花ノ宮香恋ルート 第9話 「戦いの予兆」
「みなさんに、お伝えしたいことがございます。そして……どうか、私に協力していただきたいんです。花ノ宮香恋を、当主にするために」
オレの発言に、六人の友人たちは皆一斉に首を傾げた。
いや……一名だけ、オレの言葉の意味を理解した者がいた。
「ちょ……ちょっと待ってください、青き瞳の者」
花子は慌てた様子でこちらに近寄って来ると、オレを肩を掴み、コソコソと耳打ちしてくる。
「貴方、まさかこの場で、正体を明かす気ですか!?」
「はい。事実を話さなければ、みなさんからの協力は求められないと思いますので」
「正気ですか!? この場には穂乃果もいるのですよ!? 彼女の心に深い傷を残すつもりなのですか!?」
「……今までの私だったら、恐らく、この選択は取らなかったでしょうね」
「え?」
「私は、今まで、心から他人を信用していませんでした。ですが……勝つためならば何だってやる。その気概が無ければ、香恋を勝たせることなどできはしない。今更ながら、そのことに気付きました。勝利だけを求めて前に進む……それが、
オレは前を向き、四人へと顔を向ける。
そして、深呼吸をひとつして、静かに口を開いた。
「……私にとって、花ノ宮女学院での生活は、とても眩しいものでした。陽菜さんがいて、穂乃果さんがいて、花子さんがいて。こんな嘘吐きな私を友達と読んでくださったこと、本当に嬉しかったです。今まで、如月楓を愛してくださって……ありがとうございました」
「楓お姉さま?」「楓っち……?」
そう言って陽菜と穂乃果に頭を下げた後。顔を上げ、今度は彰吾、委員長、透へと、視線を向ける。
「オレにとって、お前たちは、大事な大事な友達だった。母が亡くなり、父に捨てられ、舞台の上に上がれなくなって……全てがどうでもよくなったあの時。オレに光をくれたのは、お前たちだった。本当に、ありがとう」
「……え? 楓ちゃんから……楓馬の声?」「柳沢、くん?」「何……?」
彰吾たちに深く頭を下げた後。オレは頭を上げ、四人に笑みを浮かべた。
「如月楓というのは、オレが造り出した架空の女優だ。オレは……柳沢楓馬だ。今まで騙していて、本当に悪かった」
オレのその言葉に、全員の顔が唖然となる。
……心臓が張り裂けそうになる程、痛い。
大事な友人たちである彼らにこの真実を告げることは、とても怖い。
もし、受け入れてもらえなかったら……いや、下手したら絶交だってあり得るだろう。
オレは、ゴクリと唾を飲み込み、友人たちに向かって深く頭を下げた。
「本当に……本当に今まで騙していて、すまなかった!!!! もし、オレを友人として見れなくなったのなら……この場から離れて行ってもらって構わない!!!! オレを変態だと罵ってくれても良い!!!! ……厚顔無恥な願いだというのは分かっている。だけど、頼む!! どうか、ここに残ってオレに力を……オレの大切な人を勝たせるための、力を貸して欲しい!!!!! お願いだ!!!!」
ポロポロと涙が零れ落ちる。
こんなに怖いと思ったことは……母が亡くなったことを除けば、初めてかもしれない。
心臓が痛い。顔を上げた時、誰も居なくなっていたらと思うと、怖くて仕方がない。
オレは嘘吐きだ。詐欺師だ。平気で人を騙していた酷い人間だ。
そんなオレを、まだ、友達と言ってくれる奴はいるのか――――――。
「……青き瞳の者。顔を上げてください」
隣からポンと、花子が優しく肩を叩いて来る。
あぁ……そうだな。こいつだけは、オレが男だと知っても、ずっと友達で居てくれたな。
花子しか、この場には残っていないのかと、顔を上げると、そこには――――。
「え……?」
全員。オレの前には全員、残ってくれていた。
彰吾は悔しそうに眉間に皺を寄せると、拳を固く握った。
「くっそー!! まさか、この俺が騙されていたとは……!! それも、楓ちゃんがあの楓馬だった、だとーーー!?!? ショックでかすぎて、女の子全員チ〇ポ付いてないか確認したくなってきたぜ!!!!」
「桐谷くん。それは、痴漢行為です。犯罪です。……まぁ、私はあのロミオとジュリエットの劇を見て、何となく分かっていましたよ。あんな演技をできる人は、柳沢くんしかいないでしょうから」
「フッ、俺の姉は記者で、如月楓のおっかけをしているのだが……まさかその中身が楓馬だったとはな。俺は姉共々完全に騙されていたぞ」
「彰吾、委員長、透……オレをまだ友達だと、そう言ってくれるのか?」
「当たり前です。ね、桐谷くん、有坂くん」
「おうよ!!」「あぁ、勿論だ」
中学からの……オレが花ノ宮家に預けられ、日本に来てからできた友人たちは、オレを快く受け入れてくれた。
