月代茜ルート 第34話 女装男、あらぬ誤解をされる。
「新たなる扉を開いた気分だわ。ね、楓くん、私と……付き合ってみない?」
菫さんのその言葉に、オレは思わず目をパチパチと瞬かせてしまった。
そして、その後、オレは思わず動揺して大きな声を発してしまう。
「え? えぇぇぇぇぇっ!? なっ、ど、どういう思考回路したら、そういう答えに辿り着くんですか!? わ、私、女子寮に潜入していた変態男なんですよ!? 何がどうなってそんな変態と付き合うなどと……!!」
「しっ。声が大きい。私の部屋の隣、あずさの部屋なの。あずさのことだから一度寝たら滅多には起きないと思うけど……万が一ってこともあるわ。声の大きさには気を付けて」
「あ、は、はい、そうですよね……」
あわてて声量を落とす。
すると菫さんはニコリと微笑み、オレの前に正座してきた。
「ね、前にお風呂で話したこと覚えてる? 私、昔、厳しい家が嫌で街をフラフラしていた、不良少女だったの」
「え、ええ、覚えていますが……?」
「私の父親、政治家なんだけど……本当にろくでなしでね。外で愛人ばっか作ってて、他にも子供いっぱい作ってるの。お母さんもそう。政治家夫人という権力を傘に、イケメンと浮気し放題。私の家って、産まれた時から、メンツだけで塗り固められた張りぼての嘘でできた場所だったのよ。だから、私は嘘が嫌い。だから、私は男女の関係というものが嫌い。そこに、本当の愛なんてないと思っているから」
「……だったら、どうして私と付き合うなどと? 私はこんな
「貴方に興味が沸いたの。貴方は、正体が発覚した後、すぐに私に謝罪をした。噓を吐いていたというのに、その背景にあまり悪意というものを感じられなかった。あと……茜ちゃんと一緒に役者をやりたいっていうその気持ちは、とても強いものに感じられたから。邪なものじゃない、純粋な信念を感じたのよ」
そう口にして肩を竦めると、菫さんは再び開口する。
「まっ、それは建前で、純粋に男の子というのも良いのかな、なんて思ったの。さっきも言ったけど、私、男の子は守備範囲外で、全然性欲が湧かないの。だけど……楓くんなら、イケそうな気がするのよね。男の子は抱いた経験ないけど……何か楓くんなら大丈夫な気がするわ」
「え、いや、あ、あの……菫さんって、アンリエットさんがお好きなのではないのですか? よく彼女に、ナンパみたいなことしてますよね……?」
「あぁ、うん、まぁね。でも、あの子、ノーマルだから絶対に無理なのよね~。なら、限りなく女の子に近い男の子である楓くんで手を打とうかなって感じ?」
「……私は、代用品か何かですか?」
「フフッ、嘘よ、嘘。私、アプローチはするけど、それは単なるちょっかいにすぎないのよ。さっきだって、楓ちゃんの胸をちょ~っと触らせてもらおうと思っただけなのよ? まさか、男の子だとは思わなかったけどね」
「そのことに関しては……申し訳ございません……」
「あぁ、いや、もう気にしてないから安心して。とりあえず、お試しということで一週間くらい付き合ってみない? こんなナイスバディのお姉さんが彼女になるんだから、損なんてないでしょ? うりうり~」
オレの腕に、肘をツンツンと当ててくる菫さん。
……女の子と、付き合う……か。確かに、菫さんのような美人とお付き合いできたら、世の男子高校生にとってはこれ以上ない幸せなのだろうが――――。
『―――フーマ!』
……何故、こんな時にあいつの顔が浮かんでくるのだろうか。意味が分からないな。
オレは頭を横に振る。そして菫さんの顔を見つめて、開口した。
「申し訳ございません。菫さんとは、お付き合いできません」
「え? それは……どうして?」
「先ほど菫さんはこう言っていましたよね? 嘘が嫌い、と。ですから私は貴方にもうこれ以上嘘は吐きたくありません。好きじゃない女性とお試しで付き合う程……私は、恋愛というものを軽く見てはいません」
オレのその言葉に、菫さんは驚いたように大きく目を見開く。
そして、数回瞼を瞬かせた後、ふぅと、短く息を吐いた。
「……そっか。いや、ますます貴方のことが好きになっちゃいそうだわ、お姉さん。恋愛というものを軽く見ていない、か……。私自身、色んな女の子とそういう関係になってきたから、どこか軽くなっていたのかもしれないわね。これじゃあ……私の両親と変わらないわね……」
