月代茜ルート 第28話 女装男、アイドルの宣材写真を撮る。



「ダブルムーンですか……うんうん! 瑠奈はすっごく良いと思いますよっ!」


 茜の提案したそのグループ名に、瑠奈さんは明るく笑みを返す。


 そして彼女は、チラリと、オレに視線を向けて来た。


「楓ちゃんはどうですか? 何か他に良い案、あったりしますか?」


「いいえ。私は、こういうアイディア系のセンスは全然無い方でして。お二人にお任せします」


 その発言に、茜が驚いた顔で隣の席から声を掛けてきた。


「そうなの? 楓のことだから、こういうのものもパッと思い付くものかと思ったけど? まさか、あたしに遠慮してたりしないわよね~?」


「いいえ、そんなことはありませんよ。人には得手不得手があるものなのです、茜さん」


「本当? 楓ってば、何でもできるイメージが、あたしにはあるんだけど?」


「私は、誰かの技術を真似トレースすることはできても、無から有を産み出すことは苦手なのです。ですから、何でも完璧にこなすことなど……私にはできませんよ」


 そう言って納得がいっていない様子の茜に笑みを向けた後、オレは瑠奈さんに顔を向ける。


「私も『ダブルムーン』、良いと思います。太陽の光で輝くことのできる月だとしても、本物の光ではない紛い物だとしても―――月は、夜空を照らし、人々の道を明るくすることができる。役者になるためにアイドルの道を進む、邪道を歩む私たちにとって、相応しい名前だと思います。私たちはどう考えても太陽ではありませんから」


 オレたちは二つの月としてこの芸能界夜空を駆け、数多の星々役者たちを追い越していく。


 二人でいるからこそ産み出せる力、二人でいるからこそ輝ける月。


 とても、素晴らしい名前だと、オレは思う。


「それじゃあ、他に案もないことですし、決定ですね。今日から貴方たち二人は―――ダブルムーンです」


 こうして、オレたちはアイドル『ダブルムーン』として、活動することに決まったのだった。


 



「それじゃあ、これからスタジオに行って宣材写真を撮るよー。スタジオはこの事務所の六階にあるから、迷わずについてきてくださいね、二人ともー」


「はい、分かりました」「分かったわ」


 オレと茜は席を立ち、二人並んで瑠奈さんへとついていく。


 しかし、宣材写真か。いったい、どういう風に写真を撮るのだろ―――。


「あ゛」


 今更になって、重要なことに気が付く。


 宣材写真を撮るということは、それすなわち……衣装に着替える、ということに他ならない。


 オレは顔を青白くさせながら、廊下を歩く瑠奈さんへと声を掛ける。


「あ、あの、瑠奈さん、衣装というのは……」


「衣装ですか? スタジオに備え付けてある更衣室の方に、ご用意していますよー? お二人のイメージに合わせて、茜さんが黒と赤をベースにしたアイドル衣装、楓さんが、白と青をベースにしたアイドル衣装、となっています~」


 オレ、男なのに、今からアイドル衣装を着なければならないんだ……って、そんなことは一先ず置いておくとして!!


 オレは、眉を八の字にさせながら、瑠奈さんにある質問を投げてみた。


「あ、あの! スタジオがある六階には……トイレは、ありますでしょうか……?」


「? ありますよ? もしかして楓ちゃん、具合悪いとかですか? ……はっ! もしや、女の子の日とか!?」


「い、いいえ、そういうわけではないです、はい」


 バハムート持ちなので、女の子の日とかはないです、はい……。


 でも、そうか。トイレがあるのか。だったら、とりあえず、大丈夫そうだな……。


 オレはホッと、安堵の吐息を吐いた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「―――ここが更衣室か。思ったよりも大きいわね、楓」


 そう言って茜は、更衣室をキョロキョロと見渡し始めた。


 オレはそんな彼女の様子など気にも留めず、ハンガーに掛かっている自分の名札が付けられた衣装を手に取り、更衣室を後にするべく、踵を返す。


 そんなオレの姿に、茜は驚いた声を掛けて来た。


「……って、えぇ!? 何、あんた、衣装抱えてどこ行くの!?」


「トイレに行ってきます!!」


「何で!? ここで着替えれば良いじゃない!!」


「女の子の日です!! バハムートの日です!! 失礼致します!!」


「バハムートって何よ!?」


 背中から大きな声が響いて来るが、構ってはいられない。


 オレは茜が着替え始めるよりも先に更衣室を出て、トイレへと向かって行った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「はい、二人とも、笑って笑ってー!」


