月代茜ルート 第36話 女装男、モテモテになる。
「……その人は、有栖社長が事務所に所属している全員に写真を渡して危険だと忠告していた人物だったから……すぐに分かったわ。京香がこっそりと寮を抜け出して、夜中に会っていたその人物は……花ノ宮家の長男、花ノ宮樹。有栖社長が最も敵視している存在よ」
「え……? 花ノ宮樹……?」
その予期しない答えに、オレは思わず動揺した声を漏らしてしまっていた。
そんなオレに対して、菫さんは続けて口を開く。
「花ノ宮樹と密会した後、京香はあからさまに行動がおかしくなったの。妙に挙動不審というか……それで、花ノ宮樹と会ってから一週間後。あの子は、庭先にあるごみ置き場に灯油をまいて、放火をしたの。その瞬間を……私は見てしまった。そのことを今まで、誰にも……言うことが出来なかったの」
そう口にして菫さんは自身の震える身体を抱き、俯き、涙を溢し始める。
オレはそんな彼女に、そっと声を掛けた。
「誰にも言えなかったのは……お友達として彼女が大事だったから……ですよね?」
「……うん。あの子は、口が悪いけど根はそんなに悪い子じゃないって、私、知ってるから……。あの子を、犯罪者にはしたくなかったの……」
嗚咽を溢しながら涙を流す菫さん。そんな彼女に対して、茜は呆れたようにため息を吐いた。
「だからって、放火は重大な犯罪よ? 下手したら、あずさやアンリエット、今宵や、あんたも死んでいたかもしれない。けっして許されて良いことじゃないわよ。それを誰にも言わないとか……あんた、バッッッカじゃないの?」
「ぐすっ、ひっぐ……うぅぅぅ……」
「ちょ、茜さん? あんまり強い言葉は使わないであげてくださいませんか? 菫さんも、悪気があったわけじゃないんでしょうから……」
「まったく……楓はお人好しねぇ。まっ、いいわ。それで菫は、今後、そいつをどうしたいってわけ?」
「……あの子、最近、また……花ノ宮樹と連絡を取っているみたいなの?」
「え……?」
「この前、事務所の渡り廊下で、あの子がこう言っていたのを耳にしたの。近々……若葉荘に、火を放つ、って」
その言葉に、オレと茜は思わず顔を見合わせてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
菫さんから放火事件の背景を聞いてから一週間。11月2日。
―――季節は、いつの間にか11月へと変わっていた。
オレと茜は、デビューシングル『ムーンライト・ランデブー』をテレビ番組で初公開することが決定。
収録日は11月10日となった。
その日のために、オレたちは新曲楽曲のボーカルレッスン、ダンスレッスンに勤しむ、以前よりも忙しい毎日を送っていた。
それと付随して、もうひとつ。オレには、やらなければならない事があった。
それは―――花ノ宮樹と繋がりがある、澄野京香の監視だ。
レッスンの合間を見て、澄野京香が所属する『Daystar』の動向の探る日々。
とはいっても、澄野京香が何かをする気配は感じられず。毎日、平穏そのものだったのだが。
「……菫さん、本当に、澄野京香は若葉荘に火を放つと言ったんですか?」
「な、何、楓くん、私が嘘吐いているって言いたいの!?」
「そんなことはありませんが……こうも何も起こらないと、聞き間違いだったのではと……その……」
「聞き間違いなんかじゃないからっ!! もう、楓くんの秘密、いったい誰が言いふらしていないのか、分かっているのかしら~??」
「……スイマセン、スミノキョウカノカンシ、ガンバリマス」
「うん、それでよろしい。フフッ」
「はぁ……。何か、花子さんとのやり取りを思い出します……。何で私の秘密がバレる相手は、こうも秘密を利用しようとしてくるのでしょうか……」
稽古場の隅で体育座りしながら、そうため息を溢す。
すると菫さんは隣に座り、首を傾げながら口を開いた。
「花子? 花子って誰?」
「あぁ……その、以前通っていた花ノ宮女学院でも、私、ある人物に正体がバレまして……その人も、菫さんのように、似たような強請り方をしてきたなぁ、と」
「……名前からして、その子、女の子、よね?」
「? はい、そうですが……?」
「……なんか、知らない女の話されるのムカつく。こうしてやろうかしら。えいっ」
頬をギュッと摘まんでくる菫さん。オレはそんな彼女に対して、思わず眉を八の字にしてしまう。
「い、いひゃいでふ、すひれひゃん……」
「その子と私、どっちが可愛い?」
「え? え、っと……。菫さんは、大人の色香がありますし、花子さんは、ゴスロリ系の可愛さと言いますか、方向性がまるで違―――いたたたたっ!!!!」
「その子、可愛いんだ。へぇ~……」
な、何でますます頬を捻って来るんだ、この人……!?
菫さんの行動にわけがわからずに動揺していると、目の前にドシンと、怒った様子の茜が仁王立ちをしてきた。
茜は般若のような顔をして、こちらに声を掛けてくる。
「……何、イチャついてるの、楓。休憩してる暇あるなら、練習しなさいよ!!!!」
「ちょ、あ、茜さん!? 何を怒って―――いたたたたっ!!!!」
「ちょっと、楓くん、私とのお話、まだ終わっていないわよ!! もう少しここにいなさい!!」
「楓!! 練習に行くわよ!!」「楓くん!! まだ今後の話が終わっていないわ!!」
二人に腕を引っ張られる、オレ。何か、モテモテのように感じられるが、全然、嬉しくない。
むしろ、痛い。腕が、引きちぎられそうなほどに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます