花ノ宮香恋ルート 第16話 潜入開始・同じ潜入者との邂逅


「……さて。無事に東京に着いたはいいものの……オレはいったいどこに行けば良いんだろうか」


 現在、オレは如月楓に扮して、東京駅の前に立っていた。


 スマホを確認してみる。時刻は午前十時半。花ノ宮有栖からのメッセージはない。


 代わりに、陽菜と彰吾からレインが届いていた。


 二人からは「ウチらも無事、東京駅着いたよー」「作戦通りに行けているぜ」とのメッセージが。


 ―――今回の作戦はこうだ。


 オレ、如月楓は、有栖を騙し、スパイとして花ノ宮芸能事務所に潜入を果たす。


 そしてそこで、花子から貰っていたこの小型カメラで、敵情を視察する。


 オレは制服のブレザー、胸ポケットに視線を向ける。


 するとそこには、ボールペンの姿があった。


 このボールペンには花子特製の小型カメラが仕掛けられており、アジトである高架下のキャンピングカーにリアルタイムで中継、録画されている。


 そして、耳の中には、ワイヤレスのイヤホンがあった。


 これも、花子に貰ったものだ。


『えー、マイクテス、マイクテス。聴こえていますか、変態女装男』


 噂をすれば何とやら。イヤホンから、花子の抑揚のない声が聴こえてくる。


 オレは耳元を手で押さえながら、呆れたため息を吐いた。


「聴こえているよ、中二病エロゲー声優女」


『ブイチューバーもやっております』


「その設定もあったんだった……属性てんこもりすぎなんだよ、お前」


『コホン。そんなことよりも、青き瞳の者、有栖とやらはまだ姿を現さないのですか?』


「あぁ。ここに迎えに来ると言っていたんだが……いないな。連絡も無い」


『まさか、我々花ノ宮香恋陣営がスパイをしていることに気付かれたのですか? ビッチ女とシコ猿が何かミスを……?』


 その発言に、ブブッと音が鳴り、通話に二名の人物が参加してくる。


『ちょっと! ウチらにもその会話聴こえてるんだからね! 誰がビッチよ!』


『シコ猿……え、もしかしてシコ猿って俺のこと? 何で?』


『女の子に鼻の下を伸ばしがちな、性欲丸出しの猿だからです』


 花子が知り合いに変な名前を付けるのは前からのことだが……彰吾のあだ名がシコ猿になるとは……。


 馬鹿な奴ではあるが、何だか可哀そうだ……。


『シ、シコ猿……シコ猿……』


『それよりも。ビッチ、ちゃんと青き瞳の者の姿が見える位置に立っていますね?』


『もち! 楓馬くん、後ろ、見てみて!』


 陽菜のその言葉に背後を振り返ると、10メートル先にあるベンチの上に、陽菜と彰吾の姿があった。


 二人はこちらにさりげなく視線を向けると、小さく手を振ってくる。


 オレはそんな二人にコクリと頷きを返した後、すぐに前を向いた。


「陽菜さんと彰吾には、最初の作戦通り、オレの監視を任せる。中継役は、花子、玲奈、よろしく頼む」


『はい。お任せを』『……兄さん、無理しないでね』


 花子と玲奈が、そう言葉を返してくる。


 作戦は順調。香恋も今朝、病室で目が覚めたそうだ。


 あとはオレが、有栖陣営から有力な情報を持ち帰り、彼女の陣営を壊滅に追い込めば良いだけ。


 ……展開次第では、有栖をこちら側に引き込めれば良いだろうが……簡単にはいかないだろうな。


 そう、一人で考え込んでいると、背後から声を掛けられた。


「えっと、もしかしてあんたが、如月楓はん?」


「はい?」


 後ろを振り返る。するとそこには、長い黒髪の和服を着た女性が立っていた。


 その横で隠れているのは、怯えた顔でこちらを見つめる、ボサボサ髪の幼い少女。


 オレは少女に視線を向けた後、同じ年頃と思える、和服の女性へと声を掛ける。


「はい。私は如月楓ですが……貴方は?」


「うちは、三木あずさ言うもんです。花ノ宮芸能事務所に所属してる、新人アイドルなんどすえ」


「三木……あずささん……?」


 オレは思わず、彼女の紅い瞳をジッと見つめてしまう。


 そんなオレに、和服少女、三木あずさは不思議そうに首を傾げた。


「え? うちの顔をジッと見て……どないしたん?」


「いえ……誰かに、似ているなと……そう思いまして」


 そう言葉を発すると、一瞬、少女の顔は強張った。


 だがすぐに彼女は微笑みを浮かべ、口を開く。


「他人の空似なんて、なんぼでもあるさかいね~。あ、そうだそうだ」


 手をポンと鳴らすと、少女は隣にいる幼い少女の肩に手を置いた。


「こっちは、黒澤今宵。同じ寮に住んでる女の子なんやけど……」


 今宵と呼ばれた少女は怯えた様子であずさと名乗った少女の後ろに隠れる。


 そしてその後、和服少女は、やれやれと肩を竦めて口を開いた。


「今宵。楓ちゃんのお迎えについて行きたいって言うたのは、あんたやん? しっかりしい」


「……うん」


 そう言うと、今宵は前に出て、恐る恐るといった様子でオレの目を見つめる。


 そして―――何処か意を決した様子で、口を開いた。


「あの……ロミオとジュリエットの劇のDVD、有栖お姉ちゃんに見してもらったの……すごかった」


「あぁ、あの劇を……ありがとうございます」


「……あれを見たら、今宵も、楓お姉ちゃんみたいにキラキラできる女優さんになりたいって、そう思った」


 顔を真っ赤にして、もじもじをし始める少女。


 オレはしゃがみ込みむと、そんな内気な少女の頭を優しく撫でた。


「そう言っていただけたのは、とても嬉しいです」


「今宵……楓お姉ちゃんと同じ学校に行ってみたい……でも、今宵は、全然綺麗じゃない……楓お姉ちゃんのような女優さんになれる自信がない……」


 そう口にして落ち込んだ様子を見せる今宵。彼女は、穂乃果の妹のアカリと同い年くらいに見えるな。


 アカリもオレの劇の映像を見て、女優になりたいと、そう言ってくれた。


 たとえ如月楓が偽りの女優だとしても……幼い少女たちが抱いたその想いは、壊したくない。


「なれますよ。努力すれば、絶対に」


「え……?」


「仙台に、花ノ宮女学院という女優科の学校があります。大きくなったらそこの門を叩いてみてください。きっと、貴方なら頑張れますよ」


 オレがそう声を掛けると、長い黒髪の奥から、今宵がこちらに目を向けてくる。


 その目は、キラキラと輝いていた。


「ほな、楓はん、とりあえずうちらアイドル候補生が暮らしてる寮に案内するで。そこに、有栖はんがいてはるさかい」


 あずささんはそう言って、今宵の手を引いて歩道を歩いて行った。


 オレもそんな彼女の後に続き、歩みを進める。


 ―――その時。耳の中にあるワイヤレスイヤホンから、玲奈の声が聴こえてきた。


『に、兄さん、その女の人には、気を付けてください!』


 何処か焦った様子でそう声を発する玲奈。オレは小声で、そんな彼女に言葉を返す。


「この人になにかあるのか? 玲奈」


『その女性は……花ノ宮家から追放された、香恋様の……腹違いの姉です!』

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