月代茜ルート 第31話 女装男、幼馴染の背景を知る。
―――翌日。十月十一日。
いつものように茜と一緒に事務所に行くと、ロビーに、瑠奈さんの姿があった。
瑠奈さんはオレたちの姿を視界に留めると、笑みを浮かべ、こちらに駆け寄って来る。
「待ってましたよ、二人ともっ!! 今日はですね、ビッグニュースがあるんですよ~~!!」
「ビッグニュース?」
「はい! 何と、お二人の初シングルデビュー曲が決まったんです!! タイトルは、『ムーンライト・ランデブー』、作曲家は有名な諸星雄太郎さんです!」
「シングルデビュー!? 本当!? やったわね、楓!!」
「ええ!! やりましたね、茜さん!!」
茜と手を取り合いキャッキャッと盛り上がる。
そんなオレたちにコホンと咳払いをすると、瑠奈さんは人差し指を立てた。
「良いですか、楓ちゃん、茜ちゃん。デビューが決まったからといって、喜んでばかりはいられませんよ。これからは、よりいっそうマーケティングに力を入れていかなければなりません。例えば、デパートの屋上で宣伝トークショーをするとか、駅前の通りで、ティッシュ配りをするとか」
「げぇっ!? また、ティッシュ配りしなきゃならないの!? あたしアイドルなのに!? もうメイドじゃないのに!?」
「ファンを獲得するためには、地道な下積み、宣伝が必要なのですよ、茜ちゃん。瑠奈は、お二人を今年中にはそこそこの知名度のあるアイドルにするつもりです。なので、精一杯、頑張りましょ―――ん?」
その時、瑠奈さんのジャケットのポケットから、スマホのアラーム音が聴こえて来た。
瑠奈さんはポケットからスマホを取り出し、画面を見ると、珍しく顔を強張らせる。
そして通話ボタンを押し、スマホを耳に当てた。
「……はい、花ノ宮芸能事務所の秋葉瑠奈です」
いつもの明るい雰囲気とは異なり、何処か真面目な様子の瑠奈さん。
彼女は、何やら通話相手ともめている様子だった。
だが、常に固い口調で喋っていることから、通話相手が目上の人間だということが察せられる。
そして一頻り会話を終えると、通話を切り、瑠奈さんはスマホ片手に大きくため息を吐いた。
「? どうしたの、瑠奈? 何か、疲れた様子だけど?」
そう、心配そうに茜が声を掛けると、瑠奈さんはあはははと、疲れた笑みを見せた。
「……茜ちゃん、前に花ノ宮樹さんに圧力を掛けられて、役者の仕事貰えなかったでしょう?」
「うん、そうだけど……って、まさか……」
「そう。デビューを聞きつけたのか、樹さん自ら電話を掛けて来られたんです」
その発言に茜はギリッと奥歯を噛みしめる。
……花ノ宮樹が、直接瑠奈さんに接触を図って来たのか。
それにしても、本当に不可解だな。
何故、花ノ宮樹はそこまでして茜に執着するんだ?
