花ノ宮香恋ルート 第19話 新たなる仲間二人


「あ、貴方は―――花ノ宮樹……!?」


 オレのその言葉に、樹は目を細め、ニヤリと不気味な笑みを浮かべる。


 そして彼はオレと茜の前に立つと、腕を組み、口を開いた。


「取引をしようではないか、諸君」


「取引……?」


「そうだ。いや、これは取引というよりも命令だな。……話は変わるが、君たちは……花ノ宮家の事情を、有栖からどの程度聞いているのかね?」


「……今年12月に公演する、花ノ宮香恋著『孤独の夜空』の舞台で、花ノ宮家の次代後継者を決める……というのは、聞いております」


「その通りだ。花ノ宮法十郎が用意したその舞台で、華々しい活躍をした役者を選出した後継者が、花ノ宮家の次期当主となる。現在、そのくだらんゲームに参加を表明している花ノ宮家の後継者は五人いる。一人目が、本家長子であるこの私、花ノ宮樹。二人目が、我が妹、花ノ宮香恋。三人目が、貴様らの飼い主である愚物、花ノ宮有栖。そして四人目が……突如後継者に名乗り出た我が叔母、花ノ宮愛莉。最後の一人は省こう。外様の者だからな」


 そう口にして目を伏せると、樹はフッと笑みを溢す。


「こんなくだらんお遊びで後継者を決めるなど、ふざけた話も良いところだ。だが、勝負は勝負。故に、当主の座が掛かっている以上、私も此度のゲームは手加減ができない。……単刀直入に言おう。如月楓、月代茜。貴様ら、有栖を裏切り、こちら側に付け」


 ……驚いたな。まさかこの男が、オレと茜をスカウトしに来るなんて。


 玲奈から聞いていた話では、花ノ宮樹という男は相当なキレ者だという話だ。


 後継者候補の中では、一番、危険だとも言っていた存在……。


 そんな男が、わざわざオレたちを引き抜きにきたのは、いったいどういう了見なんだ?


 確かに茜は有望な存在かもしれないが、世の中、茜以上の知名度と演技力を持った役者はごまんといる。


 わざわざ無名のオレと茜に声を掛ける必要性が感じられない。

 

 彼の意図が、まるで読めない。


「悪いけど、お断りよ。あたし、困っていたところを、花ノ宮芸能事務所に拾ってもらったの。月代茜という役者は、恩を仇で返すような真似はしないわ」


 茜はそう言って腰に手を当て、フンと鼻を鳴らす。


 そんな彼女にクククと嘲笑の声を上げると、樹は目を開いた。


「拾ってもらった、か。クク。月代茜。君は、数か月前から何者かに圧力を掛けられ、以前いた事務所を出て行かなければならなくなった……。だから、唯一手を差し伸べられた花ノ宮芸能事務所に必死にしがみついている。そんなところかね?」


「!?!? な、何で、あたしが圧力を掛けられたことを知っているのよ、あんた……!!」


「当然の話だ。この私が、お前に圧力を掛けた張本人なのだからな。方々の芸能関係者に手を回して、月代茜を起用しないよう通達をしておいた。花ノ宮家は、多くのテレビ局にスポンサーとして支援している。このくらいのこと、朝飯前だ」


「あ、あんたが……!! あんたが、あたしに圧力を……!! あんた、いったいあたしに何の恨みがあるってのよ!! ふざけんじゃないわよ!!」


「茜さん!!」


 樹に殴りかかろうとした茜を背後から羽交い絞めにして止める。


 そしてオレは、先ほどから気になっていた疑問を茜に投げた。


「茜さん! 圧力を掛けられたって、どういうことなんですか!?」


「ロミジュリを公演した後くらいから、あたし……所属していた事務所から役者の仕事をまったく貰えなくなったの。だから、バイトして何とか一人暮らしの生活費を食いつないでいたんだけど……まさか、その元凶がコイツだったなんて!! 一発ブン殴ってやらなきゃ気が済まないわ!!」


