月代茜ルート 第44話 女装男、ツンデレライバルと舞い踊る。


「なんか……え? 全然、さっきと違くないか?」


 観客たちは、目の前のその光景に驚きの声を上げる。


 漆黒のドレスを着た月代茜と、純白のドレスを着た如月楓。


 舞台の上で、黒と白の偶像アイドルは踊り、マイクを片手に、交互に歌い合う。


『月夜に舞う私たちは、恋仇。絶対にあの人を渡しはしないわ――――♪』


『月夜に舞う私たちは、敵同士。絶対にあの人のハートは私が射止めてみせるわ――――♪』


 どちらがより、この舞台で輝けるのか、競い合うようにして歌う二人。


 だけど、それが、観客側から見て不快なものには映らず。


 この二人だからこそ表現できる世界、音、歌声、ダンス、演出。


 すべてが、先ほどまで暴言を吐いていた観客の度肝を抜かせた。


「お、おいおい、あの白髪の子が来た瞬間、月代茜の歌唱力が……別人のようにグンと上がってきてないか……?」


「い、いや、月代茜もそうだが、彼女を導くようしてリードしているあの白髪の子、何者だよ……歌もダンスも、高水準じゃないか? 如月楓って言ったか? 素人じゃないだろ、あれ……」


 戸惑いの声を漏らす観客たち。


 先ほどまで舞台の上に上がっていた、『Daystar』や『オリオン』の時とは違う。


 観客たちは、目の前の二人が作り出す世界に――――ただただ唖然とし、圧倒させられていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


《有坂美咲 視点》


「そうよ! これが、二人の本当の力! この二人は……観客を圧倒させるのよ!!」


 私―――有坂美咲は楓の写真がプリントされたウチワを激しく振り、興奮した様子を見せる。


 そして、彼女は頬を上気させたまま、再び開口した。


「単なるアイドルでは無し得ない、お互いをお互いが喰らおうとする演技……!! これは、あの時と同じ!! 演技を歌に変えて、彼女たちは戦っている……!! 私たち観客すらも、恐らく、あの二人にとっては、敵でしかないんだわ……!!」


 普通、観客を魅せることが、芸能人の仕事だ。


 だが、彼女たちは違う。彼女たちは、相手が何であろうとも、舞台の上で一番目立つのは自分だと、主張し合い、叩き伏せる。


 仲間? グループ? そんなものは関係ない。


 「「この場を支配し、魅せるのは、自分だ!!」」 あの二人は歌いながら、そう、観客に叫び続けている。


 圧倒的だ。言葉を失うのも無理はない。


 こんなアイドル、見たことがない。そこにあるのは偶像に群がる観衆に対しての、愛の言葉や、情熱的なアプローチなどではないのだから。


 これは、暴力だ。身勝手な自慰行為だ。今、私たちは、あの二人の勝手な争いに巻き込まれている。


 アイドルとしては0点かもしれない。でも、見ていて、とても……楽しい。


 この二人の戦いを、ずっと、見つめていたくなる。


「頑張れー!! 二人ともー!!」


 私はそう叫び、ウチワを振る。私は若手役者を記事にする、芸能雑誌の記者だ。


 普通、記者がひとりの芸能人を贔屓してはいけない。中立の立場に立って平等に審査しなければならないのが、私たちの仕事。


 だけど、ここにいるのは、もう、記者有坂美咲ではなかった。


 ここにいるのは、ただの彼女たちの大ファンである、有坂美咲だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


《月代茜 視点》 


(――――――届け、届け、届け。あたしの想いよ、届け!!)


 あたしは歌を歌いながら、チラリと、隣にいる美少女に目を向ける。


 そこにいるのは、妖しい微笑を浮かべる、絶世の美女、如月楓の姿。


 彼女は白金色の髪を揺らし、汗を流しながら、不敵な笑みをあたしに向けてきた。


 ……ムカツク。こいつ、まだ余裕なんだ。


 もっと力を出して歌えるのに、わざわざあたしを導くようにして、ペースを合わせて、歌っている。


 本当に、嫌な奴。だけど、あたしのライバルを名乗るなら……それくらいやってもらわなきゃ、困る。


 フフッ。思い返せば、この子には今まで、散々、世話を掛けてきたわね。


 あたし……知ってるのよ? 入学間もない頃、あたしが涼夏たちに下駄箱に嫌がらせされてた、あの時。


 あの時、あんた、朝早くに学校に来て……あたしの下駄箱、掃除してくれてたのよね?


