花ノ宮香恋ルート 第7話 「新たな居城」
香恋と玲奈は、一先ず隣の部屋へと帰って行った。
明日、これからのことを決めるそうだ。
とりあえず、愛莉叔母さんと決別した以上、俺たちはこのマンションから出て行かなくてはならない。
香恋が持っている総資産がいくらなのかは分からないが……まぁ、多分、四人で何処かに住むことくらいはできるのだろう。
香恋を当主にすると堂々と宣言した後で情けない話だが、オレはただの高校生なので、当然、金など持ってはいない。
なので、これから資金面では香恋を当てにせざるを得ないな。
「……」
夜中。午前一時。
ひとつのベッドで一緒に寝ようと言ったルリカの提案を受け入れ、オレは今、自分の部屋で愛しの妹と一緒に寝ていた。
隣に居るのは、オレの腕を枕代わりにして横になるルリカの姿。
ルリカは眠れないのか、こちらに顔を向けながら起きていた。
オレはそんな彼女に、優しく、静かに、声を掛ける。
「どうした? 寝れないのか?」
「うん。何か、ちょっとね」
「……無理もないさ。オレだって未だに混乱している」
「まぁ、そうだよね。私が産まれてから十四年間、おにぃは私のお兄ちゃんしてたんだし」
「もう一度言っておくが……血だとかはもう関係ないからな。オレは、何があろうともお前のお兄ちゃんだ。柳沢楓馬は、秋葉玲奈ではなく、柳沢瑠理花のお兄ちゃんだ。お前が嫌だキモイ絶縁だって言ったって、オレはお前の兄であることを辞めはしない。分かったな?」
「うん。おにぃがそういう人だってことは、流石に私も分かってる。私は……誰よりも柳沢楓馬って男の人を見てきたって自信があるから。茜さんよりも、香恋さんよりも。そして……玲奈さんよりも」
そう言ってルリカは仰向けになると、目を伏せた。
「勿論、ショックはあったよ。突然私が柳沢家とはまったく関係のない人間って言われても、理解できなかった。突然現れたクール系美少女メイドが、おにぃの本当の妹だって言われても……信じられなかった。信じたくなかった」
「ルリカ……」
「でも、不思議なことにね。ストンと腑に落ちたこともあったんだ。私、変だったから」
「変?」
「うん。私は、世の中の普通の妹と違って、可笑しなところがあったから。その普通じゃないところに随分と悩んだこともあったけど……これが変なことじゃないって分かって、ちょっと安心したの。あぁ、そういうことか。だから私は……兄にこんな感情を持ったのか、って」
そう口にしてルリカはオレの方に身体を向けると……目と鼻の先で、いたずらっ子ぽく笑みを浮かべた。
「辛い気持ちは勿論あったよ。でも、良かったって気持ちもあるんだ」
「良かったって……お前なぁ。オレは、かなり衝撃だったんだぞ?」
「でも、おにぃは私のお兄ちゃんで居てくれるんでしょ? 玲奈さんだけのお兄ちゃんには……ならないでくれるんでしょ?」
「あぁ、勿論」
「えへへ。じゃあもう良いよ、何でも」
そう言って目を細めて笑うと、ルリカはオレの身体をギュッと抱きしめて来た。
その行動に、オレは思わずドキリとしてしまう。
「ちょ……ルリカ!?」
「おやすみ、おにぃ~……スゥー……スゥー……」
寝息を吐き始め、ルリカは完全に眠りに就く。
……オレもどうかしてしまったかな。妹に抱き着かれ、ドキッとしてしまうなんて。
「……おやすみ、ルリカ。良い夢を見ろよ」
愛しの妹の前髪を撫で、笑みを浮かべる。
この子は何があろうともオレの妹だ。父に捨てられてから、オレがずっと守ってきた一人の女の子。
これからも、この女の子の笑顔は守っていきたい。オレは改めて、そう、思った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――――七月七日 月曜日。午前七時。
「……柳沢くん。起きてくれるかしら?」
「ん……香恋?」
目を覚ますと、部屋の入口に香恋が立っていた。
彼女は不機嫌そうに口をへの字に曲げながら、オレにジト目を送っている。
どうしたのだろうと思い、起き上がろうとしたが……右手が重い。というか、右手がしびれて感覚がない。
何事かと自身の腕に視線を送ると、そこにはすやすやと眠る愛しの妹の姿が。
大天使ルリカエルは眠っていても可愛いなとその寝顔を見つめていると、ゴホンと、盛大な咳払いの音が聴こえてくる。
「さっさと起きてくれるかしら。昨日言ったとおり、愛莉叔母様と決別した以上、ここはもう使えないわ。私についてくることを選んだ以上、別の場所に住んでもらうから。必要なものを最小限の荷物にまとめて、ついてきなさい」
「あ、あぁ……。香恋、何か怒ってる?」
「怒っていないわ」
「いや、怒ってるだろ? 床に何度も足を叩きつけてるだろ? 貧乏ゆすり?」
「怒ってないから。私、外で待ってる。30分以内に支度しなさい。良いわね」
そう言って、香恋は部屋から出て行った。
その後、入れ違いに、部屋の入口に半身を隠した玲奈が現れる。
……家政婦は見た? かな?
