合格

 そのあと、僕の右腕は大やけどしたみたいに赤くなって、タカ先生の応急処置のおかげで何とかなった。

 タカ先生は7人分の審査員席の末席に座って、やれやれ、と首を振る。


 審査員はほぼ年寄りだ。

 こんな夏空の下で神官のゴッツイ正装はさぞかし暑苦しいだろう。


 そこには久々に見る老司教の顔もあった。

 こくりとお辞儀をすると、老司教は和やかな顔で笑みを浮かべる。


 あとはギョロ目もタカ先生とは反対側の末席に座っていた。

 タカ先生は他の審査員の先生たちに目配せをして、ビシッと胸を張って立ち上がった。


「それではこれより最終審査を行う。ヨヴィ見習い、前へ!」


「はい」


 僕は審査員席の前に立つ。

 一斉の集中を浴びた時、ふわりと風が吹いた。

 草の匂いがした。もう夏だ。旅立つなら今が良い。


「今から審査員7人が同時に結果を出す。この鎚矛メイスはかつて勇者一行の賢者が装備した物を模している。われわれ審査員は勇者一行に恥じない最良の判断を下す事をここに約束しよう。ヨヴィ神官見習いが神官に相応しいと考えるならば、鎚矛で地を鳴らす」


 タカ先生はハキハキと喋った。

 他の審査員たちはうなずいて、ほとんど老人ばかりの審査員団はよっこらしょともたもた立ち上がった。

 みな少しずつ形は違う鎚矛を立てた。どれも殴られたら痛いじゃ済まなそうな形だ。


「みな、静粛に。では、結果を伝えよう」


 僕は頭を軽く下げ、目を瞑った。

 風が凪ぐ。無音に耳がキーンとした。


 だが、すぐに、ガシャン、と鳴って、シャンシャン、リーン、カラカラなどのたくさんの音が響いた。

 それはすべて鎚矛の先に取り付けた装飾の音だと分かった。

 僕は目を開ける。7人のうち6人が鎚矛を鳴らしていた。


「過半数がきみを認めた。おめでとう。また、その功績を称えて神官の階級の他に、賢者の称号を与える。これからきみは賢者ヨヴィだ」


 タカ先生が笑った。笑うとフクロウみたいだった。

 だが、その時、ギョロ目が目玉をひん剥いて立ち上がり、座っていた椅子が勢いよく倒れる。


「なぜ合格なのだ!? それに賢者だと!? これは魔術で・・・スライムを倒す試験のはず!」


 難癖をつけられた僕としては、面白くはない。

 言い返してやろうと身構えた時、タカ先生がやれやれと肩をすくめた。


「賢者ヨヴィはスライムを倒した。たしかにあの方法は危うい。だが、応急処置をした時に、彼にはその覚悟が出来ていた、と私は感じた」


 タカ先生がするどい眼をコチラに向けた。

 そうだろう? と問いかけるような眼に僕はうなずく。

 ギョロ目はギリリと歯ぎしりした。


「これは魔術を見る試験だ! そもそも魔術が効かないスライムにすり替えておいたのに、まさか素手で倒すなんて……」


 審査員席がざわついた。

 それでギョロ目も気が付いたらしい。

 自分が試験に細工をしたと暴露したことに。


「ふむ。きみは審査員である前に、なぜそのようなことをした?」


 タカ先生は静かだが、その声には怒りが滲んでいる。

 追い詰められたギョロ目は鎚矛を構え、そのきっさきをタカ先生に向けた。


「自分のような貴族こそ人々に教えを広めるべきだ。民は貴族からの救いを待っている。捨て子のような得体の知れない人間を神官にするなどおかしい!」


 ギョロ目がずっと僕を目の敵にしていた理由が分かった。

 そして、なんて身勝手な奴なんだろう、と思った。


「むにゃ……。頭を少し冷やしなさい」


 老司教が口を開いた。

 それを皮切りにタカ先生がギョロ目の頭を地面に押し付ける。

 早すぎて何が起きたか分からなかったが、状況から見て一瞬で移動して組み伏せたということだ。


「自分は正しいと思ったことをしただけだ!」


「それが受け入れられるとは限らないことをきみは学べ」


 タカ先生の魔術でギョロ目は気絶した。

 気絶したギョロ目を見学していた神官見習いに運ばせると、一段落ついた雰囲気になる。


 それから老司教が僕に謝罪し、「君ほどの人間は今まで居なかった」と拍手した。


「ヨヴィくんの筆記試験を見たよ。嘘の時間を教えられて遅刻して、問題を最後まで解けなかった。それで合格点ギリギリになった。でもね、ヨヴィくんが答えた問はすべて正解だった」


 続いてタカ先生が拍手した。


「魔術の効かないスライムを倒せる人間は大聖堂ではごく少数だ。賢者ヨヴィ、きみは大聖堂に起こり得た危機を未然に防いだと言える。ありがとう」


 なんだかめちゃくちゃ褒められてしまった。照れる。

 もしかして僕なにかすごいことやっちゃったんだろうか。

 そして、猛禽類的な鋭い眼は老司教に向けられた。


「最年少で賢者になったヨヴィくんなら、神官ではなく聖神官になってもおかしくない。どうかな? 巡礼に出ず、今すぐ大聖堂で神に仕えることができるよ。その才でより多くの人を救えるはずだ」


「いや、神官でお願いします」


 まずい。やりすぎた。

 巡礼に出ないってのは困る。


「賢者ヨヴィ、こんな昇格はめったに無いことだ。私と同じ聖神官だぞ、良いのか?」


「いやいやいや、ほんと神官で大丈夫なんで」


 聖神官になんぞなってたまるか!

 巡礼に出られなくなる。


「そうか。きみはなんて謙虚な奴だろう。階級は違えど、私はきみを尊敬する。これからもよろしく頼むぞ」


「はい」


 タカ先生は握手を求めた。僕は握り返す。

 なんか騙してるみたいで肩身が狭い。


 でも、僕はやるべきことがある。

 この世界のどこかに居るエイミを見つけ出すのだ。

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