月代茜ルート 第33話 女装男、またしてもバレる。
「よし、誰もいないな」
辺りを窺いながら、脱衣所へと入る。
そして大浴場の中に誰もいないことを確認すると、俺は服を脱ごうとジャージのチャックに手を掛けた。
「はぁ……まったく、早く自室の風呂を直して欲しいところだな……。雅美さんの話だと、一か月もかかるって話だが……オレ、この夜中にこっそり大浴場に入る生活を、一か月も送らないといけないのか? キツすぎるだろ……」
大きくため息を吐いた後。ジャージを脱ぎ、脱衣カゴの中へと放り入れた。
そして、Tシャツ一枚となった俺は、次にズボンを脱ごうと手を掛ける。
だが―――その時。突如ガラッと音を立てて背後の扉が開き、何者かが姿を現した。
「あら? 楓ちゃん?」
「うわぁっ!? え、す、菫さん!?」
思わず、菫さんに対して大きな声を溢してしまう。
そんなオレに対して、菫さんはクスリと笑みを溢すと、入浴セットを片手に持ってこちらに近寄ってきた。
「奇遇ね。今からお風呂に入るところなの?」
「い、いいえ! ただ、鏡を見にきただけです、はい!! 失礼致します!!」
「? そこのカゴの中にあるのは、貴方のお洋服じゃないの? お風呂に入りに来たんでしょ? 何で嘘を吐くの?」
……弱ったな。この人、思ったよりも洞察力が鋭いぞ。
この場をどう切り抜けようかと思考を巡らせていると、菫さんは妖しく目を細め、じりじりとこちらに詰め寄って来た。
オレは逃げるようにして後ずさりしてしまう。そして、終ぞ、壁際まで追い詰められてしまった。
「あ、あの……菫さん? 何か、近いです……」
「……前から思っていたけれど……楓ちゃん、何か、私たちに隠しているわよね?」
「……え? えぇ!? か、隠している? 何を、ですか?」
「私、人の嘘に匂いには敏感なのよ。特に……可愛い子の嘘には、ね」
そう口にして、彼女はオレの頬に手を当てて来た。
その冷たい手に、オレは思わずゴクリと、唾を飲み込んでしまう。
「……貴方には何か、違和感があるわ。私、色々な女の子と肌を重ねてきたけど……こんなに不思議な印象の子は初めて。いったいその身の内に、何を隠しているのかしら? 楓ちゃん?」
「な、何も隠してなんかいませんよ!!」
「フフッ、紅くなっちゃって可愛い……怖がらなくても良いわ。お姉さんに全て任せなさい?」
「ちょ、待っ―――」
菫さんは俺の胸に手を当てると、そのままもみもみと胸を揉んでくる。
そして、突如、目を見開くと、彼女はその手の感触に素っ頓狂な声を漏らしだした。
「え゛?」
その後、訝し気に首を傾げると、再び菫さんは俺のパッド入りの胸を揉んでくる。
一頻り揉んで確認した、その後。オレたちは無言で、数秒間、見つめ合った。
「……」
「……」
「……」
「…………楓ちゃん」
「…………はい」
「脱がすわよ」
「絶対に、やめてくださ――――――って、ちょおっ!?」
菫さんはオレのTシャツを胸の辺りまで一気に捲ってきた。
そして、パッド入りのブラジャーに視線を向けると、掠れた声を漏らし始める。
「こ、こここここ、これは……っ!!!!!」
オレのブラジャーからパッドを抜き取り、何もないまっ平な胸板を、菫さんはペタペタと触って来る。
そして納得いくまである程度触り終えると、わなわなとした表情で、オレから一歩、離れた。
「も、もももももも、もしかして、か、楓ちゃん、貴方――――――男の子、だったの!?!?!?」
……終わった。こんなしょうもない些細な事で、全てが、終わってしまった。
明日の朝刊には恐らく、変態女装男がアイドル事務所に潜伏していたことが見出しに載るだろう。
最終話「女装男、アイドル候補生が住む女子寮にて男バレし、逮捕される」。
ルリカちゃん、ごめんよ、お兄ちゃんはここで終わりのようだ……これからは強く、生きるんだよ……。
「……今まで騙していてごめんなさい、菫さん……今すぐ、警察に突き出してもらって構いません……」
オレは俯き、菫さんにそう声を掛ける。
すぐに通報されると思ったのだが……菫さんは顎に手を当て、数秒、考え込む仕草を見せた。
そして彼女はオレに視線を向けると、再び口を開く。
「とりあえず……服、戻して。そのままだったら、誰かが来たら大変でしょ?」
「え……?」
「今から、私の部屋に来てくれる? あとのことはそこでお話しましょう」
そう口にすると、菫さんは何故か―――優し気な微笑を浮かべるのだった。
呆然としたままのオレは、菫さんに手を引っ張られ、そのまま彼女の部屋へと連れて来られていた。
菫さんの部屋は、多種多様な観葉植物が飾られており、オシャレな雑貨が多く散見された。
何というか、家具屋のルームディスプレイを、そのまま持ってきたかのような―――とても綺麗な部屋だ。
オレは水色のカーペットの上にあるテーブルの前で正座をし、顔を俯かせる。
……菫さんはオレを部屋に連れてきて、いったい、何がしたいのだろうか。
普通、女装している変態男がいたら、即座に通報しないだろうか?
