願い

 僕は目覚めた。

 いや、正確には意識がハッキリとしているだけで、夢を見ている感覚に近い。


「ここはどこだ? まさか、天国?」


 一面の白が広がり、空は金色。

 まるで雲の上。ともすれば天国だ。


「察しが良いですね。でも残念。ここは煉獄ですよ」


 やわらかな声がした。

 振り向くと、自由の女神像みたいな衣を纏った銀髪緑眼の美人が微笑んでいた。


「れんごく? それに、あなたは?」


「わたしは女神です。煉獄は死者の魂が最後に訪れる場所」


 女神? 死者の魂?

 じゃあ僕は。

 両手を見ると、手のひらがうっすら透けて、白いフカフカの床が見えた。


「僕は死んだのか?」


 信じられない。死後の世界が実在したとは。

 よるヶ丘園じゃテレビくらいしか見れないけど、そんな世界があるのをちょっとは知っている。

 しかし、もしも死んだのが本当だとして、そうだ。


「エイミはどうなったんだ!?」


 女神の居る方へ踏み出すと、ぼふ、と床が鳴る。

 女神は整った眉をハの字にして、お手本のような困り顔をした。


「残念ながら、死にました」


 ――っ!

 なんで。どうして。意味がわからない。


「そうだ、嘘だ。それなら夢か?」


「いいえ、事実です」


 足の力が入らなくてその場で手をつくと、ぼふ、と床が鳴る。

 こんな夢みたいな場所で何が夢だと言えようか。

 僕はそのままうずくまる。


 ダメだった。助けられなかった。

 もっと早く走っていれば。もっと前にエイミを見つけていれば。

 もっと、もっと、何か別の良い方法があったんじゃないか。


「ううううっ」


 綿あめみたいな白い床をちぎる。

 握りしめた拳を叩く。ぼふ、ぼふ、と気の抜けた音がする。

 その度に後悔が薄らいで、振り返る余裕が生まれた。


「僕は自分も妹も、誰も救えなかったんだな」


「いいえ、あなた方は人を救いました」


 四つん這いのまま頭を上げた。

 空を背景に銀の髪が風になびく様は本当に女神みたいに見えた。


「あなた方が助けた女の子は今も生きています」


 僕がエイミに託された7歳くらいの子だ。


「そうか、そうか!」


 良かった。

 エイミの想いは無駄にならなかったんだ。

 良かったなぁ、エイミ。


「そして彼女は神に祈りました。あなた方の魂が救われるように、と」


 女神は大きく腕を広げた。

 ノースリーブの服だから白い素肌を晒しているが、まるで性的なものは感じない。


「あなた方って言うけど、それは僕とエイミのことなのか?」


「はい。あなたの妹の魂は、すでに救われています」


「そうなのか!?」


 エイミも死んでここに来たってことだ。

 それなら引き止めておいてくれても良かったのに。

 僕は立ち上がって、周囲を見回す。雲上には僕と女神の他に誰もいない。


「煉獄に来れる魂は1つだけです。さあ、あなたもお救い致します」


「救うって何さ?」


「異世界転生です」


 テレビのCMでそういうタイトルの漫画は知っていたが。


「本当にあるんだな、異世界転生って」


 読んだことがないから馴染みがないものの、なんとなく概要は分かる。

 中世っぽい世界で新しい命を得て、第二の人生を送るのだ。

 そして、その命は何かしらの願望を叶えて生まれる。


「あなたの願いを教えてください」


 そんなのは簡単だ。

 エイミもすでに救われた。

 だったら答えは一つ。


「僕をエイミと同じ異世界に転生させてくれ」


 女神はやれやれと肩をすくめた。

 なにかおかしなことを言っただろうか?


 女神は広げた手を空へ向ける。

 僕が立った場所に燐光を伴う円形の図形が展開した。


「わぁ、もしかして魔法陣?」


 漫画みたいで格好いい。

 女神は微笑んだ。いや、くすりと笑ったんだ。


「ええ。それと、本当はダメなのですが、特別に教えてあげますね」


 女神は両手をゆっくりと下ろして、胸の前で五本の指先を合わせて尖塔を作る。


「あなたの妹も同じことを願ったのですよ」


「なんだ、そんなことか」


 僕らは双子だから、ときたま同じことを考える。

 だから、第二の人生も僕はエイミと一緒に生きていく。

 それが僕の人生なんだ。

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