花ノ宮香恋ルート 第18話 茜差す夕焼け空の中 【あとがきにご報告がございます】
《花ノ宮香恋 視点》
窓から夕陽が差し込む、午後17時過ぎ。
私立病院の一室。ベッド脇には、パイプ椅子に座った玲奈が居た。
彼女は心配そうな様子で、私の顔をジッと見つめて来る。
そんな彼女に対して、私はフフッと笑みを溢した。
「そんなに心配そうな顔をしないで、玲奈。私は平気だから」
「……香恋さま。私や兄さんに、隠し事をしないでください。私たちは香恋さまのことを心の底から心配しているのですよ。ですから……本当のことを話してください! 貴方様のお身体のことを私に教えてください、香恋さま……っ!!」
ウルウルと目を潤ませ、私を見つめてくる玲奈。
私はため息を溢し、首を横に振る。
「私、どれくらい眠っていたのかしら?」
「半日以上です」
「そう。柳沢くんは、今、どうしているの?」
「今日の朝方に東京へと出発しました。独断で、有栖陣営に潜りこんでいます」
「……フフッ。それでいいわ、柳沢くん。貴方は、私なんかに囚われてはいけない。自分が成すべきこと、やりたいことをすればいい。私が心配だからと言って、まだこの病室に居たら……引っぱたいていたところだわ」
「……」
「なんなら、本当に有栖の側に付いてもらっても構わない。あの子となら、きっと、良い舞台を作れるでしょう」
「それは、在り得ません。兄さんが、香恋さまを裏切ることは絶対にないです」
「クス。いつのまにか随分と、彼を信頼するようになったのね、貴方は」
「……私は……今まで、子供だったんだと思います。この境遇を産み出した花ノ宮家の人間を恨み、私とは違い能力を持った兄さんを恨み、家庭を捨てた父を恨み……常に人を恨んで生きてきました。でも、兄さんと会話して分かりました。兄さんは、いつも誰かのために戦っていたんだということを。子役時代は病床の母さんのために。役者の夢を諦めて腐っていたと思っていた時は、瑠璃花さんのために。そして今は……香恋さまのために、あの人は戦っています」
「そうね。彼は、いつも誰かのために動いているわね」
「はい。先日、母の旧友である柊恵理子さんから、父の過去の話を聞いたんです。その時に思いました。私は、何も知らなすぎる、って。父だって、ちゃんと話し合えば、兄さんと同じく和解できるかもしれない。もう一度、家族というものをやり直せるんじゃないか、って、そう思ったんです」
玲奈はそう言って、小さく笑みを浮かべた。
私はそんな彼女に対して、優しく微笑みを返す。
「変わったわね、貴方。以前までは、私以外の人間を信用することはしなかったのに……。ええ、それでいいのよ、玲奈。貴方は本来、花ノ宮家のメイドではないのだから。貴方は、私の従姉妹、対等な立場にあるべき存在なのよ。これからは使用人としてではなく、私の友人として接してもらえるとありがたいわ」
「そ、それは……えっと、あの、友達というものを作ったことが、今までに一度もないので……その……」
もじもじとし始める玲奈。私はクスリと笑みを溢すと、静かに目を伏せた。
……彼は、私との約束を守ってくれている。
私を置いて、先へと行ってくれている。
それだけで、頬が緩みそうだ。
ただ前だけを見据えて進み続ける。私のために、役者として復活してくれる。
柳沢楓馬だったら、病室の母を傍で見守る……なんてことはしない。
あの天才子役だったら、病室にいる母を喜ばすために、舞台の上で舞い続ける。
それが、役者としての彼の生き方。芸術の化身、魔性の怪物と呼ばれた少年の本質。
本当に……帰ってきてくれたんだ、彼が。
ありがとう、柳沢くん。
私も、これから頑張れそうよ。
貴方が見せてくれる舞台まで、絶対に死ねないわ。
「玲奈。もし柳沢くんが仙台に帰ってきても、私のことは気にしないでって伝えておいて。貴方はやるべきことをしなさいって、言伝を―――」
「……そうだ、香恋さま。ひとつ、重大なご報告がございます」
「報告? 何かしら?」
目を開けて、玲奈へと疑問の声を投げる。
すると玲奈はゴクリと唾を飲み込んで、緊張した面持ちで口を開いた。
「有栖陣営に、長らく行方知らずだった、香恋さまの義理の姉の……花ノ宮なずながいました」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「―――着いた。ここが、楓ちゃんのお部屋やで」
なずなの案内で辿り着いた場所。そこは、寮の二階にある一室だった。
扉を開けて中に入ると、1LDKくらいの、何もないフローリングの部屋が現れる。
クローゼットやトイレ、シャワールームなどが完備されており、一人暮らしの学生が住むには上等な部屋だと窺えた。
部屋の中央でキョロキョロと辺りを見回していると、入り口に立ったなずなが、声を掛けてきた。
「19時から夕食になるんやけど……その時に、食堂で他の寮生たちを紹介しよう思うんよ。そやさかい、19時になったら、さっき行った1階の食堂においでやす」
「はい。分かりました」
「ほな、楓ちゃん、また後で―――」
「楓!! 来たわよ!! さっき言っていた話って何よ!!」
なずなさんが去ろうとした、その時。
紅いツインテールを揺らし、部屋の中にズカズカと茜が入ってきた。
茜はオレを鋭く睨み付け、至近距離に立つと、ガルルルルと唸り声を上げる。
そんな彼女の様子に気圧されてか、なずなさんは引き攣った笑みを浮かべ、オレに手を振ってきた。
「ほ、ほな、うちはここで退散するで~。ご、ごゆっくり~」
バタンとドアを閉め、なずなさんは逃げて行った。
その後、オレは、今にも噛みついてきそうな茜にため息を溢し、開口する。
