月代茜ルート 第30話 女装男、忙しい毎日を過ごす。


 オレたちが東京に来てから、あっという間に日々は過ぎて行った。


 毎朝午前六時に起床。体力作りのために、茜と寮の周囲をランニング一周。


 隣を走る茜は、頭を抑えながら、うぅぅと唸り声を上げていた。


「うぅぅ……頭痛い……あたしのこの朝弱さ、本当に何とかならないかしら……」


 茜は朝が弱い体質なのか、いつも辛そうにランニングをしていた。


 だけど、けっしてその日課を怠ることはせず。


 毎朝目覚まし時計を何個も置き、欠かさずランニングを行っていた。


 ―――午前七時。ランニングから帰ると、オレは朝食の準備をする。


 主に、あずささんのクッキング指導を兼ねているのだが……あずささんがまともに料理を作れた試しは未だに一度も無く。いつも、何かしらを爆発させているのが日常の光景だった。


「うわぁ!? ホットケーキ爆発した!! 何でいつもこうなるん!?」


 黒煙がキッチンに充満し、火災警報器が鳴り響く。


 まるで爆発物を処理しているかのような状況だ。あずささん、毎回ガスマスクを被っているし。


 この人……何故、諦めずに料理をしようとするんだろう。


 ある意味その執念は、尊敬に値するかもしれないな。


 ―――午前七時半、若葉荘のみんなと朝食会。そしてその後、七時五十分に寮を出る。


 そして、事務所に直行し、お昼まで稽古場でダンスレッスン。


「ワンツースリーフォー! ……月代さん、ミスが多いわよ! 最初からやり直し!」


「はい!」


 相変わらず茜はダンスが苦手の様子だったが、徐々にミスの回数が減ってきている気がする。

 

