試験

 僕は大聖堂でひたすら勉強し、15歳になった。

 廊下の大きな鏡の前で身だしなみを整える。


 背丈も同世代より伸びた。

 前より濃くなったブルーの目に掛かる黒い髪を払う。

 そんな僕の顔は少しニヤけていた。


 だって仕方ない、やっと神官の認定試験を受けられるのだから!

 どれほどこの日を待ち望んだだろうか。

 だが、鏡の前を離れて講堂を足を踏み入れると、すでに試験が始まっていた。


「おかしいな、試験は10時からだろ……?」


 ステンドグラス越しに紫色の日差しが差し込む講堂では、他の受験者たちが紙に筆を走らせている。

 みんな僕より年上で、200人程のうち半分くらいはオジサンだ。

 一番手前の席で、ちらりと見えた解答用紙はもうほとんど埋まっている。


「どうしたヨヴィ、遅刻だぞ」


 男が講演台に寄りかかり、腕組みしていた。

 そしてこちらへギョロリと目を向ける。

 その後ろには黒板が浮遊していて、試験時間が9時から10時半までと記されている。


「昨晩、僕は先生から試験開始時間が10時に変わったと聞いたんですけど」


「静かにしたまえ。試験中だぞ。君の席は一番うしろだ。30分はある。きみは遅刻だが、最善を尽くせよ」


 聞く耳を持たないギョロ目は淡々と述べた。

 僕はここに来てからずっとこういう嫌がらせを何度も受けてきた。

 なのに昨晩に限って疑わなかった僕が悪い。


「すいません。わかりました」


 彼が僕の何を気に入らないのかなど知らないが、僕は今すべきことをするだけだ。

 一番うしろの机には答案用紙と筆とインクが置いてある。

 その席に座り、僕は10年ずっと学び続けた知識を存分に活かした。



 ◆



 結果は合格だった。それもギリギリ。

 問題は最後まで解けなかったからしょうがない。

 合格者が点数順で掲示された黒板の前で、ギョロ目が鼻で笑った。


「ふん、合格とはな。どんな手を使ったのだか。だが、次の実技試験は誤魔化しは効かんぞ」


 実技試験。

 それは魔物を魔法で倒せるか試験するのだという。


 実技試験の会場へ移動する。

 大聖堂は西洋の城みたいな建築物で、巨大な城壁と城の間にある広い芝生が試験会場だ。

 それと合格したのは僕の他に20人くらいいて、みんなオジサンだった。


 試験は点数順で行われるらしく、僕は順番は最後のようだ。

 見学でもしておこう。



 ◆



「次! ヨヴィ見習い、前へ!」


 僕は芝生から腰を上げ、尻を軽く払う。


「はい」


 実技試験の先生は攻撃魔術の講義を担当していたタカ顔の女性だ。

 背筋がピンとしていて、思わず僕も背筋が伸びる。


「準備はよいな?」


「いつでもどうぞ」


「では、魔物を解放しろ」


 タカ先生は城壁のそばに待機するギョロ目に指示を出した。

 白いレンガ造りの城壁の横で、鉄格子の扉が開けられる。

 中からゼリーみたいな魔物――スライムが現れた。


「おお、これがスライ……ム? スライムって顔は付いてないのか?」


 スライムって言えば、なんか常にニヤけた脱力感のあるアイツだろうに。

 そのスライムは教室の机くらいのサイズ感で、濁った灰色をしていて、なめくじみたいに移動する。

 僕はよるヶ丘園に唯一あった古いゲーム機でしかスライムを知らないので、これが普通なのかは判断つかない。


 ただ、通った箇所の芝生は漏れなく溶けていた。

 触られたらアウト。

 それはよく分かった。


「どうした、戦いはもう始まっているぞ!」


 タカ先生に急かされる。

 やるか。あんまり緊張感は無いが、魔術は心を落ち着けていた方が安定する。

 見学のおかげでスライムが炎に弱いのも分かっている。


「我が手に、炎の力を宿して集め」


 右手の平を空に広げる。

 詠唱に応じて大気中の炎素が僕の右手に寄ってきた。

 炎素は暴れん坊だけど弱いから、僕はそっと腕を振り下ろす。


炎の玉よ、放てファイアボール!」


 丸めたティッシュをゴミ箱に投げ入れる程度のスローイングで、野球ボール大の火球がスライムに着弾。

 だが。


 キン! と音がして、火球が僕に跳ね返ってきた。


「うお、熱ッ」


 火球が頬をかすめた。

 あと少しズレていたら大やけどだった。


「なんだあのスライム」


 僕はスライムの違いが分からなかった。

 この世界じゃ初めて見るし、対処法も本でしか知らない。


 檻のそばではギョロ目の神官がほくそ笑むのが見えた。

 ああ、これも奴がたばかったことか。


「こんな所で終わるわけにはいかない……!」


 見学では遠目でしかスライムを確認できなかった。

 こうしてよく観察すると、何かピンと来るものがあった。

 魔法が効かない。いや、反射する。灰色の体。もしかして。


「我が手に、天運を宿して集め」


 炎の魔術でそうしたように、右手を天高く上げる。

 右手に白い光が集まってきた。

 天素は気まぐれだけど情には厚いから、僕は心の中で『エイミを見つけるために、どうかお力を貸してください』と祈り、合掌する。


不運を追い払えラッキーアップ!」


 僕はスライムに向かって走る。

 見学者席から「ええ?」というどよめきが聞こえた。

 この世界の人間からすればそうだろう。

 だが、僕はたぶんこのスライムを何度も倒した経験がある。


「頼む、出てくれ、会心の一撃!」


 魔法反射メタルスライムは運力ラックを上げて物理で殴る。

 ぼちゅっ、という水っぽい音がして、僕の右拳が灰色のスライムにめり込んだ。


「ヨヴィ見習い! スライムに腕を突っ込むなんて、片腕が無くなるぞ!!」


 慌てた口調でタカ先生が駆け寄ってきた。

 そんなことは知ってるんだ。でも、僕には決意がある。


「それはどうですかね!」


 生っぽい温さが手首のあたりを覆った。

 僕はさらに肘まで腕を突っ込んだ。

 すると、指先に熱を帯びる球体を見つける。


「これだ!」


 ピンポン玉くらいのそれを引き抜くと、勢い余って尻もちを付く。

 スライムはぶるぶると体を震わせて、そのまま表面の張りを失ってドロドロと崩れた。


 ……やった! スライムを倒した!

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