月代茜ルート 第40話 女装男、腹黒お嬢様を惚れさせる。
「素性明かしたついでに本音も打ち明けるんやけど、うち、復讐がしたいんよ。花ノ宮家を……ぶっ壊したいんよ。なぁ、柳沢楓馬くん。あんたなら、うちの気持ち、分かってくれるんとちがうんかいな?」
そう言ってあずささんは、紅い夕陽に照らされながら、にこりと微笑みを浮かべた。
オレはそんな彼女に対してゴクリと唾を飲み込み、静かに声を掛ける。
「あずささんが、香恋の姉……そして、花ノ宮樹側の人間……ですか。急展開すぎて頭がついていきませんね……」
「ふふふっ、まぁ、そうやな。いきなりこんなん言われても、頭混乱すんでなあ。ほな、単刀直入に聞くで。柳沢楓馬くん、うちら花ノ宮樹陣営に……いいえ、うちと手ぇ組まへん? あんたは世界で唯一、私と思いを共有できる存在やと思うんや」
「思いを共有できる……?」
「あんたは幼い頃から花ノ宮家に酷い扱いをされてきた。花ノ宮有栖の父、花ノ宮幸太郎にお腹を蹴られて、子役時代の演技に支障出とったこと……勿論、うちも知ってるんやで? さぞ、憎かったことやろうなぁ。あの一族のどうしようもなさは、うちもよぉく知っとるわぁ」
そう言ってあずささんはこちらに近付いて来ると、オレの頬に手を当てて、妖艶に笑みを浮かべた。
「うちはな、君と同じなんやで、柳沢楓馬くん」
「同じ?」
「そうや。うちは父、花ノ宮礼二郎が京都で作った愛人の子……いや、結婚する言うて騙した女の子供、そう言うた方がええ存在かな。花ノ宮家において、家の意向と違う人間との間に産まれた者の悲惨さは、おんなじ境遇のあんたにも理解できるやろ? 楓馬くん?」
「……」
「父に捨てられた母の末路はそれは悲惨なものやったわぁ。花ノ宮家は、長男が浮気したちゅう汚点を消したいがために、権力を使うて母をどこにも就職できひんようにしたんや。加えて、ヤ〇ザを使うて、毎日アパートに誹謗中傷の落書きや、恐喝めいたこともしてきた。結果、母は首を吊って死んだ。私が、12歳の時のことや」
あずささんの口は笑みを浮かべているが、その目は、まったく笑ってはいない。
香恋に似た、紅い瞳の中にあるのは……深い、闇だけだった。
その目をジッと見つめていると、あずささんは優しく笑い、再度、口を開く。
「あんたも、奴らにはええようにやられてきたんやろ? だから、うちらはこの世で唯一、この気持ちを共有できる相手なんや。……あんたとこないして話せる日を、うちはずっとずっと待っとったんやで。そやけど、まさか、潜伏先に新しゅう入ってきたアイドル候補生に化けてるとは思わへんかったけどなぁ。びっくりしたわぁ」
「……あずささんは、何故、花ノ宮芸能事務所にスパイとして潜入していたんですか?」
「花ノ宮樹は、当主候補者の全ての陣営に自分のスパイを潜り込ましてるんや。まぁ、花ノ宮香恋陣営だけは、花ノ宮愛莉がバックに付いてるさかい、スパイを送り込めへんかった言うとったけどなぁ。そやさかい、たまたま花ノ宮有栖の陣営に送られたスパイが私、やったちゅうだけの話やわぁ」
花ノ宮樹は、そんなことまでしていたのか……。
恐らくはあずささんの憎悪を利用し、自身の陣営に引き込んだのだと思われるが……なかなかに、人を使うのが上手いな。
香恋や有栖とは違い、相当、用意周到な人間だということが察せられる。
「なぁ、楓馬くん。君が女装をしてアイドルになろうとしとった理由はうちには未だによく分からへんけど……もう、番組に出ないことは決まったんやし、そんなんやっても意味は無うなったんや。うちと一緒に樹の陣営に入って、花ノ宮家に復讐しよ。うちと君ならきっと、奴らを地獄に落とすことができるで」
頬から手を離すと、あずささんは、オレに手を差し伸べてくる。
……花ノ宮樹陣営に付いて、花ノ宮家を壊す、か。
夢も、人生も、何もかも失う覚悟を持ったオレならば、確かに、樹の側に付くこともあったのだろう。
だけど、オレは……今のオレは……。
『―――待ってる……ずっと待ってるから!! あんたが戻ってくるまで、あたし、一人で歌って、待っているから!!!! だから、だから――――――必ず戻って来てよ、如月楓!!!!』
