月代茜ルート 第39話 女装男、香恋の姉に出会う。


「フッフッフッ。これで如月楓は番組出演を断念し、相方を失った月代茜も同様に、番組出演を断念せざるを得なくなった。どうやって『ダブルムーン』を番組から降ろさせようかと、数日程悩んでいたが……ある協力者のおかげで順調に計画が進むことが叶ったな。奴には、後で感謝を伝えねばならぬだろう」


 そう言って樹は窓の外に広がる夕焼け空を眺めた後、カーテンを閉め、背後を振り返った。


 そしてソファーに座る少女にニコリと微笑を浮かべると、穏やかな口調で口を開く。


「手荒な真似をしてすまなかったな、柳沢瑠璃花。無理やりここに連れてきたことで少し誤解させてしまったかもしれないが、私は本来、君たち柳沢の一族の味方なのだよ。君の父、柳沢恭一郎とは友人関係にあってね。私以外の花ノ宮家の者たちは、君たち兄妹に酷い言葉をぶつけただろうが……私は、そのような態度を取る気は一切ない。安心したまえ」


 樹のその言葉にルリカはビクリと肩を震わせると、恐る恐るといった様子で、樹へと声を発した。


「し……信じられません……!! い、今の電話、お、お兄ちゃんに番組に出るなって……!! 何でそんな酷いことするんですか!! 柳沢の一族の味方なら、何で、お兄ちゃんの邪魔するの!! 矛盾してると思います!!」


「フッフッフッ。そうだな。確かに私は、間接的に柳沢楓馬の邪魔をしているな。だが、彼の邪魔、というよりは、私はどちらかというと月代茜の邪魔をしたいのだよ。私には、月代茜をこれ以上メディアに出させるわけにはいかない、ある事情があるのだ」


「え? おにぃじゃなくて、あ、茜さんを……?」


「……柳沢瑠璃花。君と私は、とてもよく似た立ち位置にある。ただ一点違うとすれば、君は自分が何者なのかを知らないことと、私は、最初から自分が何者であるのかを知っていた点……だろうか」


「い、言っている意味が分かりません……!! 貴方と私は、ぜ、全然違うと思います……!!」


 涙目になりながらも必死に樹を睨み付けるルリカ。


 そんな彼女にフッと鼻を鳴らすと、樹は胸ポケットから、棒のついた飴を取り出した。


「チュッパチ〇プスだ。いるかね?」


「い、いりません!!」


「そうか」


 そう答え、樹はキャンディを口の中に入れ、疲れたような微笑を浮かべる。


「―――柳沢瑠璃花。私は、花ノ宮樹という名前ではあるが、実を言うと、花ノ宮家とは無関係の人間なのだよ。私の本名は……南沢樹。南沢財閥の血を引く、花ノ宮家の敵方の人間なのだ」


「……え?」


「花ノ宮香恋は、私の本当の妹ではない。私の血の繋がった本当の妹は……月代茜だ」


 その言葉に、ルリカは、目を丸くすることしかできなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「―――失礼しますぅ。如月楓はここにいますかぁ?」


 楽屋に訪れた有栖は、そう言って室内の中を見渡す。


 だが、室内の中に居るのは、沈痛そうな表情で俯く茜と、その茜を取り囲むオリオンの三人、気まずそうな雰囲気で遠くから茜を見つめるDaystarの三人だけ。


 その光景を確認した有栖はチッと舌打ちを張放ち、横に居る近藤に声を掛ける。


「近藤。如月楓を何としてでも探し出しなさい。良いですね?」


「分かりました」


 近藤は小さく頭を下げると、楽屋の外へと出て行く。


 その後、有栖は俯く茜の傍に近寄り、声を掛けた。


「……月代さん。その様子から察するに、如月楓は番組に出演しないと言って、ここから出て行った……そういうことですね?」


「…………そうよ」


「なるほど。ということは、やはり、先ほどの電話は花ノ宮樹からの脅迫、だったという線が濃厚ですね。ただ、彼女が何の弱みを握られて、あの男に脅迫されたのかは予想できませんが。さて……」


