花ノ宮香恋ルート 第1部 高校生編 舞台の上の怪物、天才子役の復活
花ノ宮香恋ルート プロローグ 10年後の柳沢楓馬
――――たった一人のために、オレは、この舞台を最高のものに作りあげる。
あいつを、笑わせるために。あいつを、元気にさせるために。あいつを、幸せにするために。
どこかで見ていてくれているか? オレは、お前を満足させられているか?
10年経っても、忘れられない人がいる。10年経っても、オレの心に深く居座っている奴がいる。
――――おかしなものだな。
こうして久しぶりにこの地に戻って来ても、オレの心は、あの頃と何も変わってないのだから。
「……あ、いた! こんなところで何してるんですか、柳沢せんせ――――い?」
背後を振り返る。するとそこには、教え子の
オレは涙を拭い、再び前へと振り向く。そして、目の前に聳え立つ、学園の中庭にある桜の木を見つめた。
すると、背後にいる女優科の優等生は、静かに口を開いた。
「泣いていた……んですか? 柳沢先生」
「あ? 泣いてねぇよ。目にゴミが入っただけだ」
オレは胸ポケットから煙草を取り出すが―――生徒がいるので、ここで喫煙するのはやめておいた。
まったく……確か、親父の奴がこの学校で教師をやっていた時は、そこら辺で馬鹿みたいに煙草吸ってたような気がするんだけどな。
あの時と違って今のご時世、2024年には、喫煙者には厳しい世界になっている。
まぁ、大事な生徒に副流煙させるわけにはいかねぇから、どっちみち吸わなかっただっただろうけれどな。
オレは大きくため息を溢し、中庭のベンチに座る。そして、袋からサンドウィッチを取り出し、柊を睨み付けた。
「で、何の用だ、柊。先生は見ての通り、昼食に忙しい。用件を早く言え」
「相変わらず、生徒との無駄な交流は避ける人なんですね、貴方は……。女子生徒に人気がおありのようですが、私には貴方の良さはまったく分かりません。……顔は……まぁ、かっこいいけど」
「そりゃどうも。一応これでも、役者だからな」
「ですが、性格は難ありです。お姉ちゃんが、柳沢先生は信頼できる人と言っていましたが、私にはそうは思えません」
あからさまにため息を吐き、肩を竦める柊。オレはそんな彼女にフッと鼻を鳴らす。
「穂乃果か。懐かしいな。あいつは元気でやってるのか? って、元気に決まってるか。今やテレビで引っ張りだこの、大人気女優さまだもんな」
「おかげさまで。今、来夏公開の舞台の稽古で忙しいようです。あの、先生は、帰国してからお姉ちゃんとは連絡を取ったりしているのですか?」
「は? あるわけねーだろ。オレは9年間、イギリスにいたんだ。こっちの知り合いとなんて殆ど連絡取ってねーよ。それに……穂乃果には、色々と関わりづらいところがある。彼女には、引け目があるからな」
「引け目?」
「何でもない。……いいから、さっさと用件を言え、柊」
「あ、はい。理事長が、先生のことをお呼びです」
「は? 有栖が? 何で?」
「さぁ……? とりあえず、伝えましたから。では、次の女優科の授業、よろしくお願いいたしますね!」
そう言って、長い茶色の髪を揺らし、柊灯は去って行った。
灯は、遠くにいる友人たちと合流する。その友人たちはこちらに視線を向けると、キャーッと黄色い声援を上げるのだった。
……元、女装していた変態男の割に、どうやら女子生徒には随分と人気が出ているようだ。
まぁ、どうでもいい話か。ガキどもに好かれたところで意味無いし……いや、誰かに好かれたところで、それを受け入れる心のゆとりは、オレにはないのだからな。
オレは胸ポケットから煙草を取り出し、口に咥える。
そしてライターで火を点けると、頭上の上で咲き誇る桜の木を見つめた。
……10年、か。長かったようで、短かったような、不思議な感覚だ。
目を伏せる。思い出すのは、この学園で過ごした一年間の記憶。
あの時、オレは……花ノ宮家の当主候補に選ばれて、今後の自分の道先を決めあぐねていた。
だけど、決めたんだ。ひとりの少女のために、再び、天才子役『柳沢楓馬』に戻るって。
オレは、ゆっくりと――――過去の記憶を、過去の出来事を、振り返って行った。
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