ここまでくると、茜の背景に何かしら関わりが無いと不自然だ。
俺は小さく息を吐いた後、茜にまっすぐと視線を向け、開口する。
「……茜さん。私は今まで極力、貴方の背景を聞くことはしませんでした。ですが……流石にここまでくると、貴方の事情に深く関わって来るものがあるのではないでしょうか。私と瑠奈さんを、信頼できるパートナーだと認めてくださるのなら……お話していただけませんか? 貴方の過去を。何か、花ノ宮樹に狙われるような心当たりが、あるはずでしょう?」
「楓……」
茜は一瞬逡巡した様子を見せた後、大きくため息を吐いた。
そして、踵を返すと、肩越しにこちらに視線を向けてくる。
「分かったわ。とりあえず、ここで話すのも何だから……カフェにでも行きましょう。レッスンまでまだ時間あるし、良いわよね、瑠奈?」
「はい。今後の対策のためにも、三人でお話しましょう、茜ちゃん」
そう口にしてた瑠奈さんの顔は、母親のように優しい表情を浮かべていた。
「……まず、最初に言っておくけど、花ノ宮樹に執拗に狙われる理由は、あたしもよく分かっていないから。ただ……あたしの出身が関係しているのかな、と、思う点はあるわ」
そう言って茜は窓際の席で、コーラのストローをくるくると回す。
そして、頬杖を突きながら窓に視線を向け、街路の並木道を静かに見つめ始めた。
「あたし、こう見えても結構お堅い家の出でさ。南沢財閥の、社長令嬢なのよね」
―――南沢財閥、か。
茜の部屋であの写真を見て、話しを聞いた時から何となく察してはいたが、やはりそうか。
ということはやっぱり茜は、オレの母、花ノ宮由紀の婚約相手だった南沢財閥家の血縁者、だったというわけか。
何かこう……複雑だな。
「……茜さんが南沢財閥の社長令嬢、ですか……。失礼ですが、全然、そのようには見えませんね」
「まっ、そりゃそうよ。あたし、妾の子だから。正式な一族の者ではないの。庶子ってやつだから、別にお嬢様扱いなんてされたことはないし、普通に幼少期から安アパート暮らしだったわ」
「え……?」
「あたしのパパ、南沢秀介は、南沢財閥の次男でね。家でもそんなに権力は持ってなかったの。それで、財閥家に産まれた次男や娘というのは、基本的に他家との外交に使われるのが定めみたいでね。パパも例にもれず、望まぬ相手と結婚を強いられていたわ。だけど―――パパは隠れて、本命の幼馴染の恋人と蜜月の時を過ごしていたの。その恋人があたしのママってわけ」
「なるほど……だから、庶子、ですか……」
何というか、ものすごく、どこかの誰かに似た境遇の話だな。
ただ、その誰かと違うのは、茜は完全に庶子扱いされているという点、だろうか。
俺の両親は駆け落ちして事なきを得たが、茜の両親はそうはいかなかったのだろう。
やはり、金持ちの家というのは、どこも似たように複雑な事情を持っているようだな。
「茜ちゃんは、今、お父さんとお母さんとはどうしているのですか?」
「パパとママは、三年前にあたしの事が本家にバレてしまってね。まぁ、家の命令で強制的に離婚しちゃったわけだけど、別に暮らしに関しては問題は何もないの。ママとあたしはパパがいなくなってしまったこと以外は、何不自由なく暮らしているからね。……と、最近まではそう思っていたんだけど……ちょっと、近ごろは雲行きが怪しくなってきてるわ」
「? 最近までは?」
「これ、昨日、寮に届いていたの。見てみて」
茜は鞄から一枚の封筒を取り出すと、オレと瑠奈さんの前にそれを置いた。
封筒から手紙を取り出し、オレは瑠奈さんとそれを一緒に読む。
「……我が姪である月代茜よ。南沢財閥の娘として、責務を果たすことを命令する。我が南沢の名を名乗り、外交のため他家に嫁げ―――南沢財閥当主 南沢彰隆。……って、これって?」
「そ。何か突然あたしを、正式に一族に迎えるとか言い出したのよ。当主である南沢財閥の叔父さんが」
茜はそう言って、苛立ち気味に目を伏せた。
「はぁ。本当、意味分からないわよね。その文の下には、南沢財閥の一族の者として、仇敵、花ノ宮家と関わるのは止めろ、なんてことも書いてあるのよ。いったいどこで、あたしが有栖と手を組み、花ノ宮事務所に所属したことを知ったのかしら。本当に、意味が分からないわ」
「……南沢財閥と花ノ宮家は、ある婚約破棄騒動により、険悪な仲となっていますからね。確かに、敵方の事務所に庶子とはいえ自分の姪が所属したら……嫌なのは、当たり前なのかもしれません」
「婚約破棄騒動? そう言えばパパが以前、こう言っていたわね。叔父さんは一度花ノ宮家の娘と婚約したんだけど、他の男に奪われて逃げられた、って。そのことは、南沢家の中ではタブーにされてるから、絶対に口にしてはいけないとも言っていたわ……そっか、そのことなんだ」
なるほど。その叔父さんが、母さんに酷いことをしようとしたっていう、恭一郎が言っていたクソ男か。
母の元婚約者―――現南沢財閥家当主 南沢彰隆、か。
良かった、茜の父親じゃなくて。その場合、ちょっと、茜と気まずくなりそうだもんな。
ふぅと安堵の息を吐く。
すると、茜は不思議そうな顔をして首を傾げるのだった。
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