 有栖は顎に手を当て一頻り思案した後、茜の傍にいる菫へと視線を向ける。


 そして目をギラリと光らせ、口を開いた。


「霧島菫さぁん? 私の予想では、貴方が如月楓の弱みを握り、花ノ宮樹に情報を密告していたスパイだと思うのですがぁ……違いますかぁ?」


「え? は? あの……何言ってるんですか? 有栖社長?」


「クスクス……居なくなる前、如月楓は私に良い情報を残してくれたんですよぉう。澄野京香が花ノ宮樹と繋がりを持っていて、以前の寮に放火をして、その現場を菫さんが目撃していたと……。あまりにもできすぎな話じゃないですかぁ? 明らかに、作為的なものを感じちゃって、有栖ぅ、笑いが止まりませんでしたぁ」


「ほ、放火……? 花ノ宮樹? ど、どういうことなの? スミレ……?」


 アンリエットとあずさは、驚いた様子で菫を見つめる。


 そんな二人の顔を見つめた後、菫は慌てて有栖に言葉を発した。


「ちょ、ちょっと待ってください!! その話は確かに、私が楓く……楓ちゃんに話したものよ? だけど、私が花ノ宮樹と繋がっているスパイって、どういうこと? ちょっと突拍子もないんじゃないかしら?」


「澄野京香に話を聞けばわかることですよぉう? もし、この件が澄野京香とは関係のないまったくの作り話だとしたらぁ……貴方はスパイ確定となりますよねぇ? クスクス……大人しく認めてしまった方が良いですよぉ? 霧島菫さぁん?」


「……え、えぇ?」


「まだ白を切るんですかぁ? 仕方ありませんねぇ。澄野京香、こちらに来なさい」


 有栖のその言葉に、澄野京香は肩を震わせながら、有栖と菫の元へとやってくる。


 そんな澄野京香に対して、有栖はニコリと微笑みを浮かべた。


「クスクスクス……さぁ、澄野京香さん? 貴方はぁ、この菫さんの言う通りに、以前の寮に放火して―――」


「……は、はい。全部、わ、私が……やりました」


「そうですよねぇ。菫さんの話は全部嘘…………え?」


 澄野京香は今にも泣き出しそうな表情で、有栖を見つめ、嗚咽交じりに声を発する。


「す、菫ちゃんの言っていることは、ぜ、全部本当です。私が、花ノ宮樹に命令されてやったことなんです。パパが作った借金をチャラにするから、寮に火を放て、って……ご、ごめんなさい、有栖社長!! 本当に、ごめんなさいっっっ!!!!!」


「……どういう、ことですかぁ……? わ、分かりました。す、菫さんに脅されて、そ、そんなことを言って―――」


 有栖は口を閉ざし、考え込む。


 よくよく考えれば、あの花ノ宮樹が、スパイとして潜りこました者に、見え見えの作為的な行動をさせるだろうか?


 花ノ宮樹と取引を交わした澄野京香が寮に火を放ったのは、本当の話。


 その澄野京香の放火現場を目撃した霧島菫も、本当のことを言っていた―――と過程する。


 だとしたら、第三者のスパイが……いる?


 澄野京香を利用し、その放火現場を、京香と仲の良い菫に見せるようにして、敢えて容疑者をちらつかせるような状況を作り出した。


 これは、全て、作り出した舞台の上―――だった、ということ?


