月代茜ルート 第42話 女装男、知らぬ間に叔母と従兄弟が戦りあう。


「――――――『Daystar』のみなさんで、【星が降る夜に】でした! 続きまして、『オリオン』の三人……なのですが、今回トラブルがあり、オリオンの三木あずささんがスタジオ入りしていません。ですので、楽曲披露はお二人でなさることに――――」


 『Daystar』が終わり、今度は、『オリオン』の出番となる。


 最後に『ダブルムーン』の楽曲披露になるのだが……もう、あと十分も時間はない。


 あたしはゴクリと唾を飲み込み、拳を強く握る。


 もし、楓が来なかったら……あたしは、一人で歌を歌うことになる。


 オリオンは一人抜けても二人いるが、ダブルムーンは違う。


 デュオは、一人が抜ければ、その時点でグループの体を成さなくなる。


 ダブルムーンはあたしとあの子が居てこそのもの。ソロで、デュエット用の歌を歌えるはずがない。


「……アカネ。私たち、行ってくるね」


 ポンと肩を叩かれる。顔を上げると、そこには、アンリエットと菫の姿があった。


 二人は、一人欠けて、大変な状況だというのに……あたしを元気づけようと、笑みを浮かべてくる。


 アンリエットの綺麗な青い瞳に映っているのは、不安な表情を浮かべるあたしの姿。


 あたし……いつも強気な態度を取っていたのに、今、こんな情けない顔しているんだ……。


 自身の姿に困惑していると、アンリエットがあたしの胸に、拳を軽く叩いて来る。


 そして彼女は、挑発するように、不敵な笑みを浮かべた。


「残念だけど、アカネ。私たちは今日、誰よりもこのスタジオで輝いてみせるから。むしろ、二人でもこれだけやれるって、見せつけてやるんだから。だから……貴方には……ううん、貴方たちには負けないよ」


「アンリエット?」


「私の夢は、日本で一番輝いているアイドルになること。みんなに夢を与える存在になること。新人がそんな大それた夢をって、みんな、笑うかもしれない。でも、今はそれで良い。いずれ、絶対に見返してやるんだから。……ね、アカネ。貴方の夢は、何?」


「あたしの、夢?」


「そう。貴方の夢。貴方が目指すべき、到達するべき、場所」


「……では、お呼び致しましょう! オリオンのみなさんです!!」


 司会の声を聞いたアンリエットは、そのまま踵を返し、菫と共に堂々とした佇まいでスタジオへと入って行く。


 拍手が鳴り響き、ライトが眩しく輝く中。ひとつ星が欠けようとも、二人は迷いなく、まっすぐと進んで行く。


 あたしはその姿を見て、思った。


 あたしも、あの輝きの中に行きたくて、この世界に入ったのだということが。


 あの輝きの中にいる、一番輝いていた、あいつに近付きたいがために。


 身を焦がす太陽へと向けて、あたしは、手を伸ばし続けたんだ。


「……楓。あたしは、あんたと共に、あの太陽を倒したい」


 あたしは、弱い。きっと楓が傍にいなきゃ、この世界で一人で輝くことさえできない。


 月と月。月と太陽。


 夜闇に輝く星々の中でも、あたしたちは二人なら……進むことが出来る。


 あたしには、貴方が必要よ、如月楓―――――。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「花ノ宮香恋は、私の本当の妹ではない。私の血の繋がった本当の妹は……月代茜だ」


 その衝撃の発言に、ソファーに座っていたルリカは目を丸くさせる。


 樹はそんな彼女にフッと笑みを浮かべると、窓へと視線を向け、静かに口を開いた。


「……頃合いか。どうやら、私の策は失策で終わったようだ」

 