いや、そもそも自分の部屋に連れてくるのすら、怖いと思わないだろうか?
相手は男なんだぞ? 女性の心理としてはまず間違いなく、脅威と感じるはずだ。
「はい、紅茶。インスタントだけど」
「あ、ありがとうございます……」
テーブルの上にカップを置かれる。
そして菫さんはベッドの上に腰かけると、「ふーん」と言いながら、オレの顔をジロジロと見つめて来た。
……ものすごく、居心地が悪い。今すぐここから逃げ出したい。
「ねぇ、楓ちゃん……いや、楓くん? 貴方、どうしてこんなことをしているの? これって、普通に犯罪行為よね?」
「……仰る通りです。私は、犯罪行為をしていました。理由は……花ノ宮女学院の宣伝塔になるため……いや、違うな。私は、月代茜と共に役者として頂点に立つために、女装をして、この場に来ました」
「? 茜ちゃんと、役者として頂点に立つ、ため……?」
こうなったら仕方がない。もう、全てを白状してみるとしよう。
オレは、こうなるに至る顛末の全て―――香恋によって花ノ宮女学院に入学させられ、今に至るまでの全部を、菫さんに話すことを決めた。
「……なるほど? 腹黒お嬢様の従姉妹によって嵌められ、女装して女優科高校に通わなければならなくなったと? それで、実家が大富豪の花ノ宮家で、御家騒動に絶賛巻き込まれ中、と……。ふむふむ」
ベッドの上で足を組むと、菫さんは腕を組み、悩まし気な表情を浮かべる。
そしてこちらに視線を向けると、質問を投げて来た。
「うーん、よくわかったようで、よくわからない、というのが私の感想だわ。とりあえず、楓くんがやむにやまれぬ事情で、その姿でここに来たことは分かった」
「とはいっても……茜さんとここに来て、偽りの女優、如月楓として彼女と共に芸能界に進出しようとしたのは……家のこととは関係なく、私の意志なので。ですので、事情など関係なく、このようなことをしでかしたのは私自身の責が一番大きいです」
「そうね。貴方は人としてやってはいけないことをした。私と今宵なんて、貴方が女子だと思って、一緒にお風呂に入ったりしたのよ? 今宵がこのことを知ったらどう思うかしら。トラウマになりかねないわよ」
「返す言葉もありません」
オレがこの若葉荘の人たちを騙し、欺いて来た最低の変態男であることは事実だ。
幼い今宵ちゃんを騙してしまっていることは、特に非道な行いだろう。
オレは深く頭を下げ、無言で菫さんの前に座る。
まるで、断頭台の前に立たされた、死刑囚のような気分だ。
「……この罪は、一生を掛けても背負っていくつもりです。本当にこの度は、このようなことをしてしまい、申し訳ございませんでした。今すぐ寮を出て、出頭してきま―――」
「よし。反省しているようだし、この秘密は、私と楓くんだけの秘密にしましょうか」
「……え?」
顔を上げる。すると、菫さんがいつの間にかベッドから降り、オレの前に立っていた。
そして彼女は微笑を浮かべながらオレの顔を見下ろすと、ニコリと、妖艶に微笑んだ。
「ね、楓くん。貴方の秘密のことは、私も黙っていてあげる。だからさ、私と協力関係を結ばないかしら?」
「協力……関係?」
「うん。私ね……以前の寮に放火した犯人、何となく、察しが付いてるんだ」
「へ? 放火した、犯人……?」
「そ。放火した犯人。そいつ、多分、またこの若葉荘でやると思うの。だから……私と一緒にそいつの動向を、見張っていて欲しいわ」
そう口にすると、菫さんはオレの肩にポンと手を置いてくる。
そして再びジロジロと、オレの顔を「ほほう」とあらゆる角度から観察してくると……耳元で小さく呟いた。
「……やっぱり、どこ見ても女の子にしか見えないわね。肌、綺麗だし、目もおっきい……」
「いや、あの、す、菫さん?」
「私、基本的に男の子って全っ然、守備範囲外の存在だったの。だって、そもそも男の子ってゴツゴツしていて、可愛くないじゃない? だけど……私、楓くんならイケるわ」
「え? い、いったい、何を……?」
「新たなる扉を開いた気分だわ。ね、楓くん、私と……付き合ってみない?」
菫さんのその言葉に、オレは思わず目をパチパチと瞬かせてしまった。
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