「だ、だとしたら、いったいスパイは誰なのですか……?」


「あれ? ねぇ、スミレ、いつの間にかアズサがいなくなってるんだけど……どこに行ったか知ってる?」


 そう言ってアンリエットはキョロキョロと辺りを見回す。


 有栖も同様にして、楽屋の中を見渡す。


 だが、そこには―――三木あずさの姿は、どこにも無いのであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「あっ、お母さん! もう、遅いよ!」


 幼い少女は、ブランコから飛び降りると、迎えに来た母親の元へと去って行く。


 そして、手を繋ぎながら……親子は、夕陽に照らされながら、公園の外へと出て行くのだった。


 オレはそんな仲睦まじそうな母と娘の姿を見つめながら、キコキコとブランコを漕ぐ。


「……」


 ―――オレに、もう、帰る場所などはどこにもない。


 茜の輝かしいアイドルデビューに泥を塗ってしまったんだ。もう、あいつの前に顔を出せはしない。

 

 有栖にも、会わせる顔がない。若葉荘のみんなにだって……香恋にだって、もう、会うことはできない。


 オレはこっちに来てから、楽しくも忙しない日常に慣れてしまって、何処か油断していたんだと思う。


 以前のオレだったら、こんなヘマは侵さなかった。常にあらゆる危険性を考慮して、先手を打っていたはず。


 夢を追いかける日々は、とても楽しかった。花ノ宮家とは無縁の人生を歩むことは、自由になった気がした。


 だけど、現実はこのザマだ。花ノ宮樹の手のひらの上で、良いように踊らされていただけ。


 あらゆることが人並み以上にこなせる二流の天才だったとしても、真の天才には太刀打ちすることすら叶わない。


 大事な妹を守ることすら……できない。


「……帰るか、もう。東京に居る意味なんて、オレにはない」


 空を見上げる。青白くなった空の上に薄っすらと月の姿があった。


 ――――――月。


 楓と茜は、同じ月。楓馬と茜は、太陽と月。


 以前、あいつはそんなことを言っていたっけな。


 二つの月は、夜空を駆ける。夜空の星々を輝かせる、太陽を倒すために。


 如月楓は、柳沢楓馬を超えられる役者になれるのだろうか。


 今となっては、その先は、分かることはない。


「―――――こんばんわ。今宵もええ月やな、楓はん」


 声が聴こえて来た隣へと視線を向けると、そこには、黒髪姫カットの着物美少女、三木あずさの姿があった。


 彼女は目を細めて穏やかな笑みを浮かべると、キコキコとブランコを漕ぎ、再び口を開く。


「ブランコなんて久々に乗ったわぁ。大きなってから乗ると、案外怖いものなんやな~」


「あずさ……さん? 何故、ここに……? もうすぐ、番組のオンエアが始まるのでは?」


「そんなん言うたら、あんたもおんなじやろう? 何で楓はんはここにおるん?」


「私、は……」


「堪忍。いけずな質問してもうたね。実はうち、楓はんが何でここにおるのか、全部知ってるんよ」


「え……?」


「ずっと黙っとって悪かったなぁ。うち、実は花ノ宮樹さまの手下やねん」


 大きくブランコを漕いだ後、ジャンプして、あずささんは地面へと着地する。


 そして、こちらを振り返ると、ニコリと微笑みを浮かべた。


「うち、こう見えて、花ノ宮家の血を引いてるんどすえ。とはいっても、愛人の子で、庶子の身なんやけどなぁ。家系図的には、花ノ宮香恋の……腹違いの姉に当たるんやで、うちは」


 長い黒髪が、木の葉と共に宙を舞う。


 彼女は後ろに手を組むと、可愛らしく、無邪気な笑みを浮かべ―――再び口を開いた。


「素性明かしたついでに本音も打ち明けるんやけど、うち、復讐がしたいんよ。花ノ宮家を……ぶっ壊したいんよ。なぁ、柳沢楓馬くん。あんたなら、うちの気持ち、分かってくれるんとちがうんかいな?」


 そう言って笑う彼女は、確かに、何処か香恋に似ているような気がした。


 だが、香恋と決定的に違うのは……あずささんは明らかに、『悪』側の人間の気配がする、という点だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る