「はっはっはっはっ!! 怒ればすぐに暴力に走るとは……まったくもって愚かだな、月代茜!! いや……南沢茜と、そう呼んだ方が良いのかな?」


 樹のその言葉に、茜は硬直し、動きを止める。


 俺も思わず、花ノ宮樹の顔を見つめてしまった。


「南沢……?」


「花ノ宮家と敵対関係にある、都心最大の財閥グループ……南沢家。その家の血を、そこの娘は引いているのだよ」


 オレはその言葉に驚き、茜の横顔を見つめる。


 茜は唇の下を噛み締めると、樹を鋭く睨み付けた。


「……どうして、そのことを……!!」


「フッ。私も南沢とは少なからず縁があってな。現当主である男から、月代茜がメディアに立たないよう動けと命じられている。だから私は、貴様に圧力をかけ、役者の道を閉ざした。……だというのに、有栖の奴に拾われるとは……面倒なことこの上ない」


「あの男が……叔父が、何で、家を出たあたしなんかを気にするっていうのよ……!」


「南沢家の長子が浮気してできた子供……つまり貴様は、南沢にとって存在自体が醜聞だからな。次男である叔父上にとっては、あまり表に出てきて欲しくはないのだろうよ」


「お父さんは……お父さんは浮気なんかしていない!! お母さんのことを本当に愛していたわ!!!! ふざけたこと言っていると本気でぶっ飛ばすわよ!!」


「……」


 茜のその咆哮に、樹は何故か笑みを止め、目を細める。


 オレは、そこに、樹の隙……秘密があることを推察した。


 現状、南沢と茜の関係についてはオレはよく知らない。


 だが樹が、茜に対して何等かの感情を抱いていることが理解できた。


「これは警告だ、如月楓、月代茜。役者として大成したいのならば、私と共に来い。そうすれば、今後、一切貴様らの邪魔はしない。断れば―――その商売道具である顔に傷を付けて、強引にでも連れて行く。私の側に付けば、バックアップは惜しまない。貴様らは何の障害もなく役者として栄光の道を歩むことができる……良い取引だとは思わないかね? 無論、月代茜には当分、舞台の上に立たないでもらうことにはなるが」


「御断りよ!! あんたみたいな得体の知れない奴についていく気なんてないわ!!」


「そうか……。ならば、ここまでの情報を話した以上、貴様らを帰すわけにはいかないな。強制的に連行させてもらう」


 樹がパチンと指を鳴らした、その瞬間。


 突如、樹の背後から影が飛び出して来た。


 その影は、茜の顔に目掛け、強烈な蹴りを繰り出してきた。


 オレはすぐさま茜の前に立ち、その蹴りを手で掴み、受け止める。


 その後、「パァン」と、乾いた音が周囲に鳴り響く。


 数センチ程前に来た皮靴の先を静かに見つめながら、オレは、襲撃者を睨み付けた。


「え? マ、マジッスかぁ!? 私、樹さまの命令通り、本気で蹴ったんスけどぉ!? と、止められたぁ!?」


「……何だと?」


 チャイナ服を着た少女と、その背後にいる樹が、目を見開き、驚きの表情を浮かべる。


 オレはその隙を見逃さず、靴から手を離し、少女の懐へと入った。


 そして―――少女の顎に向けて、容赦なく掌底を放った。


「カハッ!?」


 気を失わせるつもりで放った全力の掌底だったが、彼女はまだ、地に足を付けていた。


 少女はギリッと歯を噛み締めると、オレへと連続の蹴りを放ってくる。


「混蛋! (このクソ野郎!)」


「……中国語……君、中国人か」


 連続の蹴りを全てオレは手で弾き、防衛していく。


 そして、全ての蹴りを捌き終えた後、オレは、お見舞いとばかりに少女の腹部へと回し蹴りを放った。


 その直後。少女は膝を付き、腹部を押さえながらドサリと地面に倒れ伏した。


「シャオリンを……圧倒する、だと……?」


 驚愕の声を漏らす樹。


 オレはすぐに彼の頭上にあるビルに視線を向ける。すると、そこには、不自然に空いた窓があった。


 そこから、キラリと、何かが反射するものが見えた。


 オレはその光景を確認した後、すぐに茜の手を掴むと、元来た道へと引き返し、駆けていった。


「ちょ、ちょっと、か、楓!? と、というか、今の、何!? 何なの、あの格闘劇は!?」


「今は黙ってください、茜さん。早く逃げないと、捕まりますよ」


「え? さっきの女は、あんたが倒したじゃない!?」


「花ノ宮樹の配下が、あれだけで終わるはずないですよ。あと……窓から、こちらをスコープで監視している者がいました。あの場に居ては、圧倒的にこちらが不利な状況です。今は……逃げるしかない」


