秘密

 僕は目を開け、石碑を見上げる。

 この記憶はフェンリルたちが代々繋いできたものなのだろう。

 石碑だってエイミが残したものじゃないみたいだし。


 それよりエイミは力を手に入れたんだな。

 あれならたとえ配膳棚の下敷きになったって助かるだろう。


 僕はお前のそばに居てやれなかった。

 だめなお兄ちゃんだ。


 リゼットが僕の脇に寄って、心配そうに僕を覗き込んだ。


「なぜまた泣いてるの?」


 頬に手を当てると濡れていた。

 リゼットの質問には答えられなそうだ。

 僕だってどうして涙が流れるのか分からないから。


「さあね。……そんなに僕が心配?」


「べっ、別にあんたを心配したんじゃないからね!」


 ぷん! とそっぽを向いた。

 本当は心配してたくせに。

 まあ、いまはその距離感が気楽だけど。


「涙のワケはいつか話せる時がきたら話すよ」


「あそ、興味ないから別に良いけど。それよりあんたが急に泣いたせいで話が聞けてないのよ」


「そうか、ごめん。話を聞こう」


 シスターが話した内容はほとんど記憶で見たのと同じだった。

 唯一違うとすれば、それは街の人がみんなフェンリルの末裔だということ。

 そして、かつて旅人を食った狼たちは、今は誰も旅人を食べず、むしろもてなすようになったことが付け加えられた。


 僕はこの街に来る前の白い大岩でリゼットが問うた言葉を思い出す。


「本当の救いがあるとするなら、それは助けを求める者への救いではなく、助けを求められない人への救いなんだと思う」


「は? なんの話?」


 覚えてないのかよ。

 まあ、良いけど。


「あのっ、賢者さま、これは誰にも言わないと約束してください」


 シスターがおっかなびっくりに小指を差し出してきた。


「えっ、これは?」


「あわわ! すいません、えっと、これはわたしたちフェンリルに伝わる約束の仕方なんです」


 僕は思わず「ふっ」と笑いをこぼした。

 そして指切りげんまんをした。

 シスターさんは「やっぱり賢者さまって何でも知ってるんですね」と驚いていた。



 ◆



「それじゃあ僕らは出発するよ」


 翌日、僕とリゼットは街の門前に居た。

 頭巾ウィンプルをしたシスターさんが見送りに来てくれている。

 馬に乗ろうとした時、シスターさんがおずおずと切り出した。


「……あの、一つ聞きたいことがあるんですけど」


「なに?」


「どこから気づいていたんですか?」


 シスターさんが頭巾に手をやった。

 ちょっと答えづらい質問だったもんで僕は、ああ、と言葉を濁す。

 でも、シスターさんの期待の眼差しには耐えられなかった。


「麦畑があるのにパンもパスタも出てこないのは不思議だったんだ」


 ヤギ肉ばかりの贅沢な食事。

 あんなの教会で出していたらそのうちバレるに違いない。

 ただ、シスターさんは顔を真っ赤にしていたので、どうやらこの秘密も守られていくのだろう。

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