花ノ宮香恋ルート 第8話 「結集」


「……まずは、仲間集め、と言っていたけれど……具体的にはどうするつもりなのかしら?」


 キャンピングカーでテーブルを囲み、香恋は向かい側の席でため息を溢す。


 その時、玲奈がキッチンコーナーからトレーにティーカップを乗せて、香恋の元へと運んでくる。


「香恋さま、お茶でございます」


「ありがとう、玲奈」


「出たよ。紅茶がぶ飲み大魔神」


「……何か言ったかしら? 柳沢くん?」


「いや、何でも」


「兄さんと瑠理花さんもどうぞ」


「おぉ、ありがとう……ん? 兄さん?」


 玲奈の呼び方に首を傾げながら、オレはティーカップを受け取る。


 その時。隣に座っていたルリカは突如席を立つと、オレの手にあるカップを奪い取った。


 そして腰に手を当てゴクゴクと一気飲みすると……ぷはぁと、おっさん臭く息を吐く。


「なにこれ! コンビニとかで売ってる午〇ティーと全然味が違うんだけど! めっちゃ苦い!!!!」


「アールグレイでございます。インドから直接輸入した茶葉を使用したものなのですが……ルリカさんのお子様舌には合わないもののようですね」


「むっかー!! 本当に腹立つ子!! おにぃに全然似てない!! 優しくない!!」


「ありがとうございます。私も、あのようなシスコン男に似ていると思われなくて幸いです」


「シスコン男……まぁ、その通りだからオレは何も言えないな……」


「あと、玲奈さん!! どさくさに紛れておにぃのこと兄さんって呼ばないでくれる!? この人、ルリカのお兄ちゃんだから!! 貴方のお兄ちゃんじゃないから!!」


「ですが、柳沢楓馬、と、呼び捨てにするのも如何なものかと。これからは同じ香恋さま陣営の仲間になるわけですし……」


「駄目なものは駄目なの!! おにぃのお茶は、ルリカが淹れてあれげるから!! 待ってて」


 そう言うと、ルリカは玲奈の横を通り過ぎ、キッチンの方へと向かって行ってしまった。


 その姿を見つめて、玲奈はこちらにチラリと視線を向けて来る。


「彼女に随分と慕われているのですね、貴方は」


「まぁ、な。そりゃあ、14年間、一緒に居たわけだし」


「……家族というものを知らなかった私。兄に一途に愛情を注いでもらったあの子。瑠璃花さんがあんなに天真爛漫で明るい性格なのは、貴方が居たからなのでしょうね。……あんなふうに素直な女の子として振る舞える彼女が、少し、羨ましいです」


「え?」


 玲奈は、一瞬、切なそうな表情を浮かべた。だけどすぐに表情を引き締め、香恋に向かって頭を下げる。


「香恋さま。私は、瑠璃花さんのお茶の指導をしてこようと思います」


「ええ、分かったわ」


「あと、兄さん。これ、飲んでください。瑠璃花さんの分です」


 そう口にして、トレーに残っているティーカップを、玲奈はオレの前に置いて来た。


 そして、ニコリと、小さく笑みを浮かべる。


「私、お茶には自信があるんです。ぜひ、飲んでみてくださいね、兄さん・・・


 そう言い残して、玲奈は、「これ、どうやって使うの!?」と叫んでいるルリカの元へと向かって歩いて行った。


 ……負けず嫌いなところと良い、意地っ張りなところと良い、オレに似て……いや、どちらかというとオレよりも親父に似ているか、あの女。


 そういえば、玲奈は恭一郎に会ったことないんだったな。


 いつか玲奈には……恭一郎に、会って欲しいな。


 あのクソ親父。オレやルリカを捨てたことはこの際、置いておいてやる。


 だから……玲奈のことはちゃんと父親として、受け入れてあげて欲しい。


 先程の発言からして、家族の愛情というものを知らないあの少女は、肉親というものとどう接して良いのか分からないのだろう。


 口では兄などどうでもいいと言いつつも、オレを兄さんと呼ぶところから、その戸惑いが透けて見えている。


「……良かったわ。玲奈が、貴方を兄さんと呼ぶ日が来て」


 そう口にして、香恋はティーカップを揺らしながら、キッチンに立つ玲奈を優しい目で見つめていた。


 そして彼女はオレに視線を向けると、続けて開口した。


「あの子は、柳沢くんのことを嫌いだとは言いつつも、いつも貴方を目で追っていたの。花ノ宮女学院に、如月楓として貴方が入学した後。あの子はずっとそわそわしていたわ」


「あの玲奈が、か? 会う度にオレに悪態をついていたような記憶しかないんだが」


「素直になれないのよ、あの子は。……玲奈はね、一度、花ノ宮家から逃げたことがあるの。7歳の時にね」


「え?」


「白鷺のお爺様が玲奈に力を貸して、彼女をイギリスにある柳沢家へ送り届けたの。家の前までたどり着いた玲奈は……インターフォンを押そうと、震える指を伸ばした。クリスマスの冬のある日。窓から見えるのは、クリスマスツリーを楽し気に飾り付けする柳沢くんと瑠理花さんの姿。その光景を見た時―――玲奈は、直前でインターフォンを押すことを諦めたわ」