次にオレは、花ノ宮女学院でできた友人たち、陽菜と穂乃果に視線を向ける。
オレの視線に穂乃果は肩をビクリと震わせ、陽菜の後ろに隠れようとするが――――踏みとどまり、前に出て来た。
「わた……私、は、その……」
ゴクンと唾を飲み込むと、穂乃果はオレの顔を真っ直ぐと見つめ、大きく口を開いた。
「私にとってのお姉さまは、貴方だけですぅ!! 男だとか女だとかそんなの関係ありません!! 如月楓という女優は、嘘なんかじゃない!! 悲しいこと言わないでください!! 貴方が誰であろうとも、穂乃果は、穂乃果は…………お姉さまをお慕いしているんですぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!」
穂乃果とは思えない、大きな叫び声。
そんな彼女に対して、陽菜はヒューッと口笛を吹いた。
「おぉ、まさかこのタイミングで告白するとは……やりおるなぁ、穂乃果も」
「こ、告白……? あ、あわわわわわわわわ!!!!!!」
穂乃果は顔を真っ赤にさせると、陽菜の後ろに隠れる。
そして、陽菜の後ろからチラチラとこっちに視線を向けて来た。うーん、うちの妹に引けを取らないくらい、可愛い。
「まっ、とーぜん、うちも楓っち……じゃなかった、楓馬君のお友達続けるかんね!! とゆーか……マジで楓っちが楓馬くんだったの? 信じられないー、アタシ、完全に騙されてたわー、マジかー、好きピがこんなところに隠れてたとかマジかー、ひょえー」
「青き瞳の者は、流石役者というか何というか……別人になり切るのがとても上手いですからね。私も最初は騙されました」
「って、そうだ! 花子、あんたこのこと知ってたわけ!? どうやってこんな完璧な変装見破ったの!?」
「バハムートとご対面してしまいました」
「は? バハムート?」
ポッと頬を紅くさせ、無表情でクネクネとする花子と、そんな彼女に訝し気に首を傾げる陽菜。
花子さん……いつまでバハムートネタを引きずるんだい? あと、そのクネクネやめてもらえる? 非常に不気味ですので。
「さて。これから、私たちにいったい何をさせるつもりなんですか? 力を貸して欲しいんでしょう? 青き瞳の者よ」
「はい。……まずは、私……じゃなかった、オレと香恋の状況を説明させてもらいます。外だと何だから、まずはこのキャンピングカーの中に――――」
「お、お待たせしましたわ!! 花ノ宮女学院生徒会長、桜丘櫻子、ただいまここに見参しましたわ!! ―――――って、うぐぇっ!!」
何も無いところで盛大に転び、河川敷の雑草の中に顔を埋める蜜柑色の髪のご令嬢。
……久々に見たけど、この人、相変わらずのドジっ子属性を持っているんだな……というか、もう、来ないのかと思っていたぞ。
「? 青き瞳の者、生徒会長もこの場に呼んでいたのですか?」
「は、はい。会長以外にも、銀城先輩、月代茜を呼んでいたのですが……あの二人は、どうやら来ないみたいですね」
「大丈夫ー? 桜丘会長ー?」
陽菜が泥だらけの会長の傍に近寄り、彼女の腕を引っ張って起き上がらせる。
……まぁ、これで、役者は揃ったと言えるだろう。
銀城先輩と茜が何故、この場に来なかったのかは不可思議だが……考えても仕方のないことだ。
この場にいる六人と、香恋、玲奈、ルリカ、オレの計10人が、花ノ宮香恋陣営の人員だ。
正直、烏合の衆だとは思う。学生が、暴力団を抱える花ノ宮家の連中に勝てるわけがないことは、百も承知だからだ。
だけど……何故だか、不安はない。
オレは、柳沢楓馬だ。勝利だけを渇望し、あらゆる手段を持ってして、観客を圧倒させる。
この舞台を創り上げるのは、オレだ。
樹や有栖、礼二郎や幸太郎、愛莉などではない。
オレが指揮を振り、勝利へと導く。このオレに、不可能なことなどは何もないのだから。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《花ノ宮樹 視点》
「……何度見ても呆れるな。何だ、このふざけた催しは。法十郎は正気なのか?」
樹はテーブルにある手紙を放り投げると、ソファーの上でため息を溢す。
そんな彼に、秋葉里奈は静かに口を開いた。
「樹さま。今回の件、どうなさるおつもりで?」
「……これは、恭一郎の手を借りたいところだが……流石にあの男もこんな催しには参加しないだろう。まったく……これで花ノ宮家の後継者を決める、だと? 馬鹿馬鹿しい。私はこの催しの裏で白鷺組を使い、各後継者候補の戦力を削ってやる。そろそろ、愛莉叔母さまが私の正体に勘づき始める頃合いだろうからな。こちらから先手を打つ」
