月代茜ルート 第27話 女装男、アイドルのグループ名を決める。


「さてさて! ではさっそく、私たちの事務所に向かいますよー! 楓ちゃん、茜ちゃん!」


 寮を出ると、秋葉瑠奈さんは元気よく歩道を歩いて行く。


 オレと茜は困惑しながらも、そんな彼女の後をついて行った。


 その時、横から茜がこっそりと、声を掛けてくる。


「……ねぇ、楓。本当にあの小さい人が……これからあたしたちのマネージャーになるの?」


「どうやら、そうみたいですね」


「何か、不安なんだけど。あの人、ちゃんとマネージャーできるの? 有栖の奴、適当な人間を寄越してるんじゃないわよね?」


「まさか。流石に、そんなことは無いと思いますが……」


 そう口にしつつ、スマホを開く。そしてオレは、有栖へとメッセージを打ち込んでいった。


『―――有栖さん。秋葉瑠奈さんがこちらに来たのですが、彼女が私たちを担当するマネージャーさんなのでしょうか?』


 そう送ると、すぐに既読が付き、メッセージが返って来た。


『そうですよぉ。傍にいると何かとウザいですから、厄介払いとしてぇ、貴方たちのマネージャーに付けることにしたんですぅ。東京に居れば有栖とも顔を合わせなくて済みますしぃ。有栖、そのロリババア、大っ嫌いなんですよねぇ』


「……厄介払い、なのかよ……」


 思わず素でそう呟いてしまう。


 これからオレと茜は芸能界に進出し、将来の岐路に立たされるというのに……マネージャーが厄介払いという適当な理由押し付けられた人物だなんて、本当に大丈夫なのか?


 オレがそう、不安げにスマホの画面を見つめていると、こちらの心情を察したのか。

 

 有栖が再び、メッセージを送って来た。


『とはいっても、秋葉瑠奈は、有栖の配下の中では一番優秀な人材ですから。その点は安心してくださいねぇ。私のような、凡人のコンプレックスを持つ人間には、心底ウザくてたまらなくなるくらいには……その女は優秀です。まっ、好きに使ってください。大体の事はこなせますから』


 ……一番優秀な人材、か。


 オレは、前を歩く秋葉瑠奈の背中を見つめる。


 彼女は、香恋のメイドである玲奈と姉妹だと言っていたが……性格も顔も、オレの知っている玲奈には似ても似つかないな。


 玲奈は冷たい印象のする顔をしているが、彼女はむしろ明るい性格をしている。


 ……どちらかというと、そうだな。


 瑠奈さんは、オレに銃を突き付けてきた、花ノ宮樹の配下―――秋葉里奈に似ているな。


 そう、瑠奈さんに対して思考を巡らせていると、彼女はこちらに振り向き、笑みを見せて来た。


「楓ちゃんと茜ちゃんは、何で、アイドルさんになりたいのですか?」


 その質問に、茜は首を傾げ、開口した。


「アイドル? あんた、有栖から何も聞いていないの?」


「そうなんですよ。瑠奈は、有栖ちゃんから二人のマネージャーになって事務仕事をしてきなさい、としか言われてないんです。だから、お二人がアイドルを目指す理由もいまいちよく分かっていません」


「……はぁ。あたしたちはね、アイドルじゃなくて、役者を目指しているのよ。アイドルはただの通過点にしかすぎないわ」


「? どういうことなんでしょうか?」


「仕方ないわねー……」


 茜はやれやれと肩を竦めると、オレたちが何故アイドルを志したのか一から説明し始めるのだった。





「……なるほど。お二人は、役者の頂点を目指すために、集客効果のあるアイドル活動を……」


 一通り聞き終えると、瑠奈さんは顎に手を当て、考え込む。


 そして、隣を歩くオレたちに視線を向けると、ウィンクをしてきた。


「今の時代、宣伝というのは、様々な手段があります。SNSなどでバスるも良し、歌の動画を出してみるも良し。インターネット社会が発達した現代において、現状素人でも、芸能界に進出するチャンスは山ほど転がっているものです。勿論、それらの行動でプロになるのは、簡単な道のりではありませんが」


