出会い

 あれから何日も経った。

 僕はまだ大聖堂の街に居た。

 大聖堂にはずっと戻っていない。


 正方形の広場。暖色の街並み。子供の手を引く母親。穏やかな日常。

 まぶしくてうなだれる。

 すると、足元の籠に小銭が投げ入れられた。


「ああ、どうも……」


 これだけあれば豆が食えるなぁ。

 頭を上げると、金髪碧眼の綺麗な少女が、ツンとした顔で僕を覗き込んでいた。


「ここは暑いわよ。向こうの日陰に居たらどうかしら?」


「はぁ……」


 暑いとか気にしたことなかった。

 ひもじくて乞食になって、そんなこと初めて言われたかもしれない。

 だが、少女の格好も大概だ。


 背丈はこぢんまり。

 だけど、分厚いコートにグローブ。

 背中には大きなリュック。水筒もある。


「あなたの方が暑そうだ」


「南海で思わぬ足止めを食らったの。まさか到着が夏になるとはね」


「へぇ、大変だったんだな」


「さして興味もないならへつらわないことよ」


 なんだかキツい子だ。

 興味がなかったのは事実なんだけど。


「それより大聖堂はどっち?」


「……あっちだ」


 さっさとどっかいけ。

 雑にあしらう。


「ありがとう。じゃあね」


 少女は小さく手を振って、踵を返した。束ねた長い髪が揺れた。

 そして僕が指さした方とは違う方角へ走り出す。


 こいつ方向音痴か。


 思わず腰を浮かし、


「おい……」


 待てよ、とは言わなかった。

 引き留めて教えてやる義理もない。

 代わりに彼女の行く先を眺めた。


 いつもより人が多い。

 目につくのは妙に薄着の人々だ。

 ここより寒いに住んでるから余計に肌を晒すのだ。


 なるほど、バカンスの季節だ。

 大聖堂への礼拝という体で、皆この街へ集まる。

 だから薄着の彼らは大聖堂とは反対の、街の縁にある湖に向かっている。


 そんなチャラチャラした連中の間を少女は逆走している。

 案の定、チャラ男に肩がぶつかった。


「オイ、痛ぇなぁ、嬢ちゃん」


 そしてまた案の定、チャラ男が少女に絡んだ。

 言っておくけど、僕にはどうでもいい事だ。

 どうでもいい事なんだけどなぁ。


「その汚い手を離しなさい」


 グローブの手でバシッと払う。

 勢い余ってチャラ男の頬にひっかき傷を残した。


「あ? なにすんだてめぇ!!」


 よく見ると男はタトゥーをしている。

 あれはかつて罪を犯した証だ。

 チャラ男が少女の顎を掴んで首を無理に引き寄せた。


「痛っ……。離しなさい」


 そのやり取りで、チャラ男の連れも反応する。

 スキンヘッドの筋肉質な男だ。タトゥーは無い。

 薄着だから職業は分からないが、穏やかじゃなさそうだ。


「ぐへへ、嬢ちゃん、良いツラしてるなぁ。俺らと付き合ったら許してやってもいいぞ?」


「誰があんたらなんかと」


 ペッとつばを吐いた。

 あーあ、もうこれタダじゃ済まないな。

 もちろん僕にはどうでもいい事なんだけど。


「このヤロウっ」


 男が手を振り上げる。


「やめろよ」


 なにしてんだ僕は。

 気づいたらいざこざの間に割って入っていた。


「お前には関係ねぇだろ!」


 チャラ男が言った。


「あー、ええと、その人は……、そう、僕に喜捨したので無関係とは」


 自分でもなんで体が動いたのか分からない。

 でもそれらしい答えが出来た、と思う。


「は? 引っ込んでろよ、乞食が」


 僕は頭を掻いた。

 フケがぽろぽろ落ちる。

 はっきり乞食だと言われると心にくるものがあった。


 なりたくてなったんじゃないのに。

 沸々と怒りが湧いてくる。

 すこし脅してやる。


「我が手に、炎の力を宿して集め」


 右手の平を空に広げる。

 詠唱に応じて大気中の炎素が僕の右手に寄って、来なかった。

 魔術は心に呼応する。僕は魔術を使いこなせないほど心が乱れているようだった。


「なんだ賢者サマの真似ごとか? ふざけんな、乞食の分際で!」


 肩を突き飛ばされる。

 よろけて倒れた。ろくに食ってないからだ。なんて貧弱。


「僕は賢者だ。わけあって今は、うっ!?」


 腹を蹴られた。痛みより吐き気が押し寄せる。

 体を丸めると続けざまに背中を蹴られた。衝撃で息が出来ない。


「雑魚が!」


 なにもできない。自業自得だな。

 あの子も同じ。ばかだなぁ。


 男二人に詰め寄られて、少女の碧い瞳に涙が滲んでいる。

 それは僕が最後に見たエイミの姿に重なって見えた。

 魔術が使えないのなんか関係あるか。


「くそおおおお! うわああああっ」


 僕は居ても立っても居られなくて、立ち上がった勢いのまま男に体当たりした。

 少女を捕らえる手が離れる。


「逃げるぞ!」


 すかさずその手を引いて、一心不乱に走った。

 後ろから追う声がした。

 路地裏に入り、浮浪者の溜まり場を抜け、僕はチャラ男たちから逃げ延びた。

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