花ノ宮香恋ルート 第4話 「作戦会議」


「爺さんの財産と兵隊を貰ったよ。これからお前を当主にするためには何と言っても武力も金も無かったからな。ちょうど良かった」


「「は……?」」


 オレのその言葉に、香恋と玲奈は呆然とその場に立ち尽くす。


 オレはそんな二人を無視して通り過ぎ、病院の廊下を真っ直ぐと歩いて行った。


 硬直が解け、慌ててついてくる二人。オレはそのまま、静かに口を開く。


「さて。香恋、当主候補者の中で、最も厄介な敵を教えてくれ」


「や、厄介な敵……?」


「そうだ。お前の道に立ち塞がる敵を確認しておきたい。……っと、ここで話すのはあまり良くは無いか。オレの部屋で良いか? 改めて、お前たちと作戦会議をしておきたい」


「ちょ、ちょっと待ちなさい、柳沢くん! 昨日も言ったけれど、私は、貴方が当主候補戦に参加するのには反対よ! 私の目的は、天才子役、柳沢楓馬を復活させること!! このような御家騒動に、貴方を巻き込むわけには―――」


「だったらお前、オレ無しで当主になれるっていうのかよ?」


 オレは足を止め、振り返る。そして、香恋に向けて瞳を向けた。


 その瞳を見て、香恋は肩を震わせる。


 そんな彼女を庇うようにして、玲奈が前に出た。


「柳沢楓馬、言葉に気を付けてください。ただの元子役である貴方に、いったい何ができると言うの? 香恋さまは天才と呼ぶに相応しい方。貴方のような、演技しか能がない人間が、図に乗るんじゃ―――」


「黙っていろ、玲奈。オレは、現実・・の話をしているんだ。白鷺の爺さんから金と兵隊を貰ったのは、このオレだ。現状、お前たちに残されているのはいったい何だ? 香恋一人に、単なるメイド一人。叔母である花ノ宮愛莉は協力的ではあるが、お前たちの完全な支配下にはいない。叔母が抱える兵隊は、叔母の命令でしか動かないのだろう? 違うか?」


「ッ!! それ、は……!!」


「現実、お前たちの陣営には、たった一人の天才お嬢様と、たった一人のメイドしか存在していない。これで、どう他の候補者たちと戦うと言うんだ? いい加減、現実を理解しろ。でなければ、玲奈、お前の主はけっして当主になれはしない」


「だったら……だったら、お前は、香恋さまを当主にすることができるんですね!?」


 悔しそうに目の端に涙を溜めながら、玲奈はオレにそう訴えてくる。


 オレは憎悪のこもったその目を見つめ、コクリと頷きを返した。


「悪いが、お前たち二人よりもオレの方が、人を動かす才があると見ている。お前たちじゃいざとなった時、一を取って全を捨てるという選択もできなさそうだからな」


「一を取って、全を捨てる…………まるで、樹兄さんのようなことを言うのね」


「あ?」


「何でもないわ」


 そう言って香恋は長い黒髪を靡くと、オレの隣に立った。


 そして、呆れたように肩を竦めてみせた。


「ま、良いわ。これ以上貴方に何を言ったところで、どうにもならなそうだし。柳沢くんの口車に乗ってあげる」


「香恋。悪いが、如月楓は……」


「ええ、分かっているわ。少しの間だけ、休学届けを受理しておいてあげる。行くわよ。貴方には一から、当主候補戦について教えてあげないといけないからね」


「あぁ、頼む」


 オレと香恋は並んで廊下を歩いて行く。遅れて、玲奈もしぶしぶといった様子でついてきた。


「勝算はあるの?」


「それはこれから考える。ただ、何となく、敗ける気はしない」


「随分とあいまいな答えね。今までの貴方だったら、確証のないことは言わなかったと思うけど?」


「さて、な。お前を当主に据えると覚悟を決めた以上、腹が決まったのかもな」


 柳沢楓馬として、花ノ宮香恋を勝利させる。


 そう決めた以上、オレはもう、如月楓には戻らない。


 茜と共に、楽しんで演技をするということは、もうしない。


 苦しみと共に、香恋と共に、前へと進む。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ――――午後八時二十分。


 現在、オレの部屋の隣にある空き部屋を使って、香恋と玲奈と作戦会議をしていた。

 

「……現状、一番厄介と思われる陣営は、花ノ宮樹陣営ね。彼のバックには白鷺若頭「半田剛三」と、バリバリの武闘派の組織が複数控えている。愛莉叔母さまの話だと、南沢家とも繋がりがあるみたいだから……武力、資金、二つ面において最強と思われる陣営よ。兄さんは、相当頭も切れるから、隙など見せないわ」