 彼のその発言に、ルリカが訝し気に首を傾げた、その瞬間。


 部屋のドアを乱暴に開き、ある人物が現れた。


 その人物は黒服を引き連れ、コツコツとハイヒールの音を鳴らすと、ルリカの前に立ち……ニヤリと笑みを浮かべる。


「ミジンコ。どうやら無事だったようねぇ」


「!? あ、愛莉叔母さん!?」


 愛莉は驚くルリカを無視して、歩みを進め――――窓際に立つ樹の前に立つ。


 そして、腕を組むと、不敵な笑みを浮かべた。


「窮地に追い込まれたわねぇ、樹。今回は珍しく、狼狽えているのではないのかしらぁ?」


「愛莉叔母様、か。フフフフッ……なるほど、タイムオーバー、というわけか」


 観念した様子で両手を上げる樹。そんな彼に対して、愛莉は目を細めた。


「貴方もご存知の通り、お父様……花ノ宮法十郎は、花ノ宮礼二郎と貴方、そして、南沢家の企みに気が付いている。貴方……花ノ宮とは無縁の、南沢の人間なんですってね? 礼二郎兄さまが、色々と告発してくれたわぁ……クスクスクス」


「なるほど。お父様――いや、あの男は、結局花ノ宮に縋りついた、というわけか。フフフフッ、くだらないな。南沢家と共謀して私という人間を花ノ宮家に潜り込ませ、今まで南沢家から上手い汁を吸っていたというのに……この結果には、南沢の当主はさぞ怒り狂うことだろうな」


「これで、お爺様がドブネズミ……楓馬をいきなり当主候補に据えた理由を理解したわ。まさか、花ノ宮家に、南沢の間者が潜んでいたとはねぇ……。貴方を今まで実の甥と思って接していたけれど、どうりで誰にも似ていないと思っていたわ。礼二郎兄さまの息子にしては、貴方、随分とかしこすぎたからねぇ」


「流石は愛莉叔母様だ。愚物犇めくあの一家の中で、私は、貴方のことはそれなりに評価して見ていた。正直、何故法十郎は貴方を当主に任命しないのかと――――よく、そう疑問に思っていたものだよ。この際だ。問いを投げよう。何故かね? 何故、君は、当主候補に名乗りを上げなかった?」


「家族でもない貴方に、話すことなどないわ。……一緒に来てもらえるわよね? 南沢樹」


 愛莉はそう口にして、パチンと指を鳴らす。その瞬間、彼女の背後に待機していた黒服たちが、一斉に拳銃を樹へと差し向けた。


 その光景に特に動じた様子は見せず、樹はフッと微笑を浮かべる。


「……柳沢楓馬か。君は、柳沢楓馬のことを大切に思っているからこそ、当主にはならなかったわけか」


「今、ここで、貴方を殺しても良いのよ? 血族でも何でもない南沢の者など、殺したところで、私には何の問題も無い」


「『愛』深き女性……だから愛莉、か。不思議なものだ。家族同士利用価値のある相手としか見ていないあの一家の中で、君は、誰よりも家族を愛している。いや、逆に、家族以外は敵としか見ていない節もあるか。フフフフッ、実の妹の夢を折ろうとしている私とは、真逆だな」


 ―――――パァン。愛莉が手を上げた瞬間、銃声が鳴り、樹の横にある壁に穴が空く。


 そして愛莉は腕を下げると、首を傾げ、開口した。


「貴方の無駄話に付き合う気は、私には無いの。来るの? 来ないの? 返答次第では、貴方をここで殺すけど?」


「フッフッフッ。悪いが――――私は、このようなところで終わる気は毛頭ない。花ノ宮を手に入れることはできなさそうだが……ならばせめて、南沢のあの悪漢だけは、私が仕留めてみせる」


