月代茜ルート 第29話 女装男、ダンスレッスンに挑む。



 ――――――その後、オレたちはアイドルグループ『ダブルムーン』として、活動を開始した。


「初めまして! 私は、ダブルムーンのクール担当の如月楓と申します!」


「初めまして。ダブルムーンのツンデレ担当の月代茜よ。……って、ツンデレ担当って何よ! 意味分からないわ、この名乗り! 楓が考えたの!?」


「ちょ、あ、茜さん! い、今、ヨウチューブで生配信中なんですから! あ、暴れないでくださ――うわぁっ!?」


 ヨウチューブに投稿した最初の自己紹介生放送は、茜が暴れて途中で配信中止になってしまった。


 茜が暴れた結果、オレは床に倒れてしまい、スカートの中身が危うく全国に放送されかかってしまう……などのアクシデントが起こり、出だしは散々な目に遭ってしまった。


 だがしかし、アーカイブとして残った動画は再生数が結構伸びていた様子で。


 ……怪我の功名というか……何というか……。


 オレのパンチラ未遂で、再生回数が何と脅威の5万越えとなってしまっていた。


「……いや、おかしいだろ、オイ……」


 ノートPCに映る動画の画面を見て、オレは、思わず大きくため息を吐いてしまう。


 オレ的にはあんまり納得がいかないな……だって、男の太腿だぞ?


 それで良いのか、お前ら。相手はバハムート持ちだぞ……?


 何か、騙しているようで気が引けるな。男の太腿で再生数稼いでしまい、ごめんなさい。





「はい、ワン、ツー、スリー、フォー! ワン、ツー、スリー、フォー!」


 そんな出来事が起こりつつも、事務所の地下に併設されている稽古場で、オレと茜は毎日ダンスレッスンを行っていた。


 稽古は土日以外の五日間、フルで入っていた。


 オレと茜が役者畑出身で、歌とダンスの素人、ということもあるせいだからだろうか。


 マネージャーである瑠奈さんはみっちりと、一週間のスケジュールに稽古の時間を組み込んでいた。


「ワン、ツー、スリー、フォー! ストップ! ……月代さん、半歩遅れているわ! それと、如月さんはもう少し月代さんに合わせるように気を付けて!」


「「はい!!」」


 オレと茜はコーチの声に足を止め、再度、最初からダンスレッスンを開始する。


 互いに互いの歩幅に合わせ、息を合わせ、踊りを披露する。


 オレは元々幼い頃にダンスを齧っていた経験がある。


 だからこそ、最初からそれなりにダンスをこなせる自信はあった。


 まぁとはいっても、素人よりは上手い程度であって、プロとして通用するかと言われれば答えはNOだが。


 オレは大体のことは出来るが、一流にはけっしてなれない。元が凡人だからだ。


「ゼェゼェ……!! あっ!!」


 その時だった。茜は足をもつれさせ、床に盛大に転倒しかけてしまう。


 オレはすかさず茜の腰を抱き、寸前で転倒することを阻止することに成功。


 茜はオレの腕の中で目をパチクリとさせると、頬を紅くして、ポソリと小さく呟く。


「あ、ありがとう、楓……」


「いいえ。それよりも、足、大丈夫ですか? 捻挫とかしていませんか?」


「平気。少し捻っただけよ」


 そう言って茜は自力で立ち、オレから離れる。


 その様子にコーチは短く息を吐き、腕時計を確認した。


「もうお昼ですし、少し、休憩しましょうか。じゃあ、再開は十三時からで。解散」


「「ありがとうございました」」


 二人で同時に頭を下げる。


 コーチが見えなくなった後、茜は悔しそうな表情を浮かべ、歯を噛み締めた。


「このままじゃ、駄目だわ。あたしは、楓のお荷物にしかなっていない」


「……茜さん。無理は禁物ですよ。今はとにかく、休憩にしま―――」


「……何、今の素人丸出しの踊り。こんなやる気のない人が同じ候補生だとか、不愉快でしかないんだけど」


 背後から声を掛けられたので振り返ってみると、そこには、同じ稽古場でダンスの練習をしているアイドル候補生三人の姿があった。


 紫色のロングヘアーの少女は、前に出ると、茜に至近距離で鋭い目を向けてくる。


「大人しく役者に戻ったらどう、月代茜。あっ、戻れないんだっけ? 貴方、今、各所で干されてるって有名だからね」


「何、あんた?」


「私は貴方たち二人とは別の寮に住む候補生よ。澄野 京香って言うの。あんた、前から思っていたけど、役者で干されたからってアイドル転向って……アイドルを舐めてんじゃないの? そんな簡単にできるほど、この世界は甘くないんだけど?」