目を伏せると、思い浮かぶのは決まって茜の顔だった。
どんなに逃げても、どんなに捨てようと思っても、頭から茜の顔が離れることは無い。
もう、嫌なのに。オレは彼女を裏切ってしまったのに。茜の姿が、脳裏に焼き付いてしまって仕方ない。
オレはふぅと短く息を吐いた後、目を開ける。そして、あずささんに向けて、口を開いた。
「ひとつ、質問します。貴方は、花ノ宮家への復讐をしたいと言っていましたが……その復讐相手には、香恋さんや有栖さんも含まれるのでしょうか?」
「? 何言うてるん? 当たり前やん? 花ノ宮の一族は全員悪人。生きとっても仕方のあらへん連中ばっかりなのやさかい」
「そうですか。あずささん、貴方は先程、自分と私が同じだと言いましたが……全然、違いますね。貴方と私は、まったく異なった存在です」
「へ?」
素っ頓狂な表情をして、首を傾げるあずささん。俺は続けて、開口する。
「私は確かに、幼少のころから花ノ宮家の人間に酷い扱いをされてきました。ですが……あの家の人間にも善人がいるということを、私は知っているのです。香恋さんも、有栖さんも、そして―――愛莉叔母さんも、悪い人たちではありません。そして私は、花ノ宮家にまったく恨みなど持っていません。というか、彼らのことなど、心底どうでもいいんですよ。強いて思うところがあるとすれば、私と茜さんの道を邪魔しないでもらいたい。それだけです」
「なっ―――え? 何言うてるん? 楓馬くん?」
「もう一度言います。私は、花ノ宮家に何の恨みも抱いていおりません。もし、貴方が私の友人である香恋さんや有栖さんに手を出す気ならば……容赦はしませんよ。友達を守るために、貴方と戦う所存です」
そう言い切ってオレはブランコから降り、あずささんへと詰め寄る。
オレの鋭い眼光に圧されたのか、あずささんは一歩、後ろに後退した。
そして、わなわなと唇を震わせ、声を漏らす。
「あ、あのな、楓馬くん。あんたは騙されてるんや。花ノ宮有栖がどれだけ非道な奴か知ってるんか? あいつは自分の使用人の恋人を、悪辣な手段で―――」
「私の友人を、外からの話だけで判断しないでください!! 彼女は弱者の味方です!! 貴方は今まで、あの若葉荘にいるみんなのいったい何を見てきたんですか!? アンリエット、菫さん、今宵、雅美さん、社会に行き場を失ったみんなを、あの人は救ったんです!! 有栖さんは―――とても優しい、素敵な女の子です!!!! あの人の外面だけを見て、彼女の優しさと気高さを愚弄するな!!!! オレの友達を、馬鹿にするな!!!! 許さないぞ!!!!」
オレのその叫びに、あずささんはさらに後方へと後退する。
―――その時。背後から素早い動きでこちらに近寄って来た男が、あずささんの腕を羽交い絞めにした。
その突然の出来事に、あずささんは悲鳴を上げ、瞠目して驚く。
そんなあずささんの背後から、聞き覚えのある声が聴こえて来た。
「良く言った、楓さ―――いいや、柳沢楓馬!! 君のその言葉、深く身に染みたよ!!」
「え? 近藤さん?」
「……私も居ます」
近藤の背後から、ゆるふわツインテールを揺らした有栖が現れる。
有栖は唇を尖らせ、頬を真っ赤にしながら―――瞳の端に溜まった涙を指で拭き取った。
そして、何故かオレに視線を合わせないまま、彼女はスマホをこちらに投げてくる。
オレはスマホをキャッチし、その画面に目を通した。
画面には、花ノ宮香恋の名前と、通話中のマークが出ていたのが見て取れた。
「え? これは……?」
『―――柳沢くん? 聴こえるかしら? まったく、スマホの電源切るだなんて、面倒なことしてくれるわね。おかげで貴方とこうして話すのに、有栖の手を借りることになっちゃったじゃない』
「え? 香恋、さん……?」
『ごめんなさい。緊急事態だから、有栖に貴方の正体を話してしまったわ。まずは、それを先に謝っておく』
「い、いいえ、別に、そのことは良いのですが……」
