月代茜ルート 第35話 女装男、知らない間に色々なことが起こる。
お昼休み。オレと茜は菫さんに連れられて、事務所近くにあるカフェへと入っていた。
そのカフェはどうやら菫さんの行きつけの場所のようで……彼女に似合う、とてもオシャレな内装をしていた。
「……私、前の寮に居た頃は、京香とは結構仲良かったのよ」
そう言って菫さんはカップを手にすると、紅茶を静かに口へと入れる。
そんな彼女とは相反して、隣の席に座る茜はコーラをガブガブとビールのように飲んでいた。
うーん、このツインテール女、やっぱりあんまり品がないな……というか、こいつ、最近気が付いたが相当な甘党なんだな。いつ見ても飴やらコーラやらを飲んだり食べてたりしてるぞ……。
アイドルって自覚があるのか、この女……よく太らないな……。
茜のその様子に呆れた笑みを溢した後、オレはコホンと咳払いをして、向かいの席にいる菫さんへと視線を向けた。
「それで、話は戻りますが……菫さんは何故、京香さんが放火の犯人だと思ったのですか? その内容は後日に話すと昨日仰っていたので、深く追求しませんでしたが……」
「そうね。そこのところを話さなければならないわね。でも……その、茜ちゃんにも話してしまって良いの? 結構、重たい話になるのだけれど……?」
「大丈夫ですよ。茜さんは他人にむやみやたらに噂話をする人ではありませんし。それに―――基本的にはお馬鹿さんなので、その話を聞いても、下手な行動はしないと思います」
「お馬鹿さんって何よ、お馬鹿さんって!! ぶっ飛ばすわよ、楓!!」
「では、話の続きをお願い致します、菫さん」
「無視すんじゃないわよ!!」
激昂する茜を無視して、オレは、菫さんに話の続きを催促する。
菫さんは小さく息を吐いた後、再び、口を開き始めた。
「――――――一時期、私と京香はお互いに想いあっていた時期があるの。まっ、あの子は私の元カノ、という奴かしらね」
「も、元カノ……ですか……」
「? 意味分からないわ。女の子と女の子が何で付き合って元カノになるの? ん? 菫が実は男の子でいたってオチ?」
「それは……別の人のことなのではないかしら」
そう言って菫さんはジト目でオレのことを見つめてくる。オレは視線を逸らし、頬を掻いた。
「まぁ、その話は置いておくとして。茜ちゃん、世の中には男の子じゃなくて、女の子を好きになる子もいるってことよ」
「ふーん? あたしには分からない世界ね。あたし、普通に男の子が好きだから」
「そうね。普通の人には分からないことよね。でも、私と京香はそういった特殊な性趣向を持った人間だったの。だから、それなりに馬が合ったし、恋愛関係にも発展したわ。でも……」
「? でも?」
「……私も、あの冷たい両親の娘、だからかもしれないわね。人と付き合っても、愛情というものをよく知ることができなかったの。色んな女の子と付き合っては別れてをして―――結果、私は誰かと本当の愛を育むことができなかった。そのことに気が付いた京香は酷く傷付き、関係は自然に消滅。そして私は今現在フリーになったってわけ」
「そう、だったのですか……」
「……? 菫が女の子とたくさん付き合って来たのは分かったけど、その、放火犯? って話とは、何が関係あるの?」
「もう、茜ちゃんは話を急かすのね。じゃあ、本題に入るけど、今の寮に入る前、私が京香と別れたばかりの時に――京香が、ある人物と会っている姿を見たことがあるの」
「ある人物、ですか?」
「うん。その人は、有栖社長が事務所に所属している全員に写真を渡して危険だと忠告していた人物だったから……すぐに分かったわ。京香がこっそりと寮を抜け出して、夜中に会っていたその人物は……花ノ宮家の長男、花ノ宮樹。有栖社長が最も敵視している存在よ」
「え……? 花ノ宮樹……?」
その予期しない答えに、オレは思わず動揺した声を漏らしてしまっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――――――それは、本当のことなの? 近藤」
有栖は電話越しに聴こえる部下……近藤将臣の声に、眉間に皺を寄せる。
そんな彼女の雰囲気の変化に、近藤は恐る恐るといった様子で言葉を返す。
「お嬢、これは、花ノ宮樹の致命的なミスだと思われます。この機会はこちらにとっても、絶好のチャンスかと……」
「……私にとっては、もう、花ノ宮家の当主なんて興味のないことなんですよぉう。樹がどうなろうが、知ったことではないんですぅ。ですが……」
有栖は本棚の奥にある写真立てに視線を向ける。
そこには、幼少期の有栖と香恋が、笑顔で並んでいるツーショットがあった。
その写真を見つめて、有栖は下唇を噛み、くぐもった声を漏らす。
「私は……香恋を変えたあの男のことだけは、絶対に許すことはできない……。私たち二人の夢は、あの二人が現れたことで、また、動き出した……まだ、終わっていない……!!」
「お嬢? 何か言いましたか?」
「何でもありませぇん。それよりも、近藤。茜さんと楓さんの様子はいかがですかぁ?」
「別段、変化は何もありませんよ。二人の周囲を常に警戒していますが、特に不穏な何者かが接触してくるような様子も見られません。花ノ宮樹陣営も、東京には姿を現しましたが……不思議と目立った動きは何もなく。二人に接触してくる様子は感じられませんね」
「そうですかぁ。あの男のことですから、てっきり、裏から何かしてくるのかと思ったのですが……拍子抜けですねぇ」
そう口にして、有栖はテーブルの上にある紙を手に取り、神妙な面持ちを浮かべる。
「それにしても、話は戻りますが……まさかあの男が、南沢家と繋がっているとは思いもしませんでした。いや……そもそもこの情報が本当であるのならば、奴は、この家に居るべき存在ではない―――。お爺様は、もしやこのことに気が付いて、柳沢楓馬を当主候補に推挙した……ということでしょうか」
「……この件の確証が得られた時、花ノ宮家は大いに荒れると思いますよ。最早、当主候補戦どころではなくなると思います」
「そうですねぇ。あの強大な力を持っていた樹が陥落するのは確実……ですが……香恋……」
有栖は紙をギュッと握りしめ、悲し気に目を伏せる。
その顔は―――何者かを慮った感情が、見て取れた。
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「―――次に事を起こすのは、ダブルムーンの初楽曲披露をするテレビ番組で、だな」
樹はそう言ってコートを翻し、街路を歩いて行く。
彼はとても苛立った様子だった。以前のような爽やかでニヒルな笑みの姿はどこにもなく。
眉間に皺を寄せ、口をへの字に曲げていた。
「……チッ、大幅に予定がずれたな。月代茜よりも、南沢家を何とかするべきだったか? いや―――」
樹はポケットから板チョコを取り出すと、包みを剥がし、それに直接かぶりつく。
そして、チョコを咀嚼した後、虚空を睨み付け開口した。
「くだらんな。こうなれば、花ノ宮も南沢も全てを蹂躙し尽くしてやる。最後に立っているのは、この私だ」
そう言葉を残すと、秋葉を転がす中、樹は威風堂々と街の中を歩いて行くのだった。
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