大聖堂は今日も参列者で賑わっている。

 その列の端、関係者入り口に行った。

 見張りの神官は僕を見て目を白黒させた。


「賢者ヨヴィ、戻りました。それとこの人はリゼット。僕の恩人だ」


「恩人なのは、あ、あんたでしょ!」


 僕の心を取り戻してくれたのに比べたら些細な事だ。

 見張り神官は僕もリゼットも通してくれた。


 大聖堂の外回廊でタカ先生が駆けてきた。


「賢者ヨヴィ! 急に居なくなるとは何事か! そこに直れ!」


 まるで雷が落ちたみたいな怒号。僕は慌てて直立不動となる。

 でも。

 優しく抱きしめられた。


「心配をさせるな。よく帰ってきた、うん。ほっとした……。おっと、すまない」


 すぐに離れた先生の顔は照れていた。

 僕の自暴自棄は色んな恩人に心配を掛けたんだと気づいた。


「ごめんなさい」


「ああ。それで隣の者は?」


「彼女はリゼット。僕がここに戻るきっかけをくれた」


 タカ先生は思案顔で、リゼットをねぶり見た。

 束ねた金髪、碧眼、ちっこい背丈に尊大な表情。

 ぶかぶかのマントから伸びる足は大胆な露出の装備。


「なっ、あなたが戦士リゼット様ですか。気付かなかったとはいえ、無礼をお許しください」


 あのタカ先生がひざまずくなんて、リゼットは何者なんだ?



 ◆



 それから僕はタカ先生に頼まれ、リゼットを石碑の部屋まで案内する事になった。

 ただの少女に石碑を見せるわけがない。

 螺旋階段を下りながら、なぜか僕の先を歩くリゼットに問う。


「リゼットは戦士なのか?」


「勇者よ」


「それは自称だろう。なんで戦士が神官しか入れない部屋に来れるんだよ」


「ヨヴィ、逆に問うわ。なぜ神官しかこの部屋に入れないの?」


「それは神官が勇者の仲間だったから……。もしかして」


 コッ、と歩みを止めて僕に振り返った。


「ま、想像の通りよ。魔王討伐メンバーの末裔がわたしってわけ」


「じゃあ、もしかしてリゼットはエイミの子孫なのか!?」


 似ても似つかないけど、千年もあれば遺伝だって薄まるだろうし。


「違うわよ。それに勇者に子供が居たって話、一族の誰にも聞いてないわ」


「そ、そうだよな」


 もし居たら大聖堂が守ったのは石碑じゃなくてそのエイミの家系だっただろう。


「ならどうして勇者なんて名乗ってるんだ?」


「……さあね。それよりまだ着かないの?」


「長いんだよここ。僕も最初おどろいた」


 ふん、と鼻で返事して、リゼットは階段を降りた。しばらくして、石碑の部屋に着く。

 リゼットは石碑の前にしゃがんで、拳を床に付ける独特のひざまずき方をした。

 静寂が流れる。動かないで居るから彼女の人形みたいな綺麗さが際立った。


 そしてリゼットはすっくと立ち上がって、石碑をまじまじと見つめる。


「へぇ、これが異世界の言葉ね。ええと」


 あろうことか石碑に手をやった。

 大事に保管しているんだから触るのはダメに決まってるだろうに。


「待った待った。石碑に軽々しく触れるんじゃ、おっと」


 と言う僕がよろけて石碑に手を付いてしまった。

 ロクにメシを食ってないからフラフラだ。

 だからなのか、幻聴が聞こえる。


『なにが勇者だ。なにが救世だ。なにが魔斬の力だ。私はただの人間なのに……』


 強い怨嗟の声。

 これは想いだ。僕だけが持つ魔法。それは物に宿った強い想いを聞く力。

 僕はそのまま目を閉じた。この力に身を任せるように意識を手放す。



 ◆



「エイミ」


 僕は心の目を開く。

 辺りは石碑の部屋ではなく、小さな村だった。

 至る所が炎で焼けている。戦いの痕だ。夜なのに村が燃える火でいやに明るい。


 だが、変わらず石碑は僕の目の前にある。

 その石の前に黒髪黒目の少女が膝を落とした。


『魔王を倒すなんて、私には出来ないよ……』


 白銀の剣が地面に落ちて、ガシャン、と鉄鳴りがした。

 姿は前世と変わっていたけれど、その姿を僕が間違うはずがない。


「エイミ!」


 肩に手をやる。

 しかし、その手はエイミの体をすり抜けた。


 なんで。

 いや、そうだ。

 これはエイミの想いから生まれた記憶の残滓なのだ。


『どこに居るの、お兄ちゃん。会いたいよ』


「僕だって! エイミに、エイミに会いたい」


 エイミは僕に振り向かない。

 これは記憶の中だから。

 抱きしめてやることだって出来ないんだ。


『私、お兄ちゃんの居ないここは嫌い』


「なんだよもう」


 俺とエイミは千年越しでも同じ気持ちだったのかよ。


『だから、見つけるよ。お兄ちゃんも私を見つけ出してよね。私、勇者らしいからきっと分かるはず』


 エイミは角の尖った小石を両手で持って、岩の表面にガリッ、ガリッと押し付ける。

 これが石碑に刻まれた『ユウシャ、タビダツ』の理由か。

 日本語だったのは、僕にだけ読めるメッセージにするためだったんだ。


「ありがとう、エイミ……。僕はもう少しだけ生きる理由を見つけられたみたいだ」



 ◆



 心の目が霞んでいく。

 完全な闇が訪れ、僕はまぶたを開けた。

 石碑に手を付いた姿勢で、ぼろぼろと涙が止まらなかった。


「ちょっとヨヴィ! 大丈夫? 笑いながら泣くなんてどうかしてるわよ」


「そうだね。どうかしてるんだ僕は」


 リゼットが僕の手を引いて、その場に座らせてくれた。

 ああ。嬉しかったなぁ。エイミの声を久しぶりに聞けて。


「ねぇ、リゼット。本音を言うと、僕はエイミに会いたいんだ」


「変なやつ。エイミ様は天界に昇られたのよ。まさか死にたいとか言うんじゃないでしょうね」


 少し前の僕なら言っていたさ。

 でも、死ねなかった。乞食までやって生き延びようとした。

 あの火事で死んで祈りによって与えられた第二の生を自ら捨てるのは、冒涜だと思ったから。


 きっとエイミも同じだ。

 辛くても死ねない。だから辛くて周りを恨んだ。世界を嫌った。


「……ならどうしてエイミは魔王を討伐しようとしたんだ?」


「ヨヴィって馬鹿なの? そんなの世界に平和をもたらすためでしょうに」


 リゼットの答えは当たり前だ。

 でも、そもそもエイミや僕にとってこんな世界どうでも良いんだ。

 だから魔王なんて討伐しなくたって良いし、世界の平和なんて関係ないことだ。


「違う。エイミは世界平和とは別の理由で魔王を討伐したんだ」


「はぁ? じゃあ何なのよ」


「それを知ることが、僕の巡礼の目的なんだ」


 僕は知らなければならない。

 なにがエイミの心を変えたのかを。

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