 そう口にして、香恋はホワイトボードに樹陣営とその主要な部下を書き記していく。


トップ:花ノ宮樹


参謀:秋葉里奈 武力担当:半田剛三 資金面:南沢家との関わりがあり


「次に、花ノ宮有栖。覚えているかしら? 貴方が晩餐会で声を掛けられたツインテールの女の子よ」


「あぁ……何か、オレが柳沢楓馬だと知ったら急に態度を変えた、あの……。確か柳沢の名前に毒付いていたっけな」


「いいえ、アレはただのポーズよ。彼女は、貴方のファンなの」


「は……?」


 オレはその発言に目を白黒とさせてしまう。香恋はクスリと笑みを溢すと、昔を懐かしむような目を、虚空へと向けた。


「子供の頃、子役時代の貴方の劇を有栖と見に行ったことがあるの。懐かしい過去の出来事、ってやつね」


「オレのファンなら、上手く懐柔することはできないのか? それか、同盟を組むとか?」


「それは……どうかしら。有栖は、私のことをとても嫌っているの。あの子は、残忍で狡猾な性格をしていて、敵とみなした者には容赦はしないわ。……昔は、ただの優しいお姉ちゃん、だったんだけどね」


「……」


 花ノ宮有栖。一度しか会ったことはないが、上手く取引することができれば、味方側に引き込める余地はあるかもしれないな。


「一応、有栖の陣営の主要人物も書いておくわ」


 そう口にして、香恋はホワイトボードに文字を書き始めた。


トップ:花ノ宮有栖


参謀:秋葉瑠奈 黒沢雅美  武力:権田原組・近藤将臣 資金面:芸能事務所「花ノ宮プロダクション」


「……こいつ、芸能事務所やってるのか」


「ええ。主にアイドルをプロデュースしている会社ね。彼女のバックには、東北を牛耳る白鷺組とは違って、主に詐欺で金銭を稼いでいる東京で活動している組織、権田原組がバックについているのだけれど……彼らは有栖の父である花ノ宮幸太郎の言うことしか聞かないらしいわ。だから、有栖に忠誠を誓っている構成員はあまりいないの。忠実な側近は、近藤将臣とかいう、チンピラくらいね」


「割と簡単に崩せそうだな、この有栖とかいう奴の陣営は」


「そうね。兄さんに比べたら、崩すのは簡単ね」


 オレは顎に手を当て、考える。


 現状、オレたち香恋陣営には圧倒的に人手が足りていない。


 この有栖をこちら側に引き込めれば、樹と戦う時に戦力になり得る。


「香恋。この有栖とかいう女の情報を、できる限りオレに教えてくれ」


「……どうする気?」


「オレは役者だ。観客を騙すことには長けている。だから……この女の心を動かすような、そんな人物を演じて見せる。惚れさせられれば上等だな。女を動かすのに、恋愛ほど簡単なものはない」


 オレのその発言に、香恋と玲奈がジト目を向けてくる。


 オレはその視線に思わず、首を傾げてしまった。


「? 何だよ?」


「クズ男」「香恋さまの仰る通りです。このクズ男」


「何言ってるんだ、お前らは……。悪いがオレは、勝つためだったら何でもやるぞ。役者ってのは、根本は詐欺師みたいなものだからな」


 そう口にして、オレは二人に笑みを浮かべた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「よし、それじゃあ、オレは部屋に戻るが……お前たちはここに残るのか?」


 玄関口で靴を履き終えた後、オレはそう、背後にいる二人に声を掛ける。


 すると香恋が笑みを浮かべ、声を掛けて来た。


「ええ。今日は玲奈と一緒にこの部屋に泊るわ。その方が、貴方とも連絡取りやすいでしょう?」


「まぁな。というかこのマンションは愛莉叔母さんのものなんだしな。お前が好き勝手できるのも当然というわけか」


「そういうこと。……ねぇ、柳沢くん」


「あ?」


 香恋は背後にいる玲奈の顔を見つめると、もう一度、こちらに視線を向けてくる。


 その顔は……とても悲痛そうな表情を浮かべていた。


「……私、貴方に……いえ、貴方と瑠璃花さんには話さなければならないことがあるの」


「それ、前も言っていたな。オレとルリカに、いったい何の話があるというんだ?」


「…………これを聞いたら、多分、貴方とルリカさんは……今まで通りではいられなくなると思う。私は、貴方たち兄妹の関係に、深く傷を付けてしまうと思う」


「香恋?」


 今まで見たことのない、香恋の切羽詰まった表情。


 いつも冷静な彼女らしからぬ、焦燥した顔。


「……明日。明日、話そうと思う。この話を聞いて、私を怒っても構わない。殴っても構わない。でも……貴方が私と共に歩んでくれると決めた以上、このことは隠してはいられないわ。ごめんなさい……」


「いったい何を言っているのかは分からないが……明日、何か話してくれるんだな? 別に、怒ったりしないよ。オレはお前のことは割と、好きだからな」


「は……? え……? す、き……?」


 今度は、顔を真っ赤にして、目を見開き唖然とする香恋。


 こんな表情の彼女も、初めて見た。意外と……オレはこいつの知らない顔がたくさんあるんだな。


「それじゃあな、香恋。また明日」


「え? あ? うぇ……? ま、また明日……?」


 顔を真っ赤にしながら、こちらに小さく手を振って来る香恋。


 そんな彼女にクスリと笑みを溢し、オレは、部屋の外へと出た。

 

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