「…………シスコンも大概にした方がよろしいと思いますよ?
そう言い残し、去って行く玲奈。
お兄ちゃんの部分に大分毒を含まれていた、な……というかあいつにお兄ちゃんだなんて呼ばれたくはないのだが。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――――とりあえず、貴方たちにはここに住んでもらうわ」
「……あの、香恋、さん?」
「何かしら、柳沢くん」
「これ……キャンピングカー、だよね?」
「そうよ。何か問題はあるかしら?」
「問題大ありだろうが!!!!!」
香恋に連れて来られた場所。そこは、とある河川敷の橋の下に駐車されている……キャンピングカーだった。
かなり大型のもので、それなりの値段がしそうなキャンピングカーではあるが、これは車だ。
人が住む、家ではない。
「ちょっと待て、香恋!! お前、花ノ宮女学院といくつかの会社を経営してるんだろ!? 愛莉叔母さんみたいに、別荘やマンションとか何個も持ってるんじゃねーのかよ!!」
「持ってないわよ。私が稼いだ資金の殆どは、お爺様……花ノ宮法十郎に献上しているから。柳沢くんには言ってなかったけど、当主候補者は毎月お爺様にその月に稼いだお金を献上して、どのくらいの能力があるのかを現当主に示しているの。だから、そんなに自由に使える資金はないのよ。ごめんなさいね」
「くそっ!! だったら白鷺の爺さんから貰った遺産を使って、適当なマンションの部屋でも借りるか!? いや、あの金は香恋を当主にさせるための、いざという時の金だ。無暗に使うもんじゃねぇな……」
オレはため息を溢した後、香恋にジト目を送る。
「別に、お前ん家の部屋のひとつをオレたちにくれたって構わないんじゃないのか? どうせでかいんだろ? お前の家」
「私の家は、父と兄も住んでいるのよ。私の父、花ノ宮礼二郎は柳沢恭一郎のことを毛嫌いしているわ。樹兄さんは……そういうのは無いと思うけど、これから敵になる存在だからね。極力、接触するのは避けた方が得策だわ」
そう口にして短く息を吐くと、香恋は真っ直ぐとこちらに目を向けて来る。
「私もそのうち、あの家を出るつもり。何処か、私たちが四人住める部屋をそのうち探す予定よ。だから、それまではこれで我慢してちょうだい」
「オレは別に良いが……ルリカは我慢、できるか?」
そう、隣にいる美少女に声を掛ける。するとオレの天使様はコクリと、頷きを返してきた。
「うん。おにぃと一緒なら別にどこでもいーよ」
「うぅ……ルリカエル、天使すぎる……。というわけで、我が女神から許可を得たので、問題は無い。新たな拠点ができるまで、オレは我が神と共にここに住む」
「香恋さま。この男、シスコンすぎてやばいです。私たちの陣営に引き入れたのは失敗だったのでは?」
「……私も、ああいうロリータっぽい服装にした方が良いのかしら。もしかして、柳沢くんって……ロリコン?」
「おい、ロリコン呼びやめろ。オレはルリコンだ」
「香恋お嬢様、この男、やばいです。脳にまで蛆が湧いています。親の顔が見てみたいです」
「オレと同じ親だからな? お前の親も」
和気藹々と、オレたち四人は会話を交わす。
昨日、あんな衝撃な事実を知ったというのに、オレたちの関係は何も変わらない。
いや……少しだけ、玲奈のトゲが無くなっただろうか。オレに対して、あまり怒った顔をしなくなった。
ルリカも……何か、以前よりオレにベタベタするようになったな。うん、これに関しては問題ない。可愛いから。
「さて……新しいアジトができたことだし。さっそく、人材集めするとしようか」
オレは荷物がパンパンに詰まったリュックを背負い直し、キャンピングカーの扉へと向かう。
そんなオレに対して、香恋が背中に声を掛けてきた。
「人材集めって……どうするの?」
「白鷺の爺さんが、二人の兵隊をオレに寄越すと言っていたが……その兵隊がどこにいるのか分からんからな。とりあえず、オレの友人と、花ノ宮女学院で出会った……如月楓の友人を頼ろうと思う。さっ、まずは中に入ろうぜ、三人とも」
オレはスマホを取り出し、香恋たちへ向けて肩越しに笑みを浮かべた。
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