月代茜ルート 第41話 女装男、走り続ける。
「――――――はぁはぁ、くそっ!!!!」
オレは全速力で歩道を駆け抜けていく。
早く、早く、茜の元に向かわなければ。あいつを、もう、待たせるわけにはいかない。
オレが馬鹿だった。香恋を信じて、最初からあいつにルリカを任せるべきだったんだ。
今のオレにはたくさん、仲間がいる。友達がいる。
香恋も、オレの正体を知っても尚、手を差し伸べてくれた有栖も……オレの背中を押してくれている。
もう、迷いはしない。花ノ宮樹が何をしようとも、オレは、最後まで如月楓を演じ切る。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「まったく……やってくれましたねぇ? 三木あずささん? いや……花ノ宮なずなさぁん?」
有栖はそう言ってスマホを手に持ちながら、近藤に両腕を封じられているあずさへと視線を向ける。
あずさはギリッと歯を噛み、悔しそうな表情を浮かべた。
「花ノ宮有栖はん……あんた、えらい調べるのんが早いねんな? 今までまんまと騙されとったのに、もう、うちの名前まで知ってるとは、驚いたわぁ」
「ふん。花ノ宮家の家系図くらい、頭に叩き込んでいますからねぇ。さっき、貴方が柳沢楓馬に香恋の姉だと暴露していた時点で、素性くらいすぐに分かりましたよぉう? 花ノ宮礼二郎に愛人の子がいることは、花ノ宮家では割と知られていることでしたので。ねぇ、香恋?」
有栖はそう、手に持っているスマホに言葉を投げる。
香恋は逡巡した様子を見せた後、静かに口を開いた。
『……姉、さん……?』
「……花ノ宮香恋。こないして話すのんは初めてやんなぁ。そやけど、うちはずっとあんたのこと知っとったんやわぁ。うちは、あんたのことずっと……憎おして憎おしてしゃあなかった。それこそ、殺したいほどにねぇ。クスクスクス……」
『姉さん、私は……私は、父とは違って、別に、姉さんのことを疎ましくなんて感じては―――』
「花ノ宮礼二郎の娘ちゅうだけで、うちには、あんたを憎む権利があるはずやで!! うちは、あんたの父親遊び半分でおかんに手ぇ出したせいでこの地獄に生まれてきてもうたの!! うちが今まであんたら花ノ宮家どれだけの仕打ちを受けて来たか分かる!? 分からへんやろねぇ!! あんたは本妻の子ぉとして、何不自由のう生きて来たんやさかい!!」
『ね、姉さん、私は――――ゲホッ、ゲホッ!!』
「香恋?」
有栖は訝し気な様子で、スマホの向こう側にいる香恋に声を掛ける。
香恋は「大丈夫」と言葉を返すが、相も変わらず咳込んでいた。
有栖はそんな香恋の様子に何かを感じ取ったのか―――小さく息を飲み込んだ後。
通話を、切断した。
「? どないしたんや? 有栖はん、急にそないな怖い顔になってもうて?」
「……別に、何でもないですよぉう。香恋も、貴方のようなゴミの会話を聞いて、疲れてしまったのでしょうねぇ。まぁ、仕方ないことですかねぇ。あの子は、この悪鬼犇めく花ノ宮家の中で誰よりも、優しい子ですから」
「クスクスクス。こら驚いた。有栖はんは、香恋はんのことえらい嫌うてるって、樹はんから聞いとったのに。彼女のこと、心配なんやねぇ?」
「どの口が言ってるんだか……私と香恋の仲を引き裂いたのは、まぎれもなくあいつだってのに」
有栖は眉間に皺を寄せながらそう、素の口調で喋る。
そしてため息を吐いた後、微笑を顔に張り付かせ、再び口を開いた。
「さて、花ノ宮なずなさぁん。貴方にはこれからぁ、うちの事務所で監禁させてもらいますぅ。有栖ぅ、当主候補戦は大人しく身を潜め、芸能事務所の運営を頑張ろうと思っていたのですがぁ……決めました。そっちから攻撃してくるのなら、もう、容赦はしませぇん。有栖は――――――花ノ宮家の当主になります。そして、月代茜と柳沢楓馬の芸能活動を、当主の力を用いて全力で守ってみせます。あの二人の邪魔は、この有栖がさせません」