 オレと茜は白いスクリーン―――背景布の前に立ち、二人で並んで、カメラに笑みを向けた。


 するとパシャリとシャッター音が切られ、目の前に居るカメラマンは再度指示を出してくる。


「う、うーん……何か、アイドルっぽくないような……? も、もっと、可愛らしく笑みを浮かべることはできないかな?」


「可愛く? ……こうかしら?」「こうですか?」


「い、いや……茜ちゃんは何か挑発的な笑みを浮かべているし、楓ちゃんに至っては無表情なんだけど……も、もっと、自然な笑みを浮かべることはできないかな?」


「自然な笑みって何? どうやるの、楓」


「私に聞かれても……そもそも私は、ご存知の通り、表情に乏しいもので……」


「えー? じゃあ……えいっ!! こしょこしょこしょこしょ!!」


 茜は突如オレの脇に手をやると、こしょこしょと擽ってくる。


 オレはその感触に、思わず吹き出してしまった。


「ぷっ、あははははっ、や、やめてください、ちょ、こそばゆいです!!」


「え? それ、笑ってるの? 全然表情動いていないんだけど? 小さく笑っているようにしか見えないんだけど?」


「あははははっ、こ、この!! いつまでやってるんですか!!」


 仕返しと、今度はオレが茜の脇に手を忍ばせようとする。


 すると茜は即座に身を引き、あっかんべーと、舌を出してきた。


「残念でした。そう簡単に反撃されるあたしじゃないわよ?」


「くっ!! じゃ、じゃあ、こうしてやります!!」


 オレは茜の頬を両手でギュッと軽く引っ張った。


 すると茜はジト目でこちらを睨み付けてくる。


「何すんのひょ」


「仕返しです。これならば、自然な笑みを浮かべることができるんじゃないでしょうか? 茜さん?」


 ムッとした表情を浮かべると、茜がオレの頬を引っ張って来た。


「何するんえひゅか、茜ひゃん」


「お返しひょ。これなら無表情のあんたでも、幾分かマシなんひゃないかひら?」


 睨み合う両者。そんなオレたちに対して、カメラマンは、困ったように笑みを浮かべた。


「あ、あの、二人とも、宣材写真を―――」


「すいません、カメラマンさん。ちょっと思い付いたことがあるので、私が指示を出しても良いですか?」


「え? あ、はい、どうぞ?」


 瑠奈さんはカメラマンさんの横に並ぶと、腰に手を当て、こちらに声を掛けてきた。


「楓ちゃん、茜ちゃん、遊んでないでちゃんと真面目に宣材写真を撮ってください! メッ、ですよ!」


「あ、はい、すいません、瑠奈さん」「ご、ごめんなさい」


 二人でしゅんとなり、オレたちは同時に頭を下げる。


 そんなオレたちに、瑠奈さんはクスリと笑みを溢すと、再び口を開いた。


「じゃあ今度は、背中合わせで写真撮ってみましょうか。あっ、表情は作らなくても良いです。そのままで、自然体で良いです。視線だけカメラに向いているなら、会話しても構いませんよ」


「? はい、分かりました」「分かったわ」


 二人で背中合わせになり、カメラへと視線を向ける。


 すると茜がカメラに視線を向けたまま、小さく声を掛けてきた。


「……あんたのせいで怒られちゃったじゃない、楓」


「私のせいですか!? 元はといえば、茜さんが私の脇を擽ってきたせいで―――」


「うるっさいわねぇ。これから宣材写真を撮るってのに、顔引っ張ったあんたが悪いのよ。百、あんたが悪い」


「む……それは確かに、そうかもしれませんが……」


 むすっとした表情を浮かべていると、ふいに、横から茜が真面目な様子で話し掛けて来た。


「……ね、楓。あたしたちで必ず、芸能界の頂点を取ってやるわよ。その他の有象無象に知らしめてやりましょう。あたしたち二人が、どれほどの存在であるかを、ね」


「はい。私たち二人で必ず頂点に行きましょう、茜さん」


「ええ。……前にも言った通り、あたしたちの目指すべき場所はアイドルじゃない。あたしたちが本当に目指すべき境地は―――役者の頂点よ。あたしたち二人でこの世界に名を刻み、最果てに行くの」


「最果てには……いったい、何があるのでしょうか?」


「この道の先の、最果てに居るのは、太陽の役者『柳沢楓馬』よ。あいつは……あいつは絶対にまたここに戻って来る。あたしはそう信じている。だって、あいつとの夢は……まだ、終わっていないんだから」


「……」


 夢、か……。


『――――――柳沢 楓馬……いいえ、フーマ!! いつか、絶対に、あんたにあたしを認めさせてやるからんだから!! この先の未来で、役者の頂点に立つのは、あんたとあたしよ。あんたが日本アカデミー賞で主演男優賞、あたしが主演女優賞を取る。そしてその後も、お互いに競い、戦い続けて行くの。これからの芸能界を牽引していくのは、あたしたちよ、フーマ!!』


 子どもの頃、初めて会った時に、茜はオレにそう宣言してきた。


 とても一方的な要求だった。オレは彼女のその夢に同意した覚えは一度も無いし、頷いたこともない。


 だけど、そうだな。オレが日本アカデミー主演男優賞、茜が日本アカデミー主演女優賞を取る。


 オレたち二人で同時にその賞を取ってやるというのも……悪くはないものかもしれないな。


「……茜。やれるよ、オレたちなら。いや……お前となら、きっと」


「――――――え?」


「撮りますよー! 3,2,1!」


 パシャリ。


 カメラのシャッターオンが鳴り、撮影が終わる。


 その後、二人で並んで撮った宣材写真を見てみると、そこに映っていたのは―――背中合わせで不敵な笑みを浮かべる、オレと茜の姿だった。

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