法外
僕は心の目を開く。
そこはベージュ色のレンガを積んだ壁が谷の道を塞ぐように横たわっていた。
頑丈そうな太い杭で作られた門がどすんと閉まる。
その門の前に「どういうことよ!」と憤慨するエイミがいた。
いったい何があったんだろう。
首をかしげる僕の横を馬車が通りすぎた。
馬車の御者台に乗った二人の若い男女のうち、男の方が「おーい」と門の上方へ声をかける。
そこには見張りの兵がこちらを見下ろしていた。
「行商だよう。荷台に積んだものは夕方までには運びたいんだ。開けておくれよう」
のんびりした口調の男は兵に肉厚な手を振った。
男の隣にいる女性は男と目線を落とす。
おかげで僕のいる位置からよく見えた。
かなり目鼻がくっきりした美人な女性だった。
また、この美人さんは男の膝に手を置いて身を預けているようにも見える。
おそらく二人は夫婦なのだろう。
「荷物を調べる。そのまま待て」
門の上から見張りの声がすると、大きい門の横にある通用門から小太りな門番がえっちらおっちらやってきて、声もかけずに荷台をまさぐった。
それから「ほう」と嘆息して、小太りは男に指を四本見せる。
「後ろの荷物だが木の実なら4割、種なら7割。それとずいぶん美しい木があるが、樹木はその価値の5割だ」
「ええ! それって関税かい?」
行商人は口を三角にした。
「もちろん。払えないなら山を迂回していくんだな」
「そんな法外な! ここまで来るのだって大変だったんだよう?」
「これが我が国の王が決めた法だ。王が満足する税が払えるならそれでも良い。そら、どうだ? 脇に居る女を税として差し出せばいい」
僕は耳を疑った。
それは商人も同じだったようで、慌てた様子で女の身をかばうように手を回した。
「この人はおらの大切な妻だよう! 差し出すなんて出来るわけがない」
「ならば通せんな。とっとと下がりな。他にもここを通りたい奴は山ほどいるんだ」
小太りの門番は横柄な態度で荷台を叩き、持ち場に戻っていく。
商人はとぼとぼと荷馬車を走らせ、道の脇に寄せた。
僕は落ち込む彼を尻目に他の通行人たちを眺める。
どうやらこの街を納める王によって、通る人から金、物品、あげくに女や若い働き手すらも税として取り立てているようだ。
門から離れて坂の上に立つと、街が少し見える。
屋根が壊れたままだったり、壁が汚れたままだったり、これだけ税を取りながら街はちっとも栄えていないみたいだ。
「ねえ、行商人さん」
エイミの声がして、その方を向くと行商人になにか話しているようだ。
「あの街は前からこうなの?」
「違うよう。治めている人がスレトスという若い貴族に変わったと聞いてきたところだよう。まさか荷物のほとんどか妻を寄越せと言われるとは思わなかったけども」
貴族が国を名乗り、法外な税を取っているわけか。
「ありがとう。私は払える物が無いと言ったら、体を売れ、だとか言われたんだ。なんて街なんだろう。今までも苦しんだ人がたくさん居たんだろうね」
エイミにそんなことを言ったのか!
あの門番も、この街も僕は嫌いになった。
「それでね、提案があるんだけど」
エイミは不敵な笑みを浮かべた。
行商人に耳打ちするのを僕も盗み聞きする。
記憶だからばれないとは思ってても、あまりに鮮明な記憶だから緊張した。
「私を売って、あなたたちは通ればいいよ」
は?
なんだよその意味不明な自己犠牲は。
「だけど、名前も知らない娘さんにそれは難しいよう」
「ごめん、申し遅れたね。私は通りすがりの勇者だよ! 私なら上手く抜け出せると思うから遠慮しないで」
行商人は勇者というワードに驚いて「おお」と声をあげた
商人の曇り空な表情がエイミの裏表の無い笑顔に感化して、やや晴れ模様になる。
「勇者がなにかは知らないよう。でも、それが嘘じゃないと分かるんだ。わかったよ、提案を受けよう」
その後、エイミは商人に誘われて門の外で一晩を明かす。
焚き火を囲んで商いでどこに行っただとかだれに会っただとかの話をエイミは興味深そうに耳を傾けていた。
僕は気が気じゃなかった。
エイミが何を考えてそうしているのか僕には知らないし、勇者の旅路は知る限り命がけだ。
でも、実際にどんな困難があったのか具体的には何も分かってない。
僕は彼女の旅の行く末を知らなきゃならない。
たとえその先でどんな悲劇が待っていようとも。
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