有栖は、そう宣言し、あずさを見据える。
その目は、いつもの嘘を混ぜた瞳の色ではなく、真剣そのものだった。
近藤はあずさの両腕を押さえながら、瞳を潤ませ、有栖に声を掛けた。
「お嬢。ついに、心から当主を目指すと、決断なされたのですね……!! 俺は、ずっと思っていました。本当は誰よりもお優しいお嬢こそが、花ノ宮家の新たな当主に相応しい御方である、と」
「近藤ぉ? 誰が、口を開くことを許可したのぉ? ちゃんと大人しくその女を押さえておきなさぁい?」
「ウス!! この近藤将臣、どこまでもお嬢についていく所存です!!」
有栖はツインテールを風に靡かせ、フンと、鼻を鳴らす。
そして彼女は夕焼けの空を見上げると、小さく口を開いた。
「……香恋。安心しなさい。貴方の夢は、私が必ず叶えてみせるから。月代茜と柳沢楓馬は必ず、芸能界の海へと羽ばたかせる。だから……安心して待っていなさい」
有栖のその言葉は、誰にも届くことは無く。虚空へと、静かに消えて行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《月代茜 視点》
「――――――本番五秒前! 5,4,3,2,1……」
「……こんばんわ! 今日も始まりました、新人アイドルを特集する歌番組『未来のホープは誰だ!』です!! この番組は、我々アイドル好きの芸人がそれぞれピックアップした新人アイドルをPRする番組で――――」
司会進行の芸人さんが、番組をどんどん進行させていく。
あたしたち花ノ宮プロダクションのアイドルは、舞台端で、その光景を静かに見つめていた。
「……大丈夫? アカネ……?」
アンリエットが心配そうに、隣からそう声を掛けてくる。
あたしは彼女に対して首を横に振り、「大丈夫だ」と答えた。
だけど……その声はみっともなく震えていた。
あたし、楓がいないだけで、こんなに弱い奴だったっけ?
あの子がいないだけで、こんなにも……心細くなるような、弱い女だったっけ?
あたし、今まではずっと一人で芸能界で女優やってきたのに。
何でだろう? 今、楓が隣にいないことが……怖くて怖くて、仕方がない。
「茜ちゃん……」
菫が、そう、心配気な様子で声を掛けてくる。
本当に、彼女たちは優しい。自分たちだってあずさがいない状況なのに、あたしのことばかりを気にしてくれる。
あたし、今まで友達なんていらないって、そう思っていた。
でも、奥野坂たちとの一件で楓があたしを助けてくれてから、随分と、変わることが出来たと思う。
役者とは、表現者とは、ひとりよがりでいては駄目だって。
誰かと寄り添い合ってこそ、私たちが産み出すものは、色めき出す。
あいつの……楓のジュリエットの演技は、まさに、そういう演技だった。
だから、私は――――――月代茜は……。
「では、さっそく一番手に新曲を披露してくださる新人アイドルをご紹介します! 「Daystar」のみなさん、どうぞ、いらっしゃってください!!」
司会のその言葉に、あたしの隣にいた「Daystar」が前へと出て行く。
彼女たちとすれ違う間際、澄野京香が、静かに声を掛けて来た。
「月代茜。私たちが、できる限り時間、伸ばして見せるから。だから……頑張って」
そう言って去って行く、先輩アイドルの三人。
自然と、拳に力が入る。
そうだ。諦めちゃいけない。
楓は絶対にここにやってくる。だって、だって、あの子は……。
あたしは下唇を強く噛み、壇上へと上がって行った「Daystar」を強く見つめたのだった。
輝きだす星々を前に、ひとつの月は、もうひとつの月を、待ち続けるのだった。
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