5 他になにかいる?

 確かに部屋の入り口から、この手だけが視界に入れば”死体が転がっているかも”と想像してしまうのも無理はない。正規品のオートマタはそれくらい精巧に造られているし、ここはメトロシティといっても郊外だ。よく違法機が発見される区画とは目と鼻の先のため、物騒な事件も多発する。

 

 正規品が被害に遭うというのは稀な気もし、彼は機体の腹をなぞった。損傷が酷かったからだ。

「高見さん、機体を発見した。清掃用の正規品だ。壊れてる」

『壊れてる?』

「ああ、壊されてると言った方が正確かもしれない」


 黒澤は機体についての専門知識はそれほど持っていないが、この機体が外部からの損傷を受けて故障したことは安易に想像がついた。何かエラーが起きて転倒したとすれば、この位置からなら洗い場に頭をぶつけるだろう。そういった痕跡はない。


『オートマタの手首を見れますか?』

「手首?」

 黒澤は、機体の手首をのぞき込んだ。人間で言う、ちょうど動脈を測る位置が焦げ付いていた。


『状態は?』

「何か、焼き切られたみたいな。焦げた跡があるな」

『正規品の手首にあるコードって行動制御機能に繋がってるんです』

「なんで知ってるんだ、そんなこと」

『笠原さんに教わりました』

「……あの人か」


 黒澤は、笠原の顔を思い返した。名前の通り、笠原工業の人間だ。オートマタの専門家といってもいいだろう。家業には関わっておらず、今は別の目的で動いているのを風の噂で聞いていた。


『それを強制的になんとかしようとした、となると、あんまり易しい案件じゃなくなりますね』

「そうだな。腹部にも損傷がある」

『えぇ……』

「えぇ、って。まずいのか」

『まずいも何も、オートマタの検査とかチェックするときって、腹部開閉しますから。誰かがそれをしようとしたとなると、まずくないですか』

「しかも、こんなモーテルで」

 黒澤は立ち上がり、部屋を見回した。まるで刑事ドラマのオープニングのようだなと、ため息を漏らす。


『事務局に報告しましょう。正規品が壊されてたってなると、案件内容どうなるんですかねぇ』

「一応、依頼どおり”見に来た”んだから、完了だろう。戻る」


 黒澤が、バスルームを後にしようとした時だった。突如、ガタッと何かが動く音がした。彼はすぐさま振り向き、ボウガンを構えた。鼓動が早まった。


『どうかしました?』

「なにかいるかもしれない」

 彼はそう言って、自分の甘さに舌打ちした。違法機案件でなくとも、やはり多少の緊張感は必要か。確認を怠っていた場所があった。バスルームの浴槽を隠すように引かれていたシャワーカーテンの奥だ。


『サポートは?』

「いや、高見さんは車に居てくれ。外からモーテルを確認していてほしい」

『了解』


 黒澤は息を潜めシャワーカーテンの前に立った。

 ボウガンを構え、ゆっくり手を伸ばし、勢いよくカーテンを開いた。

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