「……茜さん、あんまり睨まないでください。あと、離れてください。顔が近すぎます」
「あたし、未だにあんたが楓だと思えないんだけど。あんた、誰よ。楓の双子の姉とか?」
「双子の姉……そ、そうです。私は、双子の姉なんです! バレちゃいましたか!」
「なんだ、そうだったのー、あははははー……なんて、言うとでも思った?」
茜はオレの胸倉を掴むと、声を荒げる。
「なんか、気持ちが悪いのよ!! あんたは、あたしがよく知っているようで、よく知らない人間のような気がするの!! 目とか雰囲気はフーマにそっくりなのに、顔は楓。あんたいったい、誰なのよ!! あたしの友達は……いったい何処に行ったのよ!! 楓を出しなさいよ!!」
目の端に涙を浮かべ、茜は咆哮を上げる。
……最早、茜を騙し続けるのも限界かな。
こいつはもう、オレの正体に心の底で気が付いている。
オレが誰なのか、薄々と勘付いている。
「茜さん」
「何よ!!」
「少々、お待ちください」
オレはそう言って茜から離れると、すぐに扉の前へと向かった。
扉を少しだけ開けて、廊下を確認する。
外には誰もいない。なずなや有栖の手の者が監視している、ということもなさそうだ。
いや……完全に大丈夫、というわけでもないか。ここは敵地。安心はできないだろう。
「茜さん。少し、場所を変えましょう。夕飯までには時間がありますし、散歩でもしませんか?」
「は……はぁ!? 意味わかんない!! ここで話なさいよ!!」
「まったく……お前はもう少し、熱くなる癖を抑えた方が良いと思うぞ。コミュニケーション能力といった一面は随分と成長したが、子供のころから、そこだけは何も変わっていないからな」
「え……?」
「ほら、行きましょう。置いていきますよ」
「ちょ、ちょっと!?」
オレは慌ててついてくる茜を引き連れて、寮の外へと向かって行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
紅い夕焼け空の中、オレと茜は、東京の住宅街を歩いて行く。
空には既に星々が浮かんでいた。
七月八日。もうすぐ、夏本番がやってくる。
オレと茜が最初に出会った舞台の公演も、確か、夏だったけな。
何だか、あの時のことを思い出す。
「……」
「……」
「……茜さん。貴方は以前、柳沢楓馬を倒したいと……そう言っていましたよね?」
「え? きゅ、急に何よ」
「花ノ宮女学院に入学した、最初の一日。貴方は、自己紹介でこう言いました。自分の夢は、いつか柳沢楓馬を倒すことだと――。未だに、その夢は、持ち続けていますか?」
「勿論よ。あたしが目指すべき役者としての境地は、そこしかないのだから。あたしが、彼を倒す。他の役者ではなく、このあたしが、あの化け物を復活させて、一緒にまた舞台の上に立つの」
「そうですか。ですが、もう、復活させる必要性はなくなりましたよ」
「? 何を言っているの?」
「おや、有栖さんから聞いていないのですか? 柳沢楓馬が、12月の舞台に参加することを」
「…………ぇ……?」
オレのその言葉を聞いた茜は、立ち止まり、身体を硬直させた。
オレはてっきり、この報せを聞いて茜は喜ぶのだと思っていた。
彼女は、過去のオレを追いかけ続けている、唯一の役者だったからだ。
だが―――茜が見せたその反応は、オレの予想とは違うものだった。
「……なんで……なんで、フーマが、復活するの……?」
茜の瞳から、ポロリと、涙が零れ落ちて行く。
オレはそんな彼女の姿を見て、思わず動揺してしまった。
「あ、茜さん……?」
「あたし……もう一度、舞台の上にフーマを復活させられるのは、自分だけだと思っていた。なのに、どうして……どうして、あいつは役者に戻ってるの!? 誰が、あいつをもう一度役者に戻したの? 悔しい……悔しくて仕方がないっ!!!!」
両手で顔を抑え、静かに嗚咽を溢す茜。
……まさか、彼女がこんな反応を見せるとは、な……。
今から茜に自分の正体を明かそうかと思っていたのだが……少しだけ、面食らってしまった。
「茜さん……彼は、その……」
「―――フフフフフ。夜分遅くに失礼するよ、有栖陣営の役者たちよ」
「!?」
オレは、茜を庇い、急いで声が聴こえてきた路地へと視線を向ける。
するとそこには……血のように紅いブラッドスーツを着た、一人の青年の姿があった。
彼は目を細めると、こちらに近付きながら、声を掛けてきた。
「お初にお目にかかる、月代茜、如月楓。私が誰だか、知っているかね?」
「あ、貴方は―――花ノ宮樹……!?」
オレのその言葉に、樹は目を細め、ニヤリと不気味な笑みを浮かべるのだった。
「取引をしようではないか、諸君」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
この度、「元天才子役の男子高校生、女装をして、女優科高校に入学する。」が、第9回カクヨムWeb小説コンテストで、ラブコメ(ライトノベル)部門特別審査員賞受賞をいただきました!
これもすべては、読者さまが長く支えてくださったおかげです!
本当にありがとうございました!
カクヨム様の中間選考結果ページで、特別審査員である愛咲優詩様から、推薦コメントを載せていただいております!
ぜひ、チェックしていただけると嬉しいです!
本コンテストの最終選考はまだまだ先だと思いますが……良い結果を残せると祈るばかりです……!!
難しいとは思いますが、書籍化……できたらいいなぁ……笑
ではではみなさま!
これからも「元天才子役」を、よろしくお願いいたします!
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