『さて。時間も無いし、まずは状況についてだけ説明するわ。今、愛莉叔母さんと協力して、兄さんに攫われた瑠璃花さんを取り返そうと動いているの。まだ、彼女の身柄は確保できていないけど……瑠璃花さんのことは安心して。私たちが絶対に、何を捨てても、取り返してみせるから』
「……ありがとうございます、香恋さん……」
『だから貴方は、何も考えずに早く番組に戻りなさい。貴方の大事なパートナーの元へ……貴方のこと待っている片翼の鳥の元へ、急ぎなさい、柳沢楓馬』
その言葉を聞き終えた後、有栖が前へとやってきて、スマホをヒョイと上から取り上げる。
そして彼女は相変わらずオレに目線を合わせないまま……頬を真っ赤にして、口を開いた。
「……こういうこと、ですから。だから、早くスタジオに戻りなさい、柳沢楓馬。私がせっかく用意した晴れの舞台、台無しにしたら……絶対に許さないですから」
「あっ、は、はい、分かりました。……あの、有栖さん、何か……いつもと口調おかしくないですか? それに、何で、私と目を合わさな―――」
「……もしかして、貴方、私に殺されたいのですかぁ? 変態女装男さぁん? 良いから、さっさと行ってくれませんかぁ? 貴方の顔を見ていると、有栖ぅ、何だかムカムカしてくるんでぇ」
「は、はい!! 失礼します!!」
オレは有栖に小さく頭を下げた後、近藤さんにも軽く会釈する。
すると去り際、近藤さんが背中から大きく声を掛けて来た。
「急げよ、少年!! オンエアまでの時間はもうあまりないぞ!!!!」
その激励の声を聞き届けた後、オレは公園を抜け、全力で歩道をダッシュする。
周囲の人々が奇異な視線を向けてくるが、そんなものはおかまいなしだ。
茜の元へ、早く、急がなければ―――!!!!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ア、アカネ!! 無茶だって!! 一人で出演するなんてさ!!」
「私もそう思うわ! 私たちと同じように、欠員を理由に、今回の番組出演は辞退した方が―――」
漆黒のアイドル衣装に身を包んだ茜に、アンリエットと菫がそう詰め寄り、声を掛ける。
だが茜は利く耳をもたず、椅子に座り、大きな鏡をまっすぐと見つめていた。
「……楓は、絶対に戻って来る。あたしは一人で歌って待つってあの子に言ったのよ。だったら……約束は守らなきゃいけないわ。あたしは一人でも、絶対にテレビに出る」
「言い方は悪いかもしれないけど、絶対に失敗するよ!! デュエットで練習してきた曲を、ソロで歌うなんて!! 無理にも程がある!!」
「そうよ! デュエット用のダンスも一人でやったら、絶対におかしく見えるに決まっているわ! 放送事故になるわよ!! 世間で、笑い者にされちゃうかも!!」
「笑われようが、馬鹿にされようが、一向に構わない。あたしは、どんな状況だろうと逃げない。楓が来ることを、ここで信じて待っている」
「そ、そんなこと言ったって―――」
「……時間、どのくらい必要なの?」
その時。茜の傍に、澄野京香が近寄って来た。
彼女はふぅと短く息を吐くと、茜に対して再度口を開く。
「罪滅ぼし、にはならないかもしれないけれど……多分、今回の楓さんとあずさが居なくなった一件、私にも責任があると思う。だから……なるべく、トークや楽曲で、時間、引き延ばして見せるわ。とはいっても、数分が限界だと思うけどね。それでも良い? 月代茜」
「ええ。時間稼ぎしてくれるなら、願っても無いわ!」
「……今まで、冷たく当たってごめんなさい。アマチュアだってずっと馬鹿にしてたけど、一人でも歌って見せようとした貴方の勇気、プロとして素晴らしい行動だったわ。賞賛に値するものよ」
そう言って澄野京香は『Daystar』のメンバー二人の元へと戻って行く。
それと同時に、ADが楽屋の中へと入って来た。
「花ノ宮芸能事務所のみなさま、すいません、そろそろスタジオ入りしてくださーい」
その言葉に、茜はコクリと、力強く頷くのだった。
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