逸話
馬に乗って進むと街道を外れた所に街が見えた。
背の低い木々がある小高い丘の斜面に、白い家々が建っている。
どの家も壁から屋根まで真っ白で、なんて調和した街並みなんだと感心した。
とはいえ村落に市壁を巡らせた程度の規模と言って良い。
僕らは街道の本道から外れてこの街に立ち寄る。
「小さい街の割になんだか人が多いわね」
門前に並ぶ人々を碧い瞳で観察したリゼットは馬を止め、馬車の後ろに並ぶ。
木箱が積まれた荷台には屈強な男が木箱に寄り掛かって居眠りをしていた。
きっと商人の雇った用心棒だろう。
「人が多いのはここが麦の街と呼ばれているからだよ」
「ここまでずっと麦畑だったものね」
並んでいる馬車はすべて荷馬車だ。
他の街へ輸出するのだろう。
きっと僕も知らないうちにこの街の麦を使ったパンを食べていたかもしれない。
「それに、この街には勇者の石碑もある」
「ならここも勇者が通った場所なのね。そして
自称勇者の自信満々な顔を向けられて、僕は言葉に詰まる。
「いや、それが……、この街のことが聖典には何も記されてないんだ」
聖典に記された勇者の旅で、この街を特定する記述は見つかっていない。
「石碑があるのに?」
「うん。たぶん何も話が残ってないんだと思う」
なにせ千年前だから、忘れられた話があっても仕方がない。
僕とリゼットの間に微妙な空気が流れた時、前の荷馬車の荷台に載っていた屈強な男が木箱を叩いた。
筋肉でパツパツのシャツを着た男が、へっ、と鼻で笑う。
「おいおい、あんたそれでも賢者さまか?」
パツパツ男は僕らの話を盗み聞きしていたようだ。
木箱に肘を付いて、白目が多い瞳を僕の胸元へ向けた。
緑のマントに白い貝殻は巡礼者の証だ。
「僕は賢者ヨヴィです。何か知ってるんですか?」
「へえ、賢者さま。ここが勇者さまに守られている街だと知らずに、賢者さまかい」
なんてストレートな嫌味なんだろう。
でも、無知は承知の巡礼旅だ。
深呼吸をしてから男の丸太みたいな腕を見やる。
「恥ずかしながら知りません。良かったら教えてくれませんか?」
「それは良いんだけどなぁ」
男は肘を付けた手の人差し指と親指をこすり合わせた。
この筋肉男は傭兵なのだろう。傭兵は約束手形を使うから、そんな仕草をする。
「これでも良いなら」
僕はタカ先生から頂いた薬草を手のひらに少し分けた。
筋肉男はそれを一摘みし、細長くて乾いた葉で鼻骨の下を撫でる。
「良い香りだ」
男は僕の手のひらから薬草をすべて取り、言葉を続ける。
「知ってるか? この街道が最初に繋がったのはこの街だぜ。そして勇者が魔獣を退けたことで街道が生まれたんだとよ」
「それで『守られている街』?」
「ああ。その逸話のおかげで傭兵業はアガったりだがな、ガハハ!」
筋肉男の豪快な空笑いをした。
愛想笑いをしたら怒られそうだ。
ここはシンプルに礼を返す。
「良き巡り合せがあるよう祈ります」
「よっ、賢者さま。ありがたいね。……おっと、ボスが戻ってきたようだ。街で会ったら気軽に話しかけてくれよ」
気さくに手を振って、筋肉男は仕事に戻る。
商人が荷台に乗ると入れ替わりに男が降りて、御者として荷馬車を動かした。
僕らもそれに付いていき、門番といくつかの質疑応答をして、『守られている街』に僕たちは足を踏み入れる。
◆
駅に馬を預け、タイル敷きのゆるい坂道を上った。
その途中でリゼットが急に足を止める。
「むむぅ、妙な街ね」
「そうかなぁ? 外観どおり綺麗な街だと思うけど」
家々は白いだけでなく、一つの岩をくり抜いて築かれている。
おそらく街道にあったような石灰岩を加工して家を作っているのだ。
だからどの家も丸みを帯びた可愛らしい見た目をしている。
「違う。そういうことじゃなくて、うーむ」
リゼットはこめかみに手をやってくるくるした。
何か引っかかってるけど上手く言葉にできないって感じだ。
「まとまったら教えてよ。それより今は石碑を探そう」
「ああ、それならあれじゃない?」
リゼットが指さす方には人だかりが出来ていた。
僕らはそこへ駆け足で向かう。
◆
円形の広場に出た。
市場で賑わう広場の中心に石碑があった。
「あった! けど、なんだか待ち合わせ場所に使われているみたいだな」
石碑の前には、石碑に背を向けた人たちが居る。
ちょうど合流したらしい二人組が市場の人混みに消えていった。
誰も石碑に手を合わせるような人は居ない。
……せめて僕だけでも祈ろう。
石碑に近づいて頭をやや下げ、両手を合わせる。
僕の隣にリゼットが立ったのが分かった。
コートから露出する太ももが見えたからだ。
格好はともかくとして、リゼットもまた勇者を敬う一人なのだ。
それが分かると少しだけ心が暖かくなった。
祈りを終えた僕は石碑に触れようとした、その時。
「あのう、巡礼の賢者さまですか?」
後ろから声を掛けられた。
振り向いた先にいたのは、
頭巾から漏れる前髪は麦色で、小さい唇をきゅっと結んで瞳をうるうるさせていた。
「そうだけど」
「やっぱり! 最年少で神官さまになって、賢者の称号も得られたと聞いています」
うおっ、まぶしい。尊敬の眼差しが。
前世の年齢も合わせるともう若くもないから騙しているようで気が引ける。
「はは……。それよりあなたは?」
「あわわ、ごめんなさい! 私はこの街のシスターです!」
「そう。よろしく」
僕はシスターさんに手を差し出すと、シスターさんは両手で握ってきた。
なんだか子犬みたいなシスターさんだと思った。
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