月代茜ルート 第37話 女装男、有栖たちと作戦会議をする。
オレは、楽屋の鏡に映る自分の姿を見つめ、静かに息を吐く。
今日は、11月10日。ついに、ダブルムーンがテレビで初楽曲を披露する日がやってきた。
この日までにボーカル・ダンスレッスンを懸命に繰り返し、俺と茜は努力を積み重ねて来た。
正直、どの程度のモノに仕上がっているのかは、オレにも分からない。
ただ、今日この日が、オレたち『ダブルムーン』の初めの一歩となることだけは確実だろう。
世間に名を轟かせ、役者としての道に返り咲くために、今、オレたちの芸能界での最初の一歩が始まるのだ―――。
「うぇっぷっ……楓、ちょっとビニール袋取ってくれる? 吐きそう……」
背後から声を掛けて来たのは、手で口元を押さえるオレの相棒、茜だった。
オレは振り返り、そんな彼女にビニール袋を渡すと、眉を八の字にさせる。
「意外ですね。茜さんがまさか、そんなに緊張する人だったとは……思いもしませんでした」
「う、うるさいわねぇ。あたしだって、アイドル活動は初めてなのよ? 人前で演技することには慣れてはいるけど、人前で踊ったり歌ったりするのなんて、やったこともな―――――うぇぇぇぇ」
「アイドルが、本番前にゲロなんて吐いて大丈夫なのでしょうか……」
俺は小さく息を吐く。そして、楽屋の奥にいる二組のグループに視線を向けた。
ひとつは、お馴染みの寮生たち――アンリエット、あずさ、菫で組まれた『オリオン』の三人。
もうひとつは、最近何かと注意して見ている別の寮に所属しているグループ―――澄野京香率いる『Daystar』の三人。
今日は、オレたち『ダブルムーン』の他に、同じ事務所に所属するアイドルたちも一緒に、新楽曲をお披露目するらしい。
まぁ、そのこと自体は別段、気にするものではない。
事務所としても、テレビという宣伝で重要な枠を取れた以上、なるべく他のグループも宣伝しておきたいところだろうからな。
花ノ宮プロダクションのアイドルが三組出演することを、恐らくは、有栖は以前から決めていたのだろう。
「……それよりも、なによりも。気を付けなければならないのは―――澄野京香の動向、だな」
流石に今日という大事な収録日に、事を起こすことはないとは思う。
それに、若葉荘に火を点けるなら、恐らくは人目を憚った夜の時間だと思うからな。
だから、今は楽曲収録のことだけを考えて―――という考えは、甘い。
あの男、花ノ宮樹は、一度しか会ったことはないが相当に頭が切れると思われる。
何たって、香恋の兄貴だ。馬鹿なはずがない。
裏の裏をかく―――そういった思考を持っていても、おかしくはない。
「……あらぁ、みなさん、準備は万端……といったところですかぁ?」
その時、楽屋の扉が開き、外から黒髪ツインテールのご令嬢が姿を現した。
そこにいたのは、花ノ宮有栖だった。
有栖の姿を確認した『オリオン』『Daystar』の六人は、一斉に頭を下げ始める。
俺と茜も、遅れて有栖に頭を下げた。
「「「「お疲れ様です、社長!!」」」」
「クスクス……良い挨拶です。テレビ収録、頑張りなさぁい」
そう言って有栖は踵を返そうとするが……足を止め、肩越しにこちらに視線を向けて来た。
「―――如月楓。少し、こっちに来てくれるかしらぁ?」
「はい、分かりました」
頷き、有栖と共に楽屋の外に出る。
するとそこには、黒いスーツを着た、近藤将臣の姿があった。
近藤さんがオレに気付くと、よっと、明るく手をあげてくる。
「近藤さん? どうしてここに?」
「お嬢から、例の件の話を聞いたんスよ。……樹の手の者が、こっち側に潜伏してるんスよね?」
こちらに近付いて来ると、オレの耳元でコソコソと声を掛けてくる近藤さん。
そんな彼に対して、有栖は脳天にチョップをかました。
「あっ、痛っ!! ちょ、何するんスか、お嬢!!」
「近藤ぉ? あなた、うちの可愛いアイドルに近づかないでくれますかぁ? アイドルというのは、男の気配がした時点で終わりなんですよぉう? 如月楓は金の卵なんですから……次、その汚い顔を近づけたら、貴方のその使い道のない股間のブツ、切り落としてあげますよぉう。クスクスクス……」
「ひ、ひぇぇぇぇ!! そ、それだけは止めて欲しいです!!!! まだきっと使い道ありますから
!!!!」
「クスクス……股間を押さえて怯えるなんて、野兎みたいで可愛い―――って、き、如月楓? 何で、貴方まで股間を抑えているんですかぁ?」
「あー、いや、何でもありません。何でも」
不思議そうな顔をする有栖に、コホンと咳払いをする。
そしてオレは有栖に対して、神妙な顔で口を開いた。
「一週間程前にメールしていた通り、『Daystar』の澄野京香は―――」
「待ちなさい、如月楓。話は―――こことは別の場所にしましょう」
「あっ、そうですね、有栖さん。申し訳ございません」
「別に構いませんよぉう。近藤、行きますよ」
「へい」
