第5話

 イデオン王宮、王族専用の中庭にクロードはシスティーナを招いていた。


 テーブルの上には菓子と温かい紅茶が並べられている。


「心穏やかで優しく、慈悲深い。そして婚約者であるシスティーナをこよなく愛するこの僕を、魔法で操って婚約破棄や投獄を告げさせるなんて……。絶対に許さない。しかし操られていたとはいえ、システィーナに酷いことをしてしまった。同時に敵を欺く為に正気を取り戻した後も、まだ魔法に掛けられたままのフリをしていた。本当にすまない……」


 システィーナはクロードから手を握られ、もう何度目かも分からない謝罪を受けていた。


「心穏やかで優しいなどと、殿下はご自身で仰るのですね」


 システィーナの後ろに立つレイは、短く溜息を吐いて呆れた様子を見せる。


「今この場には僕達しかいないのですから、殿下などという呼び方は止めて下さい兄上」


 現在三人しかいないこの庭園で、レイを兄上と呼ぶクロード。

 システィーナがイデオンに帰国してから、知らされた真実の一つがレイの正体。

 レイという名は偽名であり、彼は謀反の疑いを掛けられたイデオンの第一王子。

 追放された先で、コルネリアが向けた暗殺者に殺される筈だったところを、密かにシスティーナの父によって助けられていた。

 その後彼は正体を隠して、表向き侯爵家の使用人として働いている。

 身分を隠すため、自身の髪と瞳の色を変えて生活しているが、レイの本来の髪は銀色らしい。


(だから、独房からの抜け道なんて知っていたのね……)


 レイの頭の中には、王宮敷地内に存在する秘密の通路や扉が記憶されているらしい。彼はクロードの腹違いの兄である。


「それはそうと、妃殿下への処遇は慎重になられた方がいいかと」

「分かっています。戦にならないよう慎重に動きつつ、ヴェルザスへの嫌がらせになるよう思案中です」


 微笑んでいるが、瞳の奥は剣呑な色を帯びていた。クロードが腹黒いことも、黒い笑みが似合うことも以前のシスティーナは知らなかった。

 二人のやり取りを眺めていたシスティーナの手を、クロードは再び握る。


「これからは絶対に、あの女にはシスティーナへ手出しをさせないから」


 クロードは実母を「あの女」呼ばわりしたままだった。

 コルネリアがイデオン王に輿入れしたのは、両国の友好のためだった筈だ。

 しかしヴェルザスの真の目的はイデオンの聖女を探し出し、生贄として捧げて自分達の神を目覚めさせること。

 そしてイデオンを内部から乗っ取り、破滅に導くための物だった。

 目的の為ならば、実の息子すら傀儡として利用しようとした魔女が、コルネリアだ。


 コルネリアは、聖女が触れると輝くとされる宝石に細工を施し、システィーナがイデオンの聖女であることを隠した。

 代わりにヴェルザス神の聖女パメラを、イデオンの聖女だと偽りの宣言をしていた。


 ◇



 そしてクロードは本来の彼に戻った筈なのに、以前より頻繁にシスティーナとの距離を、物理的に詰めてこようとする。お陰でここ最近、システィーナの心臓はすぐに落ち着きを無くしてしまう。


「あ、は、はいっ、ありがとうございますっ?」


 またもや声がひっくり返ってしまい、恥ずかしさのあまりシスティーナはすぐに話題を切り替える。


「でも、レイは本当に今のままでもいいの……?」

「はい。お嬢様にお仕えさせて頂くことこそが、俺の幸せですから」


 彼は王族であることを明かしてくれた後も、システィーナに仕え続けると頑なに言い張って聞かない。


「僕は兄上の意志を尊重します。システィーナの側にいらっしゃる限り、僕も兄上といつでも会えるということですからね。それはそうと、兄上も一緒にお茶は如何ですか?すぐに用意させます」


(クロード様って、かなりのお兄ちゃんっ子よね……)


 政権争いの元となりそうな二人だが、本人達は仲の良い兄弟と伺える。しばしばシスティーナは、二人のやり取りを微笑ましい思いで眺めていた。

 立ったままお茶を飲むレイは、ティーカップをソーサーに置くと、クロードに向けて静かに告げる。


「私はお嬢様の幸せを一番に願っております。ですので、泣かせたりしたら容赦致しませんよ殿下」

「手厳しいな」


 言いながらクロードは笑い、大好きな二人に囲まれてこの上なく幸せそうだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです 秋月乃衣 @akiakinoinoi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