 一回、不思議に思って朝早く学校に来てたことがあったのよ。その時、あんたの姿を見たの。


 あの時のあたし、あんたに酷い態度ばっかり取っていたのに……本当に優しい奴よね、あんたって。


 そして……奥野坂たちに捕まった時、あんた、銀城先輩と共に、助けに来てくれたっけね。


 本当に…………楓、あんたにはお世話になりっぱなしよ。


 あんたと、あの学校で出会えて本当に良かった。


 ……ねぇ、楓。あんたは、あたしのことを、どう思っているの?


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


《如月楓 視点》


 ――――まったく。オレのライバルは、どうやら、オレが全力を出していないことに気が付いたらしい。


 隣からジト目を向けてくる茜。オレはそんな彼女にクスリと笑みを浮かべ……マイクを握り直した。


 そして、さらに歌に想いを乗せて……『ムーンライト・ランデブー』を歌っていった。


 オレの歌声の引き出しの多さに、さらに圧巻する観客たち。


 その光景を見つめた後、茜に不敵な笑みを浮かべる。すると彼女はむむっと不機嫌そうな顔になり、オレを超えようと、さらに声を張り上げていった。


 ――――この曲は、愛する男性を巡った、二人の恋敵同士の少女たちの歌だ。


 交互に歌うパートが多く、お互いの恋路の邪魔をするなと、歌詞で殴り合いをする。


 まさに、舞台の上で競い合う、オレたちにぴったりの楽曲といえるだろう。


(……楽しい、楽しいな)


 月明かりのようなスポットライトの下、オレたちは、争い合う。


 やっぱり茜と一緒に何かをするのは、とても楽しい。


 オレは、彼女と競い合うのが、好きなんだ。


 昔から茜だけだった。オレを追いかけてくれるのは、オレを一人にしないでくれたのは、こいつだけだった。


 オレはこいつと一緒に……さらなる高みに行きたい。


 父さんや、数いる多くの俳優たちを倒しに――――茜と共にもっと上へと行きたい。


 こんなことを思ったのは、産まれて初めてだ。


 母さんを喜ばせるためだけに存在した、天才子役、柳沢楓馬はもういない。


 ここにいるのは、月代茜というライバルと共に、上へ行きたいと……自分のためだけを思った、人間だ。


 ……そうだ。普通は、こうなんだ。


 誰かのためとかじゃない。自分が上へ行きたいからこそ、みんな、何かを夢見るんだ。


 もう、母さんはいない。だからオレは、自分で前を向いて歩いていかなければならない。


 白いスポットライトの中。オレは、茜と競い合って歌うことによって…………過去の自分を綺麗さっぱり、捨てることが叶った。


 新しい自分の夜明け。天才子役、柳沢楓馬はもう……どこにもいない。


 ここにいるのは、如月楓という名を騙った、一人の男、柳沢楓馬だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……やっぱり、あの二人は……私の目に狂いはなかった、ということですねぇ」


 有栖は舞台袖で、歌っている二人の姿を静かに見つめる。


 そして彼女はクスリと笑みを溢し、自身のツインテールに指を通し、クルクルと巻いた。


「過去の怪物、柳沢楓馬はもういないのかもしれない。だけど、もしかしたら……それ以上の新しい怪物が今、産まれたのかもしれない。二つの月は、太陽を堕とす、か。フフフフッ、本当に見ていて飽きないわ、貴方たち」


 そう口にして、有栖は優しい笑みを浮かべるのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「花子! 見て、これ! すごくない!? あの二人、何かすごくない!?」


 ノートパソコンを指さし、花子の肩を揺らす陽菜。


 そんな彼女に、花子は苛立ち、陽菜の手を振り払う。


「うるさいですよ!! ビッチ!! もっと静かに見させてください!! あと、私はフランチェスカさんです!! 二度と間違えるな!!」


「いや、だって、これ、やばいでしょ!? テレビで見てても分かるよ!? あの二人のすごさは!!」


『そうですよ、花子ちゃん!! お姉さまと月代さん、本当にすごいですよ!!』


 置いたスマホから、穂乃果が興奮した様子でそう声を上げる。そんな彼女に、花子はため息を溢した。


「ですから、もっと静かに見させてくださいよ、二人とも……」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「茜……!! お姉さま……!!」


 テレビの前で涙を流す宮内涼夏。そんな彼女に、店先から声がかかる。


「す、涼夏ちゃーん、お父さん、トイレ行きたいから店番変わって……」


「お父さん!! 今良いところなの!! 我慢して!!」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ――――――病室の中。黒い髪の少女は、テレビに映る二人のアイドルの姿を見つめる。


 そして少女は、手に持っていた一冊の本の背表紙を優しく撫でると……ニコリと、微笑みを浮かべるのだった。


「頑張りなさい、如月楓。世界に貴方の名前を刻み付けなさい」

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