月代茜ルート 第45話 女装男、「如月楓」の名を世界に刻む
『私たちの物語は――――』
『私たちの物語は――――』
最後の歌詞。アウトロで、今まで交互に歌っていた、オレたちの歌声は重なる。
これで……オレたち『ダブルムーン』の最初で最後のデビュー楽曲披露は終わりを告げる。
少し、名残惜しい気持ちがある。もっと茜と一緒に競争をしていたかった気がする。
だけど、楽しい時間は、必ず終わりがやってくるもの。オレは隣にいる茜へとチラリと視線を向けた。
すると、彼女も同じ気持ちだったのか……こちらの方に、寂しそうな笑みを向けていた。
オレは茜に頷きを返す。そして、同時に観客席へと、腕をまっすぐと伸ばし―――指を差した。
『これからも、続いて行く。愛しのあの人を堕とすまで』
『これからも、続いて行く。愛しのあの人を堕とすまで』
最後の歌詞を歌い終えた瞬間、オレたちを照らし続けていた二つのスポットライトは消える。
後に残るのは、静寂。そして、オレたちの荒い息遣い。
数秒後。遅れて、観客席の方から盛大な拍手の音が響き渡って来るのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《有坂美咲 視点》
「やばい……俺、あの子のことガチ恋しちゃったかも……」
前の席に座っていた大学生くらいの二人組の片方が、そう、感嘆の言葉を漏らした。
最初、月代茜に文句を言っていたっていうのに……手のひら返しすごいわね。
とはいっても、私は心の広い先輩ファンだから。彼らのそんな行為も、許してあげるけれどね。
「君たち、すごいでしょ、あの子たち」
そう、前の座席に座る二人へと声を掛ける。すると、彼らは唖然としたまま、こちらを振り返って来た。
「は、はい……。あっ、お姉さん、楓ちゃんのウチワ持ってるんですね。どこで買えるんですか?」
「花ノ宮女学院の生徒が運営している、ファンクラブがあってね。そこに加入すると、ネット通販でも買うことができるわ。まぁ……そのうち、事務所から正式なグッズが販売されると思うけどね」
「そ、そうなんですか……帰ったら、ファンクラブのサイト、チェックしてみよ」
「お、おい、お前、楓ちゃん推しなのかよ! 俺は断然茜ちゃん派だね! 楓ちゃんが舞台の上に上がった瞬間の茜ちゃんの笑顔ときたら……本当に可愛かった。彼女は懸命な努力家気質なんだと思う! これから推していきたい!」
「お前……最初茜ちゃんのこと悪く言ってたじゃないかよ……」
「お前だって。素人だとか言ってたじゃねぇか」
言い争いをする青年二人。うんうん……お姉さん、どんどん推しの良さが分かってくれる人たちが増えて、嬉しいよ……。
茜ちゃんはツンデレっぽい感じがして、可愛がりたくなる印象の女の子だし……楓ちゃんは、ミステリアスな雰囲気漂う、妖艶なハーフの女の子だし。
どちらも、ものすごくキャラが立ってる。多分この子たち、これから大化けすること間違いなしだわ。
「よし。帰ったらさっそく記事作っちゃおう。フッフッフッ、あの子たちこれから、絶対にすごくなるわよ~~!! ……と、その前に。青年たち!」
「え? あ、はい」「何ですか、お姉さん?」
「これから一緒に飲みに行くわよ!! ダブルムーンの二人のこと、熱く語り合いましょう!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……敵わないなぁ~。カエデとアカネ、か……。あの二人、とんでもない力持っているね。有栖社長がオーディションなしで直々に連れて来ただけのことはあるよ」
舞台袖から、こちらへ戻って来る二人の姿を静かに見つめるアンリエット。
そんな彼女の肩をポンと叩き、菫は優しく笑みを浮かべた。
「何? 才能の差に絶望したの? 貴方らしくないわね、アンリ」
「そんなことはないよ、スミレ。だけど……ちょっと、悔しいんだ。あんなふうに私も、輝きたかったな、って。もし、アズサがこの場に居たとしても、私はあんなふうにはなれなかったと思う。アカネみたいに……心の底から自由に、楽しんで、歌を歌うことはできなかったと思う。舞台の上のあの子は、本当に魅力的だった」
「茜ちゃんが魅力的だったのは……恋、しているからもしれないわね」
菫のその発言に、アンリは目を丸くさせる。
「え? 恋?」
「ええ。あの子は、恋をパワーに変えて観客を楽しませているの。私たちアイドルは観客のことだけを考えて、観客に恋をして、偽物の愛を伝えるのが仕事だけど……あの子は、観客のことなんか一切頭に入っていない。一人のためだけを想って歌っている。フフッ、『あたしを見なさい、あたしを見なさい』って……懸命に、伝えていたわ。当の本人は、気付いていないようだけれどね」
「当の本人? え、何、アカネの好きな人、観客席にいたの!? えぇぇぇぇぇっっ!?!?」