「なるほど、SNSや、動画投稿サイト……確かに、そういった手段もありますね」


「はい。ですがお二人は芸能事務所に所属するプロのアイドルです。ですから、インターネット頼りで集客をするプロデュースは、私は推奨致しません。勿論、あるに越したことはないので、お二人には今日からさっそくヨーチューブアカウントとトイッターのアカウントを制作してもらいますが」


 先ほどまでの子供らしい様相とは打って変わり、瑠奈さんは理路整然とプロデュース方針を語って行く。


 仕事となると、人が変わる人なのだろうか? 急に、できる人のように思えて来た。


「そうですね……今日は、お二人のアイドルのグループ名を考え、その後、宣材写真を撮りに行きましょう。後日、その宣材写真を元に、私がいくつか仕事を取って来ようと思います。その間、お二人はヨーチューブで新人アイドルとして自己紹介動画を投稿してください。あと、明日から歌とダンスのレッスン指導も受けてもらいます。アイドルは歌を歌えなきゃ話になりません。お二人は、歌の自信は如何ほどで?」


「あたしは、正直、自信ないわ。音痴って程でもないとは思うけど」


「右に同じくです」


「なるほど、そうですか。通常、うちの事務所では新人アイドルが新曲を取るまで、1~2ヶ月間掛かるみたいです。デビュー時のブーストで、どれだけファンを付けられるかが今後の鍵ですね。極論を言えば、歌唱力は聞ければ良い程度で十分だと思います。結局はCD発売までにどれだけの知名度を稼げるかが勝負の要になりますから」


「……最初の知名度稼ぎが、勝負の要……」


「はい。……っと、事務所に到着しました。続きは、中でお話しましょう」


 そう口にして、瑠奈さんは立ち止る。


 オレも立ち止り、目の前に聳え立つビルを仰ぎ見た。


「ここが、有栖さんが所有する、事務所―――花ノ宮芸能事務、ですか」


 想像したよりも大きなビルだ。流石は花ノ宮家の令嬢なだけあって、多くの金を注ぎ込んでいるな。


「では、行きますよ~! 楓ちゃん、茜ちゃん!」


 元気よく、ビルの中に入って行く瑠奈さん。


 ―――その後、ビルの警備員に止められた瑠奈さんが、この会社の新人マネージャーだということを理解してもらうのに、三十分程を有したのだった。


 まぁ、あの見た目じゃ……仕方ないよな……。









 花ノ宮芸能事務、四階。エレベーターを乗って辿り着いたそこは、待合室のようになっていた。


 それぞれの部屋が個室のようになっており、入り口付近には、ドリンクバーが設置されている。


 オレと茜はキョロキョロと辺りを見渡しながら、前を歩いて行く瑠奈さんに大人しくついて行った。


 瑠奈さんの案内で、オレたちは「三番」と書かれた待合室の個室の中に入る。


 そして、パイプ椅子を引くと、長テーブルの向かい側の席に座った瑠奈さんと、向かい合う形で席に付いた。


「じゃあ、さっそく、お二人のアイドルグループ名を決めましょうか! 何か、候補はありますか?」


 瑠奈さんはそう言ってテーブルの上にメモ帳を出して、ボールペンをカチリと押す。


 グループ名、か……。何だかんだ言って、ここが一番難しいかもしれないな……。


 何よりセンスが問われるし、かと言って奇抜すぎるものは、忌避される恐れもある。


 腕を組んでうーんと悩んでいると、茜は瑠奈さんに対して口を開いた。


「前から考えていたことがあるの。ちょっと、メモ帳貸して貰っても良い?」


「良いですよ。はい、どうぞ」


 瑠奈さんからメモ帳を貸して貰うと、茜は、そこに二つの名前を書く。


『如月楓』『月代茜』


 それは、何の変哲もない、オレたちの名前だ。


 その行動に訝し気に首を傾げていると、茜は、両方の名前の一部分に赤丸を付けた。


『如(月)楓』『(月)代茜』


 二つの月の文字の部分に、丸を付ける。


 そして茜は顔を上げると、ニコリと、瑠奈に微笑みを向けた。


「あたしたちは、これからの芸能界を明るく照らす二つの月よ。だから―――【ダブルムーン】、というのはどうかしら」


 その言葉に瑠奈さんは微笑を浮かべ、コクリと、頷きを返した。

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