 路地を出て、歩道を全力で駆け抜ける。


 すると背後から、樹の声が聴こえてきた。


「追え!! 奴らを絶対に逃がすな!!」







「―――――花子!! 聴こえているか!? 大変なことになった!!」


 茜の手を引っ張りながら歩道を走り、耳元のイヤホンに手を当てそう声を放つ。


 するとイヤホンから声を聴こえてきた。


『はい! 胸ポケットにある監視カメラ付きのボールペンで一部始終は見ていました! 私がマップを見て、逃げ道をルート案内します! それまで持ちこたえてください!』


「助かる! 玲奈はいないのか!? あいつに、樹の情報を聞きたかったんだが……」


『今は香恋さんのお見舞いに行っていて、ここにはいません!! まさか、こんなことになるなんて……流石のフランチェスカさんも驚きです』


 ……クソ! オレもまさか樹がこんな強行な手に出るとは思っていなかった!


 以前屋敷で会った時は飄々とした様子だったかが……先ほどの様子を見るに、何処か焦った雰囲気が感じられた。


 何者かに追い詰められているのか、時間がなく焦っているのか……そんな雰囲気だ。


(ただ、それが分かったといっても、今のオレにはどうしようもないんだがな……!)


 こちらの戦力はオレ一人。


 肩越しに背後を窺って見ると、追い駆けてきて走って来るのは黒服数十人。


 流石に茜を守りながら撃退できる数ではない。


 白鷺の爺さんから派遣してもらえる予定のボディーガード二人がこの場に居たら、何とかなったかもしれないが……流石にないものねだりはできないな。


 自分一人で対処するしかない。


「か、楓! どうするの、ここから!?」


「それは……止まってください!!」


 歩道の真ん中で急ブレーキをかけて立ち止まる。


 すると、上空から軽やかに、先ほどのチャイナ服の少女が降りてきた。


 彼女は地面に降り立ち、口元に付いた血を拭うと、こちらに笑みを向けてくる。


「君、強いッスね……。あ、私、シャオリンって言うッス。よろしくッス。次は、リベンジさせてもらいますよ、楓さん……!!」


 絶体絶命の窮地。ここはこのチャイナ娘を倒して、前に進むしか―――。


「そこまでです。動かないでください」


 声がする上空へと視線を向けると、そこには、ビルの三階からこちらにライフルを向けている眼鏡の女性の姿があった。


 あれは、玲奈から事前に情報を貰っていた、秋葉家二女の秋葉里奈だったか。


 相当な狙撃の腕前を持つと聞いている。


 先程は動揺の隙をついて射程圏内から逃れられたが……最早、二度同じ手は通じないだろう。


 背後からは、黒服たちが追いかけてきている。


 万事休す、ここまで、か……!!


「里奈先輩! この子はシャオリンに譲ってくださいッスよ!! ここまでの使い手、しかも同年代の女の子、なかなかいないんスから!!」


「シャオリン……遊びはほどほどになさい。樹さまからは、その二人の速やかな確保を命じられているんですよ」


「さきほどの雪辱を晴らしたいんスよぉ!! お願いッス、里奈先輩~!!」


「まったく、貴方は―――――……ッ!?!? シャオリン!!!!!」


「え? ―――ぐふっ!?」


「―――――お待たせしました、楓馬さま」


 突如シャオリンと呼ばれた少女は、背後から現れた何者かによって首に手刀を当てられ、意識を失い地面に倒れ伏した。


 すぐさま秋葉里奈がライフルの照準をシャオリンの背後に向けようとするが、里奈のスコープに目掛け、向かいのビルから銃弾が飛んできた。


「やらせねぇよ」


 里奈の持っていたライフルのスコープに銃弾は命中し、ライフルは破損する。


 その光景に里奈は悲鳴を上げ、尻もちをついた。


「悪いな! こちらも主人を守らなきゃならない立場にあるんでな!」


 そう言ってピューッと口笛を吹く、向かいのビルにいるスーツを着た男性。


 突如現れたその二人に面食らっていると、シャオリンの背後から一人の人物が姿を現わした。


 オレはその人物に、思わず、目を見開いてしまった―――。


「君、は……?」


「こうして、貴方様に直接御目通りができて、とても嬉しく思います。私の名前は秋葉螺奈らな。秋葉家の末妹に身を連ねる者です」

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