「……そんな、こと、が……」


「あの子にとって、柳沢楓馬という存在は、憧れの兄だった。舞台の上で舞い踊り、観客を魅了し、光り輝く存在。彼女は自身を兄の「影」だと、そう言っていたわ。自分は日陰に居て、柳沢楓馬という舞台の上の主役の目には一生入らない、端役。だから……だから、そんなふうに自分を自虐していたあの子が、あんなふうに柳沢くんのことを兄として認められたことが、私はすごく嬉しいの」


 瞳の端に浮かんだ涙を拭き、香恋は笑みを浮かべた。


「さっ、柳沢くん。私も、もう、悩むことはやめたわ。貴方が創り上げる舞台は、きっと、みんなが笑い合える世界だと思うの。私は当主の座に上り詰める、主役。貴方は、主役を導く脚本家。最高のハッピーエンドを、私に見せてちょうだい」


 香恋の目に、先日までの弱った気配はない。


 玲奈が吹っ切れたことで、香恋の心にも大きな変化があったのだろう。


 香恋の紅い瞳は――――燃え盛る闘志の炎が燃え盛っていた。


「あぁ。最高のハッピーエンドを、お前に見せてやるよ、香恋」


 オレは香恋に向けて頷きを返す。


 その時、ポケットの中のスマホが震えたのが分かった。


 オレはスマホを取り出し、その画面を見つめて、笑みを浮かべる。


「ねぇ、柳沢くん。話は最初に戻るのだけれど……仲間集めって、どうする気なの?」


「さっき言った通り、オレが今まで築いてきた友人たちを頼る。大の大人たちに、それも闇社会に通じている連中に学生たちが挑むなんて、可笑しな話かもしれないが……現状頼る手がこれしかないのだから、仕方のないところだ。とはいっても……オレはあいつらを、誰よりも信用しているんだけどな」


 そう言ってオレは、香恋に向けて笑みを浮かべてみせた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「―――ったく、楓馬の奴、何でこんな河川敷に俺たちを呼びつけたんだ? あんの学校サボり魔めが」


「まぁまぁ、桐谷くん。柳沢くんにも何か事情があるのでしょう」


「む? あれは……何だ? キャンピングカー、か?」


 楓馬の以前通っていた学校……瀬川高校の友人、桐谷彰吾と牧草深雪。


 そして、中学時代の旧友、有坂透が、キャンピングカーの前に辿り着く。


 それと時を同じくして、反対側の方向から、三人の女子高生が姿を現した。


「楓っち、こんなところに呼び出してどうしたんだろ? 何かアタシたちに用事かな?」


「陽菜ちゃん、お姉さまのことですから、きっと、何か考えがあるんですよぉう」


「……穂乃果、近ごろ如月楓信者に磨きがかかりましたね。その妄信っぷりは、流石です」


「花子ちゃん!! 楓お姉さまは、間違ったことはしないんですよぉう!! 楓お姉さまが為すことは全て正義、なのです!!」


「ん、待って、花子、穂乃果。あれ、キャンピングカー? っと……以前、合コンで会った瀬川高校の子たち?」


「え? お、おおおお、男の子、ですかぁ!?!?」


 花子の背に隠れ、ガクガクと身体を震わせる穂乃果。


 花ノ宮女学院の如月楓の友人三名と、柳沢楓馬の友人三名が、こうして、キャンピングカーの前に集ったのだった。


 訝し気にお互いを見つめ合う六人。


 その時――――――キャンピングカーの扉が開き、中から如月楓が現れた。


「よく来てくれました、みなさん」


「え、楓ちゃん!?」「楓っち!?」「お姉さま!?」


 それぞれ違った反応を見せる友人たち。その光景を前にして、如月楓は……静かに口を開いた。


「みなさんに、お伝えしたいことがございます。そして……どうか、私に協力していただきたいんです。花ノ宮香恋を、当主にするために」

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