 茜の何事にも真剣に取り組み、向上させようとするその姿勢には、こちらも学ぶことが多い。


 ―――お昼時、午後十三時。


 近くのコンビニでおにぎりやサンドウィッチを買い、事務所の食堂で昼食を三十分程で済ませる。


 そして、その後、ボーカルレッスンを四時間する。


「あめんぼあかいなあいうえおー」


「月代さん、音程が外れているでザマス!! 如月さんは上手ザマスけど、感情が乗っていないザマス!! ロボットみたいザマス!!」


 ボーカルレッスンの講師は、逆三角眼鏡を掛けた妙齢の女性だった。


 何故かザマス口調で喋る。ダンスレッスンのコーチと違って、めちゃくちゃキャラが濃い。


 ―――日も沈んだ、午後十七時。クタクタになりながら電車に乗り、若葉荘に帰宅。


 寮に入ると、茜はすぐにオレの部屋に行き、二人でヨウチューブの『ダブルムーン』毎日投稿動画を撮影し、アップロードする。


 午後十八時。寮母の雅美さんが帰宅。十九時半頃に、みんなで夕飯を囲む。


「……今宵、夕飯、楓に作って欲しいな」


 そう、ポソリと今宵が呟くと、雅美さんは困ったように眉を八の字にさせた。


「私のご飯が嫌いなのかい? 今宵は」


「……違うよ。でも、雅美おばさんの作るご飯は、いつもパスタだから……飽きる」


 皆がずっと言えずにいたことをばっさりと今宵が口にする。


 そう、雅美さんの作る料理はパスタばかりなのだ。


 ペスカトーレという名前の通り……彼女は、パスタ教信者だった。


「今宵。パスタは全てを救う食べ物なんだ。パスタこそが神様なんだよ」


 雅美さんは笑みを浮かべ、そう今宵に声を掛ける。


 だが、今宵は首を横に振った。


「……おばさん。流石にずっとパスタは……飽きるよ。あと、その笑顔、怖い」


「良いかい、今宵」


「……何?」


「おばさんは、基本的にパスタしか作れないのさ」


 ……その後、オレたちは雅美さんに何て言葉を返せば良いのか分からず。


 何も会話をすることはせず、黙々とスパゲッティを口に運んでいった。


 ―――午後二十時~二十二時。この時間は自由時間となっている。


 とはいってもオレも茜も休学しているため、この時間は主に勉強をすることにしていた。


 これは、高校に戻っても勉強についていけるようにするために、予め二人で決めていたことだ。


 学生の本分は勉学。疎かにするわけにはいかない。


 そして―――午後二十三時。就寝。


 まぁ、オレは、みんなが寝静まった夜中に風呂に入らないといけないため、眠るのは大体午前一時過ぎが基本なのだがな。


 こういったハードなスケジュールをこなすこと、一週間。


 何とかオレは、誰にも状態がバレることなく、日々を安寧と過ごせていた。





 ―――十月十日。金曜日。午後十六時半。


 すっかり日が沈み、辺りには町のネオンが浮かんでいた。


 イチョウ並木が並ぶ街路を、俺と茜はクタクタになりながら歩いて行く。


 茜はフラフラとした足取りで隣を歩き、げっそりとした顔をこちらに向け、口を開いた。


「……つ、疲れた……。アイドルって、想像の百倍体育系なのね……」


 今にもぶっ倒れそうな様子の茜。


 俺はそんな彼女にクスリと笑みを溢し、言葉を返した。


「そうですね。世間の煌びやかなイメージとは裏腹に、アイドルという職業は運動神経と体力が重要視される職業なのかもしれません。歌って踊るという行為は、どちらかというとスポーツに近いということを、最近になって知ることができました」


「……の割には、あんた、いつも平気そうな顔しているわよね。柳沢先生の指導でグラウンド走った時にも思ったけど、楓、どれだけ体力あるのよ? それに、歌もダンスもそこそこできるみたいだし……正直、化け物じみてるわよ?」


「そんなことはありません。こう見えてもかなり、疲労が蓄積しています。こっちに来てから、睡眠時間をずらさなきゃならなくなっているので……あまり、十分な休息も取れていませんし」


「? 睡眠時間をずらす? 何で?」


「あ、いえ、何でもありません」


 コホンと咳払いをする。


 すると茜は、不思議そうに首を傾げた。


「あんた、たまに意味分からないこと言うわよね。不思議ちゃんっていうの?」


「不思議ちゃん……そんなつもりはないのですが……」


「うぅぅ~。何か、最近急に寒くなって来たわよね~。コンビニでたい焼きでも買おうかな。……いや、間食は太るかしら?」


 突然話題を変えると、茜は寒そうに手に息を吐き始めた。


 そしてこちらを振り返ると、茜は目を細めてニコリと、いたずらっぽく笑みを浮かべる。


「あと二か月したらクリスマスよね。ね、楓は、何か予定とかあるの?」


「あるわけないじゃないですか。私たち、一応新人アイドルですよ? 恋人なんて作ったら終わりですよ」


「むー、つまらない答え。良いじゃない、アイドルが恋に夢見ても。あたしたちだって、うら若き乙女なわけよ? 恋に恋したって良いんじゃないかしら?」


「意外ですね。茜さんがそんな女の子らしいこと言うなんて」


「あんたねー、あたしのこと何だと思ってるのよ! あたしだってれっきとした女の子なのよ!! そういうことくらい、興味持ったって―――え?」


 突如、茜が驚いた顔で歩みを止める。


 何事かと首を傾げながら、彼女のその視線の先、街路の奥へと顔を向けてみた。


 すると、そこには……黒塗りの高級車から降りる一人の男の姿があった。


 その男はこちらに気付いていないのか、部下と思しきスーツの男たちと共に、街の奥へと消えて行く。


 あの男は……何処かで見たような印象があるな……。


 だが、遠目のため、俺には何者なのかが分からなかった。


 ただ、白いスーツ・・・・・を着ていたことだけは、分かった。


「なん、で……」


「茜さん?」


 茜はその人物に心当たりでもあったのだろうか。何故か、動揺した様子を見せ始める。


 だが、頭を横に振り、すぐに平静を取り戻した。


「何でもないわ。何でも」


 そう口にして、彼女は歩みを再開させ、道を歩いて行く。


 そして、パーカーのポケットから棒の飴を取り出すと、包みを剥がし、それを口の中に入れた。


「さぁ、早く帰るわよ、楓」


「はい」


 隣に並び、チラリと茜の横顔を覗き見る。


 その顔は至って冷静そのものだが……先ほどの、一瞬見せた動揺はどうにも普通ではなかった。


 理由は分からないが、茜があの白いスーツの人物に、恐怖を抱いたことは間違いなさそうだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

第30話を読んでくださって、ありがとうございました。

いつもいいねを付けてくださるみなさまに、感謝を申し上げます。

私事ですが、この作品とは別に連載している小説『剣聖メイド』の書籍版が、ついに予約開始となりました。

発売日は11月25日となっております。

ご興味がありましたら、ぜひ、購入していただければ幸いです。

次回は、明日投稿する予定です!

今回のお話は、茜の出生の秘密の伏線を張らせていただきました。

白いスーツの男が誰なのか、予想していただければ幸いです。


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