6 黒澤当麻という男

 翌日、夜になって黒澤がガレージで過ごしていると、2Fからエルリが降りてきた。黒澤が来ていることに少なからず驚いた顔だ。

「さすがに今日は自宅で休むと思いました」

「そのつもりだったけど、アンドロイド関係のデータをまとめたくてね。結局来たよ」


 彼はそう言って眼鏡を外した。丸く大きな瞳がエルリに向けられる。彼女は少し緊張した。高見佳奈は外出している。


 エルリは未だ、黒澤の前ではどう振る舞えばいいのかわからない時がある。自分よりも10歳以上年が離れており、何より物静かな男だ。良く話すイメージもあったが、それは高見が一方的に話しかけているためで、黒澤の方は返事をしているだけであったと、エルリは今気がついた。


 エルリは黒澤を盗み見た。

 彼はそれに気づき、顔をこちらに向けてわかりやすく微笑んでみせた。


 落ち着いた表情の奥に、自身の弱さを受容した男の素顔を見た気がした。そしてそれは諦めではなく、自身を受け入れていることの表れだと、彼女は感じた。


 彼はサポーターとして強い男であるとエルリは知っていた。


 しかし今自分に向けられた笑みはどこか弱々しく、それを隠すこと無くさらけ出してきた事にエルリは少なからず衝撃を覚えた。そこに見た目以上の大人の余裕を感じ取り、なるほど、これだから高見と黒澤はやっていけてるのだな、となぜか納得してしまった。


 言葉は端的でぶっきらぼうな印象を受けるが、関わった人間のことは大事にする。そんな男だと彼女は思った。そういう人だから、対して関わりのない自分にも、とっくに引退した男の現状を気にするそぶりも無意識に出てしまうのだろう。本人が気づいているかはわからないが。


 黒澤は背伸びをしコーヒーを啜ると、エルリに「座らないの?」と声をかけた。気を遣われているな、とエルリは思った。彼女はソファに腰掛ける。無言で居るのも気まずいので彼女は尋ねた。


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