5 オートマタの墓場で
日暮れ時、車を走らせてメトロシティの郊外へ出た。
そこに広がるのは外界への渓谷だ。長い時間をかけて雨風に削られた大地が、数多の蛇のうねりのように連なり広がっている。時刻も相まって多少不気味さが増しているように見える。掘り起こせば太古の生き物が出てきそうである。
メトロシティにある廃墟だらけの危険区域より、このような人の手が最小限にしか及んでいない場所に足を踏み込む方が高見佳奈にとっては不安を煽るものだった。かといって仕事に支障をもたらす程では無いが。
車を駐車スペースに停めた。もちろんそんな区切りはない。ただ停められそうな所に駐車しただけである。
車から降りる。風はなかった。
すぐ目の前に仮設の足場とコンテナが残っている。1年前の大規模な”違法オートマタ一掃作戦”の際に配置されたものがそのまま残っていた。管理者は誰も居ないのだろうか、捨てられた設備よろしくコンテナの扉は開けっぱなしになっていた。高見はライトで中を確認する。
「何かあったのか?」同僚の黒澤当麻が訊いた。ボウガンを背負っている。彼も同じようにコンテナ内部をのぞき込んだ。「何も残ってないですね」と彼女は返事をした。
「あの作戦って、この場所でやったんですよね」
「そう聞いてる」
コンテナから再び渓谷に立った二人は、改めて作戦後の跡地を見下ろした。渓谷が所々抉られ、いくつもクレーター状の形状を残している。二人は作戦を受注しなかったが(そもそも当時の二人に一掃作戦を受注できる装備も戦力もなかったのだが)、数々のオートマタ対応会社を巻き込んだ一大作戦だったのだ。
このニュースはメトロシティでも大々的に取り上げられた。もちろん作戦について明らかになったのは事後である。
端的に言えばこの渓谷に違法オートマタの大群をおびき寄せ、まとめて破壊する作戦だった。その作戦に参加していた一人が、今は既に引退している伊野田という男だった。彼もエルリと同じくデザイナーベイビーである。高見は渓谷を見下ろし、彼が立ち回ったであろう光景を想像した。
「ここで、どういうわけかオートマタじゃなくて、人間にボコボコにされたって言ってましたよね」唐突に、高見が口にした。
「誰が?」
「伊野田さんが」
「そうだっけ」黒澤は淡々と返事をした。興味がない、というよりは、想像が付かない、といった疑問の籠もった返事だった。
「まえに黒澤さんちで飲んだとき、その話したじゃないですか」
高見はそう言いつつ、端末を取り出して”回収物資”のポイントを割り出した。端末のマップを展開させて指ではじくと、二人が立っている場所にそのまま反映された。地面の上に、うっすらと距離や矢印などの地形情報が浮かび上がる。黒澤も端末を取り出し、周辺情報を合わせて確認した。
「あいつは強いんだか弱いんだかわからない奴だな」
オートマタには強く、人間には弱い男だったな、と思いつつ。彼は意識を切り替えた。高見も同じようだった。
日が落ちてくるとクレーターとなっている場所から、じわじわと光源が目視できるようになった。光虫のように見えたが、その光の出所は、作戦跡地に廃棄されたオートマタから放たれる、まさに風前の灯火の光だった。
廃棄ないし破壊されたオートマタは、その機能が完全停止しているかの判断が難しい。違法オートマタには”寝たふり”をプログラムされている機体すらいるのだ。
しかし暗がりであれば、機体内部から漏れた光がより目立ち、判断しやすくなる。二人が日暮れの到着にしたのは、その理由もあった。
ここはいわば、“違法オートマタの墓場”なのだ。
今も上半身を引きずりながら廃棄場を徘徊している機体が確認できた。電源が完全に切れるまで、パーツを求めて彷徨い続ける。そんな末路を”彼らが”免れることができて、高見は心底「良かったな」と思った。
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