 樹が手を上げた……その瞬間。


 突如窓を割り、五人の人物が室内に転がり込んできた。


 一人は、大柄な男。白鷺組の若頭、半田剛三。


 二人目は、チャイナ服を着た小柄な少女。半田剛三の義理の娘、シャオリン。


 三人目は、スーツを着用し、手に包帯を巻いた眼鏡を掛けた若い女性、秋葉里奈。


 四人目は、坊主頭に十字の切り込みを入れた若い男、五人目は、三つ編みの少女。


 全員、手に銃火器を持ち、愛莉たちと相対していた。


 その光景を見て、愛莉はギリッと歯を噛み締め、叫び声を上げる。


「伏兵……!! だから、屋敷の守りが手薄だったのね……!!」


「ご明察。さて、どうするかね? この場で撃ち合い、共倒れするか? フフフフッ……その場合、そこにいる柳沢瑠理花の命は、無くなるとは思うがね」


 その発言に、愛莉は眉間に皺を寄せる。そんな彼女に対して、樹はフンと鼻を鳴らした。


「目的のためならば、私は、何であろうとも斬り捨ててみせる。それができない時点で、貴様は私に勝つことはできない。花ノ宮愛莉」


「……秋葉里奈! 貴方は、花ノ宮家のメイドのはずでしょう!? 何故、その男の側についているの!?」


「愛莉様。申し訳ございません。私は、樹さまについていきます」


「裏切者がぁっ……!! 秋葉家、全員、ぶっ殺してやるわぁ!!!!」


「……」


 愛莉はチッと舌打ちした後、道を開け、ギロリと樹を睨み付ける。


 そんな彼女に笑みを浮かべると、樹は配下を引き連れ、そのまま廊下の奥へと消えて行った。


「……チッ!! 玲奈の演技のおかげで樹の懐に忍びこむことができたけど……秋葉家というのは、スパイの血統なのかしらねぇ? 不愉快だわ。一家郎党、皆殺しにしてやりたいくらい」


「あ、あの、叔母様……? い、いったい、何が起こって……?」


「黙ってなさい、ミジンコ!! 私は、早急にお爺様にこのことを連絡しなけれんばならないわ!! 仙台市内の交通網を操って、必ずあの男を再び捕らえなければならないからねぇっっ!!!!」


「ひうっ!?」


 黒服と共に去って行く愛莉。そんな叔母の姿に、ルリカはひたすら怯えることしかできなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「『オリオン』のみなさんでしたー! それでは、次は、『ダブルムーン』のお二人……なのですが、申し訳ございません。ダブルムーンのメンバーの一人、如月楓さんも、トラブルがあったためか、スタジオ入りしていません」


 観客席が、ザワザワとざわめき出す。


 ……その反応は当たり前だ。


 オリオンに続いてダブルムーン……しかも、初楽曲披露、デビュー前の新人にメンバー欠員が出たら、それこそアイドル人生に自ら終止符を打つようなことだからだ。


 デビュー前でこんなこと、普通あることじゃない。でも、仕方ない。


 あたしの隣には、まだ――――あいつがいないんだから。


「……ッ!!」


 弱気になりそうな心を必死に降り立たせて、あたしはオリオンに二人とすれ違い、スタジオに向かって歩いて行く。


 あたしを、誰だと思っている。あたしは、柳沢楓馬のライバルで、彼の幼馴染で――――如月楓の相棒だ。


 いずれ役者の世界で一番に輝いてみせる。それが、あたしの夢。


 太陽を再びこの空に取り戻し、そして、その太陽よりも輝いて見せる。それが、あたしの夢。


「では、ダブルムーンの月代茜さんです! 楽曲名は、『ムーンライトランデブー』です!!」


 スポットライトが当たる、舞台の上に立つ。


 困惑する観客席。スタジオ袖で心配気な様子でこちらを見つめるDaystarとオリオンのみんな。


 ふぅと、大きく息を吸い、吐く。そしてあたしは……マイクを、手に持った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

第42話を読んでくださって、ありがとうございました!

投稿、遅れてしまって本当にごめんなさい!

茜ルートは、あと少しで完結させて、香恋ルートに行きたいと考えております!!

この作品は、絶対に書籍化できない、日の目は浴びないだろう作品ですが……絶対に完結させたいと思っております。ですので、お付き合いの程、よろしくお願いいたします! 香恋ルートは、高校生編と大人編に部が別れる予定ですので、楽しみにしていただけると幸いです!!

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