「では、この催しには本気で臨まないと?」
「いや……そういうわけではない。こちらでえりすぐりの役者を探すつもりで――――」
「樹さま!! お客さんなんですが……通してよろしいでしょうか!!」
扉をノックして、シャオリンがそう樹に声を投げる。
里奈はそんなシャオリンに対して、呆れたため息を吐いた。
「シャオリン……見ず知らず者を屋敷には通すなと、あれほど言っているじゃないですか。追い返しなさい!」
「ですが……恭一郎さんの娘さんの、銀城遥希さんという方でして。どうやら、この御屋敷に来る予定だった恭一郎さんにお弁当を持ってきたみたいッス――――」
「……恭一郎の娘、か」
樹は顎に手を当て、数秒程考え込む。そして、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、再度、開口した。
「入れたまえ。彼女の器を、私自ら精査してやる。もし、その御眼鏡に敵った、その時は……我が花ノ宮樹陣営の女優として、法十郎が打ち立てた舞台の上で踊らせてやろう」
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《花ノ宮有栖 視点》
「何ですか、これは……!! 今更、香恋のあの小説を持って来て……!! いったい何がしたいというの、あのジジ――――コホン、お爺様は!!!!」
有栖は苛立ち気味に手紙を床に放り投げると、窓際に行き、高層ビルから崖下を見下ろした。
そんな彼女の背後に立っていた秋葉瑠奈と近藤将臣は、宥めるような口調で口を開く。
「あ、有栖ちゃん、落ち着いて? お爺様もきっと、長引く当主候補戦に痺れを切らしているだけだと思うよ?」
「そ、そうッスよ、お嬢!! 逆に分かりやすくなって良かったじゃないッスか!! この、お爺様が主催の舞台で輝かしい成績を残せば、当主候補戦、勝ったも同然なんスよ!! うちは芸能事務所を経営しているわけですし、他よりも一歩先を行っていて――――」
「そんなことはどうでもいいの!! 私は、私は……香恋の書いたあの本を勝手に使われたのが、我慢ならない!! あれは、あの本は、あの子が柳沢楓馬を想って書いたもので――――彼の役者人生を、終わらせてしまったものでもある。絶対に、表に出しちゃ駄目なものなのよ!!!!」
バンと、ガラス窓を蹴り上げる有栖。
そして彼女はふぅふぅと荒く息を吐き出すと、ギロリと、背後にいる瑠奈と近藤を睨み付けた。
「あれを舞台化するつもりなら―――――柳沢楓馬クラスの役者を連れてきなさい!! というか、柳沢楓馬をつれてきなさい!! 今すぐ!!」
「そ、それは無理ッスよ、お嬢!! 柳沢楓馬は花ノ宮香恋陣営の人間ですから!!!!」
「だったら、それに相当する、フリーの役者はいないの!?!? あの天才子役に匹敵する、逸材は!!!!」
「そ、そんなことを急に言われても……」
「んー? 一人、居るかもしれないよ、有栖ちゃん」
「!? それは本当なの、瑠奈!?」
「うん。何か、他から圧力掛けられているみたいで……フリーになった優ちゃんが、先日、うちの事務所に履歴書送ってきたんだー」
「そいつの名前は!?」
「ええと、何だったかな? 紅いツインテールの髪で、他人を睨み付けるような、鋭い目をした女の子で―――――」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「柳沢楓馬が最後に出演した幻の脚本を、再び舞台化……ですか。これ、どう思います? 黒志木アキラ」
そう口にして、蜜柑色の髪の少女は、隣に立つ青年に紙を渡す。
その紙を静かに見つめると、黒志木アキラは、紙を放り捨て、公園を真っ直ぐと歩いて行った。
「もし、柳沢楓馬がまた上に出て来るのなら……潰すのみだ。俺はもう、あの天才子役に恐れを抱きはしない」
楓馬が、仲間を結集したその日。楓馬たちが知らないところで、ある舞台の話が進んで行くのであった。
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連載当初に比べて、読者さんがかなり減ってしまいましたが、いつも読んでくださっているみなさまのおかげでここまでこの作品を書くことができました。
今年、この作品を通して、みなさまと出会えることができて良かったです。
いつも読んでくださって、いいねを付けてくれている15名の読者様に感謝を。
みなさま、良いお年をお過ごしくださいませ!
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