両の頬に手を当て、顔をボッと赤くさせるアンリエット。
そんな彼女にクスリと笑みを溢すと、菫は小さく呟いた。
「本当に……敵わないわね、貴方たちには。私、お邪魔虫かしら」
「え? スミレ、今、何か言って――――」
「うぅぅぅぅっっ!! 茜さん、素晴らしいアイドル魂でしたっっ!!!!! 最後まで、よく、よく、諦めずに―――――うわぁぁぁぁぁぁん!!!!」
「きょ、京香ちゃん!! 舞台袖で泣かないで!!」
アンリエットと菫は、その声に、背後を振り返る。
そこにいるのは、大粒の涙を流している澄野京香と、そんな彼女を宥める『Daystar』の二人の姿があった。
その光景を見て、アンリエットは呆れた笑みを浮かべる。
「あ、あははは……あんなにアカネのこと目の仇にしてたのに……もう、ファンみたいになってるよ、キョウカ……」
「本当ね。フフッ、素晴らしい歌は人の心を変えるって、何かの映画で言っていたような気がするけれど……本当に、その通りかもしれないわね」
二人は京香の様子を見つめ、楽し気に笑い声を上げるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……二人とも。見事でしたぁ」
茜と共に舞台袖に戻ると、そこには、有栖の姿があった。
彼女はオレと茜の腕を交互にポンと叩くと、腕を組み、コクリと頷く。
「勝負は、これからですよぉう。これから貴方たち二人を、花ノ宮女学院は猛プッシュで推していきます。この世界は、広告力がものを言う世界です。私の力とお金をフル稼働させて……いえ、それだけじゃ足りないかもしれませんねぇ。花ノ宮家の力をフル動員させて、二年で―――あなた方をトップアイドルへと仕立てあげます。そして、2年経ったら、貴方たちは人気絶頂期にアイドルを引退し、役者に転向する。これが、私の計画ですぅ」
「花ノ宮家の力をフル動員させるって……え? どういうことですか? 有栖さん?」
「言葉通りの意味です。私は、花ノ宮家の当主になります。最大の敵だった樹は自らボロを出して家を出て行ったわけですし? 香恋は、どうやら当主の座を私に譲ってくださるみたいですしぃ? 残りの当主候補者たちはパッとしない連中ばかりですから、私が当主になります。……あぁ、もし、柳沢楓馬が当主になる気なら、それでも別に構いませんが……彼は、そのような気はないのでしょう?」
「そうですね。私が聞いた限りでは……ないと思います。当主には、有栖さんの方が相応しいと思いますよ。私も貴方を推挙します」
そう口にして有栖にニコリと微笑みを向ける。
すると彼女は、何故かオレから視線を外し、自分のツインテールに指を通し、クルクルと弄び始めた。
「……ふん。私のことを知りもしないで、よくそんな浮ついたセリフを言えますねぇ。もしかして、そういうの、手慣れてるんですかぁ? 私、樹よりも香恋よりも才能が無くて、今まで当主になれるわけがないと言われてきた人間なんですよぉう? 私がどれだけ駄目な人間か、貴方、知らないでしょう?」
「私の知る有栖さんは、優しくて、世話焼きで、素晴らしい人間だと思いますけどね。駄目なところなんてありませんよ。花ノ宮家の人間は基本的に嫌いなのですが……私は、有栖さんは好きです。樹なんかに比べたら百倍、貴方の方が当主に相応しい」
「す、すすすすす……す、き……? ~~~~~~っっっ!!!!!」
有栖は顔を両手で覆い隠し、地団太を踏み始める。
そして彼女は指の隙間からこちらを鋭く睨み付けると、そのままスタジオの奥へと消えて行った。
そんな有栖の謎の行動に訝し気に首を傾げていると……背後から、怨嗟のような声が聴こえてくる。
「……楓。あんた、何やってるの?」
「ねー。楓ちゃんてば、女の子を泣かせる趣味でもあるのかしら?」
背後を振り返ると、そこには、額に青筋を立てる茜と菫の姿が。
……何でだろう。何で、この人たちは……こんなに怒っているのだろう。
うーん、一先ず、疲れたし楽屋に戻ろうかな。うん、いつまでも舞台袖に居ても邪魔になるだろうし。
早く、帰るとしよう。
「あ、待ちなさい、楓!!」「まだ話は終わってないわよ!!」
後ろから追いかけて来る二人。オレはそんな二人から逃げながら、笑みを浮かべた。
茜ルート 第1部 「アイドル編」 完
次回→ 茜ルート 最終章 第2部 「役者編」
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フォローがどんどん外れてしまうので、第二部の連載は一時休載して、次回から香恋ルートを始めます!
頑張りますので、フォロー、外さないでください〜!!
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