オレと有栖、そして近藤は、そのまま別室へと移動するため、廊下を進んで行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《澄野京香 視点》
「――――――大丈夫、私はやれる、私はやれる、私はやれる――――」
「? ど、どうしたの、京香? 汗、びっしょりだよ?」
楽屋でスマホを見つめて俯いていると、同じ『Daystar』のメンバーである佐々木美奈がそう声を掛けてきた。
私は急いでスマホをスリープモードにして、美奈に笑顔を向ける。
「な、何でもないよ、美奈。私は大丈夫」
「本当? それにしては、何か、顔が青い気が―――」
「そ、そんなことよりも、ほら! 今日はあいつら――――『ダブルムーン』のデビューの日でしょ? あの生意気な奴ら、私たちの実力で叩きのめしてやろうよ!! 役者出身の素人がアイドル目指すなんて、無理だってことをさ!!」
「……うん。そうだね。ほら、見てよ、あれ。本番前だっていうのに如月楓はどっか行っちゃって、月代茜なんて、ここに来てまだ歌詞の確認なんてしてるよ? どうかしてるよね!」
「そうね。あんなアイドル舐めた連中に、幼少のころからずっとアイドルを目指してきた私たち三人が敗けるなんてことはない。今日の舞台、私たち『Daystar』が一番輝いてみせるわよ!!」
「うん!」「そうだね!」
気を引き締める、『Daystar』の三人。
だが、その三人の内のリーダーである澄野京香は―――どこか、浮かない顔をしているのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……今日、おにぃが、生放送のテレビで新曲を披露するんだよ、香恋さん! 楽しみだよね!」
ルリカはそう言ってソファーの上で寛ぎながら、電話を耳に当て、テレビを見つめていた。
そんな彼女に対して、電話口の向こうにいる香恋は、どこか呆れたように口を開く。
『瑠璃花さん。私に電話する必要、あるのかしら? 一人で楽しんで見れば良いじゃない?』
「だって、あの如月楓ちゃんがアイドルデビューするんだよ!? おにぃの正体を知っているのは、香恋さんしかいないんだし……一緒に楽しみを分かち合いたかったの!!」
『まったく、貴方は……良いわよ。私も今、丁度暇だったの。貴方と一緒に、あの変態男がフリフリのドレスを着て、歌って踊る痴態を眺めましょうか』
「……何か、そう言われると、一気に見る気は失せて―――え?」
その時。ドアが開き、部屋の中に、一斉に黒い服を着た男たちが入って来た。
その光景を見て、ルリカは固まり、掠れた声を漏らす。
「え……? え……?」
「柳沢瑠璃花だな? 悪いな、一緒に来てもらおう」
「な、な、ななな、何ですか、あ、貴方たち……こ、ここ、ルリカのお部屋で、か、鍵、どうして……?」
「悪い、質問に答える暇はないんだ。俺は―――白鷺組の若頭、半田剛三ってモンだ。花ノ宮樹のバックについているヤ〇ザだ。まっ、よろしく頼むぜ、
そう言って半田剛三と名乗った男は煙草を咥え、部下に火を点けさせる。
そして彼は、背後にいる少女へと声を放った。
「―――これで取引は終了だ。秋葉玲奈」
半田剛三の背後から、黒髪ロングの少女が姿を現す。
その姿を見てルリカがビクッと肩を震わせると、テーブルの上にあるスマホから、香恋の慌てた声が聴こえて来た。
「な、何、どうしたの、ルリカさん!? 半田剛三って聞こえたけど……もしかして―――!!」
「連れて行け」
「へい」
ルリカはそのまま腕を押さえられ、部屋の外へと連行されていく。
ルリカと通り過ぎる間際、秋葉玲奈は静かに言葉を放った。
「可哀想ですね、柳沢瑠璃花。いいえ……その名前も、貴方には仮初のもなのですけどね」
「だ、誰ですか、貴方……!? ど、どこかで、見たことがあるような―――」
最後まで言葉を言い終える前に、ルリカは部屋の外へと連れ出される。
秋葉玲奈はテーブルの上のスマホを手に取ると、香恋へと口を開いた。
「―――お嬢様。安心してください。私が―――貴方様を必ず、花ノ宮家の当主にしてみせます」
そう言うと、香恋が何かを言う前に、秋葉玲奈はスマホの電源を落とすのだった。
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第37話を読んでくださって、ありがとうございました。
実は、第9回キネティックノベル大賞の一次選考に、この作品が通っていました!
これも全ては、この作品を読んでくださったみなさまのおかげです。
おかげで供養になりそうです。ありがとうございます。
関係はありませんが、私が別に執筆している「剣聖メイド」が、11月25日に発売致します!
全国の書店様に並ぶと思いますので、よろしかったらお手にしていただけると幸いです。
樹の正体も、もうすぐ、書くことができそうです。
ですが……もう既に、何となく正体に気付いている方は多いですよね笑
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