「舐めてなんかいないわ。真剣にやってるつもりよ」


「どこが真剣なの? さっきのダンス、遠目で見ていたけど全然ダメダメだったじゃない。普通、アイドル候補生になる人間っていうのは、みんな歌やダンスがそれなりにできるものよ。ここは、貴方みたいなズブの素人が来る場所じゃない」


「あっそ。どーでも良いわ、あんたたちの価値観なんて。ねぇ、あたしに喧嘩売ってないで、レッスンでもしたら? 不愉快ならこっち見なきゃ良いだけの話でしょ?」


「何、その生意気な言葉遣い……先輩に敬語も使えないっていうの?」


 澄野京香は茜の胸倉を掴むと、さらに距離を詰める。


 だが、茜は動じた様子を見せない。まっすぐと彼女の目を見つめ、そして―――不敵に笑ってみせた。


「どれだけ他人に無謀だと不可能だと言われても、あたしは進み続ける。一から始めることの、いったい何が駄目だっていうの? むしろ壁が高ければ高いほど、楽しくて仕方がないわ。あんたたちの見る目が無かったことを証明してやるのも、何処かで見ているあたしのライバルにあたしの実力を見せつけるのも……全てが、楽しくて仕方がない。とてもワクワクする」


「は……? いったい、何を言って……」


「ちょっと、キョウカたち! アカネとカエデに何してるの!」


 レッスンの時間になったのか、稽古場にアンリエット、あずさ、菫の三人が現れた。


 その三人の姿に気付くと、京香は茜から手を離し、チッと舌打ちを放つ。


「『オリオン』の三人、か。ったく、こいつら、あんたたちの寮の後輩なんでしょ? 生意気で超ウザイんだけど。ちゃんと躾してるの?」


「躾って……カエデとアカネは私たち若葉荘の仲間だよ! 私たちに上下関係なんてないよ!」


「そうどすえ。まったく、以前の寮の時から変わらへんなぁ、京香はん。また新人いびりして、新しい候補生辞めたって聞きましたえ? 相変わらずなんどすなぁ」


「新人いびりをしているわけじゃない。私は、真剣じゃない奴が嫌いなだけよ」


 そう言って京香はお供の二人を連れて、その場を離れようとする。


 すれ違い様、菫さんが京香さんの横顔を盗み見ると、ぽそりと呟いた。


「……変わらないのね、京香」


「……」

 

 その言葉に何も返さずに、澄野京香たちはその場を離れて行った。


 そんな彼女たちの後ろ姿を見つめ、アンリエットは腰に手を当て、可愛らしく怒りの表情を浮かべる。


「まったく。真剣なのは良いことだけど、それを相手に強要するのはどうかと思うよ。以前の寮の時からどーにも仲良くなれなかったけど……相変わらずだね、あの子!」


「あの……アンリエットさんたちは、彼女のことを知っているのですか?」


 そうオレが質問を投げてみると、アンリエットはこちらに顔を向け、口を開いた。


「あっ、そうだよね。二人とも知らないよね。あの子たち三人は『Daystar』っていうグループのアイドルなんだ。以前の、火事で焼けた寮で一緒に暮らしてたんだけど……ちょっと私たちと仲悪くて、今は別の寮に住んでるの」


「なるほど……では、この事務所に所属している若手アイドルは、三グループ、ということなんですね。私と茜さんの『ダブルムーン』と、あの御三方の『Daystar』そして、アンリエットさんたちの……」


「『オリオン』。そう、若手は私たち三グループだけ。まぁ、謂わば私たちは同期でもあり、ライバルでもある、といった感じかな」


 ライバル、か。そりゃ、同じ事務所に所属している以上、ライバルがいるのも当然か。


 アンリエットさんたちとは良好な関係を築けているが、京香と名乗ったあの少女と茜は、見るからに、相性が悪そうだな。


 いや……仕事人気質を見るに、意外に悪くないのか? 相性。


「楓。あたし、もう少しだけレッスンすることにするわ。先にお昼行ってて」


「え?」

 

 額の汗をタオルで拭うと、茜は再びダンスレッスンを再開し始めた。


 ……茜は確かにズブの素人だが、彼女は芸術の世界において最も大切なものを持っている。


 それは、けっして諦めない心だ。


 茜は恭一郎の過酷な稽古にもついていき、見事、ロミジュリで主役を演じ切った強者だ。


 きっとこいつはどんな壁だろうとも乗り越え、前に進んで行く。


 オレのライバルは―――そういう奴だ。


「ワンツースリーフォー……ぐぎゃぷっ!!」


 簡単なステップの花序で何故か足をもつれさせ、前のめりに倒れる茜。


 前にお尻を突き出す形で転倒しているので、正直、目のやり場に困る。


 スカートじゃなくてジャージだったのが救いかもしれないが。


「いったーい!! チッ!! もう一度よ!!」


 どんなに転んでも、茜は立ち上がる。


 その姿を見て、オレは思わず優しい微笑を浮かべてしまった。

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