「そんなことはありませんよ。菫さんはとても優しく、真っ当な価値観を持った女性だと思います。浮気のような不埒な真似をするとは、思えません」
「あー、フッた女に優しい言葉掛けるなんて、酷い男ね、楓くんは」
そう言って笑った後、菫さんは真剣な表情を浮かべる。
「話が脱線してしまったけれど……楓くん、さっきの放火の件で、相談したいことがあるの」
「以前の寮が、何者かに付け火された……という話ですよね?」
「ええ。さっきも言ったけど、私、その犯人が誰だか察しが付いているの」
「それは……?」
「澄野京香。貴方と茜ちゃんがダンスレッスンをしていた時に、絡んできた奴よ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日。オレと茜はいつものようにダンスレッスンを終え、お昼休憩に入っていた。
「……」
チラリと、稽古場の奥へと視線を向けて見る。
するとそこには、澄野京香と二人のアイドル候補生の姿があった。
じーっと見つめていると、こちらの視線に気が付いたのか、澄野京香はオレに鋭い視線を向けてくる。
「……なに? 何見てるの? 不愉快なんだけど」
「あ、いいえ、なんでもありません」
すぐに目を逸らす。すると、澄野京香と同じグループメンバーたちが、ヒソヒソ話をし始めた。
多分、オレの悪口大会が開かれているんだろうな……女子の世界って本当に恐ろしい。
目の前で悪口言われるとか、もう、泣いちゃいそう。楓ちゃん、何もしていないのに……シクシク。
「あいつら、相変わらず嫌な感じね」
茜はそう言ってオレの横に立つと、ガルルルと犬のように唸り声を上げ始めた。
そしてぽそりと、物騒なことを呟き始める。
「……やっぱり、一発、ぶん殴っておいた方が良いのかしら」
「茜ちゃん、ステイですステイ。仮にもアイドルなんですから、殴るとか言ってはいけませんよ」
「冗談よ、冗談。あたしだって、それくらいの分別くらいついて―――」
「あっ、いた! 楓く――じゃなかった、楓ちゃん!!」
後頭部にボフッと、柔らかい何かが押し付けられる。
振り返ると、そこには、菫さんの姿があった。
「す、菫さん!? い、いったい、何をして―――」
「何って、昨日、言ったじゃない。お昼休みに、あの子のことを一緒に監視しよう、って、ね」
そう言って菫さんはチラリと澄野京香に視線を向ける。
そしてすぐにオレへと視線を向けると、ニコリと、微笑みを浮かべた。
「安心して。昨日のことは、誰にも言って無いから。今後も良きお友達としてやっていきましょう? ね? 如月楓ちゃん?」
「は、はい。それは勿論。ですが、そ、その、抱き着くのは勘弁してもらえますと……背中に、その、当たっていて……」
「えー? 何がー?」
ニヤニヤと笑みを浮かべる菫さん。この人、あれだ。あんまり童貞には良くないタイプの人だ。
「ちょ……ちょっと!! いつまでくっついてんのよ!!」
突如茜が怒った顔で、オレと菫さんの間に割って入って来る。
そんな彼女に、菫さんは妖しく目を細めた。
「別に、私と楓ちゃんがくっついても良いじゃない。お友達、なんだから」
「と、友達って言ったって、距離感ってものがあるでしょ!! 距離感!!」
腰に手を当てて怒る茜。その時、菫さんの背後から、アンリエットとあずささんが姿を現した。
アンリエットは不思議そうな様子で、菫さんに声を掛ける。
「確かに、何かカエデとスミレ、距離感近くなった気がするねー。いつのまにそんなに仲良くなったの?」
「フフッ、ちょっと秘密を共有する仲になったのよ。そう……誰にも言えないような、濃厚な秘密を、ね」
「え゛」
「そら……ご愁傷さまやな、楓ちゃん……。このレズ女の毒牙に引っかかってもうたんだ……南無南無」
「ちょ、な、何か勘違いしてませんか!? アンリエットさん、あずささん!?」
「ちょっと!! あ、あんたいったい何してんのよ!! な、ナニ……やってたのよ!!!!」
ブンブンと茜に激しく肩を揺らされるオレ。
何処か同情したような、生暖かい目で見てくるアンリエットとあずささん。
そして……勝ち誇ったように妖艶な笑みを浮かべる菫さん。
こうしてオレは、同じ寮生たちに、あらぬ疑いを掛けられることになってしまうのだった。
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