それと、彼女の通行料としてユウカノキも一本まるごと差し上げますよう。どうか彼女を通してあげてください」


 言いたいことがありげなエイミはなにも言えないまま、商人がぐいぐい話を進めた。

 門番も商人が構わないならそれでいいと返し、エイミを乗せた馬車は歩み始める。

 門を過ぎる途中でエイミがとうとう口を開いた。


「どうして? 私は名前すら名乗らない見ず知らずの相手でしょ?」


「勇者さんも同じだよう」


「大事な商品だったんでしょ。それを差し出すなんて」


「もっと大事なものを見つけたんだよう」


 エイミは「そうなんだ」とあまり頓着していない様子だった。

 まったくエイミは鈍感だな。

 商人の暖かい眼差しを見ればわかる。

 彼は優しい心を知ったんだ。


 門を抜ける途中、暗がりのなかでエイミはもぞもぞと何かをいじっていた。

 門を抜けるとベージュ色のレンガで造られた街に出る。

 まだひんやりとした空気がする街は仕事始めの足音がした。


「これあげる」


 エイミは手元でいじっていたそれを商人に手渡した。


「これは?」


「折り鶴だよ。なんだかもらいっぱなしは居心地が悪くて」


「オリヅル?」


 まあ、伝わらないのも仕方ない。

 この世界に無いものだ。

 エイミは下着などに使われる薄い布を紙の代わりにして、


「一枚の紙を折って、こうして、これをこうで、ほら。簡単でしょ?」


 その場で鶴を折った。

 商人は目を凝らす。

 顔つきが訝しげで不評そうだったが。


「すごい! 布一枚で出来たオブジェだなんて、みんなが欲しがる素晴らしい商品だよう!」


 絶賛だった。

 エイミもこれには満足したみたいだ。

 だけど折り鶴を見ながら遠いところを眺めるような目をしている。


「むかし、お兄ちゃんが作ってくれたんだ。なんだか早くお兄ちゃんに会いたくなっちゃったな」


 ああ、そっか。

 折り鶴の折り方は僕が教えたんだっけ。


「僕だってエイミに会いたいよ」


 記憶でしかないエイミには聞こえないだろうけど。

 僕はそう返事した。

 そこで記憶は途切れている。



 ◆



 意識が現実へと戻ってくると、騒がしい鳥の声がした。

 目を開けるとやっぱり涙が流れていて、それをぬぐって鳥の声がした方へ振り向く。


「な、なんでこんなことに……?」


 僕の目の前で、山が燃えていた。

 火事だ。まだ火は遠いけど、四方を火に囲まれている。

 やばい、どうしよう。


 火を扱う魔術だって覚えたのに、冷や汗が止まらない。

 足がすくんで動けない。

 エイミを探してさまよった児童養護施設の光景がフラッシュバックする。


 だめだ、たすけて、だれか……


「ヨヴィ!」


 蹄鉄の音。駆けつけたのはリゼットだった。


「あんたの馬、怯えてるわよ。早くシャキッとしなさい!」


 そう急かされて僕は馬をなでる。

 たしかに怖がっていた。よく逃げずにいてくれた。

 よーしよーし、となだめる。


「ごめん、少しぼーっとしてた」


「ほんとよ。さ、早く双子山を抜けるわよ!」


 と言って来た道を戻り出すリゼットに僕は一声掛けて、案内役の務めを果たすのだった。

 次々に木々へ延焼する谷を僕らは駆け抜ける。

 もう炎に追い付かれることはなかった。

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