月代茜ルート 第21話 女装男、寮生と過去を打ち明け合う。
「だ、誰も、いませんよね~……?」
脱衣所に恐る恐ると入ってみるが、そこに人影の気配は感じられない。
次に、大浴場内も覗いてみるが、もぬけの殻。
オレはその光景に、思わず安堵の息を吐いてしまった。
「よ、良かった……。中に誰かいたら、罪悪感やばかったわ……」
額の汗を拭い、ふぅと、もう一度大きく息を吐く。
そしてオレはウィッグを外し、衣服を脱ぎ、脱衣カゴの中に入れた。
何か、改めて考えると、アイドル候補生の寮に女装して潜入しているとか、本当に変態みたいな行為しているな、オレ……。
いや、今までの女子高に潜入していた時点で、同じようなものか。
「……一応、保険のために、タオル……付けておくか」
バスタオルを胸元まで隠すように着用し、頭にも、巻いておく。
こうすることで、万が一誰か入って来た時でも、ギリ、男であることを隠し通せると思うが……いや、厳しいか? 胸もなくなってるし、髪の量も明らかに減っているからな。
洞察力が高い人間には、一発でバレることになりそうだ。
「まぁ、何でも良い。今はさっさとシャワーで汗を流して、ここからおさらばするとしよう」
オレはそうして三度目のため息を吐き、そのまま大浴場の中へと入って行った。
何事も無く髪と身体を洗い終えた後。
人が来る気配も無かったので、風呂に入ることを決める。
浴槽にザパンと入り、ふぅと息を吐いた後、今更だが、あることに気付く。
いや、これは……ものすごく、変態的なことなのだが……。
その、オレも童貞なので、こういうことにはすぐに気が付いてしまうのだが……。
女子寮ということは、この風呂の残り湯は、皆が使った後―――ということだよな……?
「……なんて変態的なことを考えているんだ、オレは……」
柳沢楓馬よ。お前、もう少し立場というものを弁えろ? な?
この湯で顔を洗ったらどうなるのかとか、変なことを考えるんじゃない。な?
「……さっさと上がって、寝るとするか。ふわぁ……明日も早いしなぁ……」
そう考え、湯舟から出ようと思った―――その時。
脱衣所の方で、ガララと、引き戸の開く音が聴こえて来た。
オレは急いで浴槽の縁に置いてあるバスタオルを手に取り、身体に身に着ける。
頭の方は、既に巻いてあるので大丈夫だ。
……少し、マナー違反かもしれないが、背に腹は代えられない。
バスタオルを着用したまま、オレは再び湯舟に浸かった。
身体が見えないように、深く、腰を屈ませて。
「――――――あれ? 楓ちゃん?」
「……最悪だ」
大浴場に現れたのは、何と、バスタオルを巻いたセクハラ大魔神の『霧島 菫』だった。
そして、彼女が手を引いているのは、夕飯の席にもいた、黒澤今宵だった。
今宵はオレの姿を視界に捉えると、すぐに菫の背後に隠れてしまう。
そんな彼女の姿に、菫は呆れたように笑みを浮かべた。
「今宵、楓ちゃんは別に貴方に何かしようとする、悪い人じゃないのよ? 安心して、ね?」
「……うぅぅ……」
オレに対して、怖がった様子を見せる今宵。
怖がっているのならすぐさまこの場からいなくなるのでゆっくりどうぞ、といきたいところなのだが……このぺしゃんこになった胸を見られたら、勘付かれそう、だよなぁ。
どうしよう……いったい、どうしたら……。
「これも良い機会だわ。今宵、楓ちゃんと仲良くなりましょう? 私たち以外にも慣れておかないと、今後、大変よ」
「……」
恐る恐ると言った感じで、今宵はコクリと頷く。
オレはというと、どうしたら良いのかまるで解決策が見つからず、頭をショートさせかかっていた。
「? 楓ちゃん? 何でそんな隅っこにいるの? もっと近くで私たちとお話しましょうよ?」
「い、いえ、その……これには深いわけがありまして……」
身体を洗い終え、浴槽に入って来た菫と今宵から逃げるようにして、オレは浴槽の端で背を向ける。
すると、背後から、ぐふふふという邪悪な笑い声が聴こえて来た。
「あっ、もしかして、私にセクハラされると思って逃げているのかしら? ウフフフフ、可愛い子ね。だったらお望み通り、おっぱい、もみくちゃにしてやろうかしらぁ……?」
「ひぃぃっ!? それだけはどうか、御勘弁を!!」
「あら、本気で私のセクハラが怖かったの? フフッ、冗談よ。嫌がる子を襲うのは趣味じゃないわ。だから……ね? 近くでお話しましょう?」
「…………はい」
オレは諦め、二人の近くへと向かって行く。
勿論、その身体を目に入れないように、顔を俯かせながら、だ。
「む!」
突如、菫が、驚きの声を上げる。
オレはその声に思わず、肩を震わせてしまった。
「!? ど、どどど、どうかしましたか?」
「んー、やっぱり楓ちゃんって、お肌が真っ白で綺麗よね。クォーターって言っていたわよね? 御祖父ちゃん? お婆ちゃん? は、何人だったの?」
「祖母が、アイルランド人でした……」
「そうなんだー。……ナデナデー、わわっ、すっごいスベスベー」
「ひゃうっ!? ちょ、セクハラしないって言ったじゃないですか!?」
「腕を触っただけよ。いやー、にしても、本当にお人形さんみたいで綺麗ねー。ね、今宵もそうは思わない?」
菫のその言葉に、今宵は「ん……」と小さく声を漏らす。
どうやら、同意しているようだ。
「ねー。これじゃあ、男の子も放っておかなかったんじゃない? 以前の学校ではどんな感じだったの?」
「以前は、女子高だったもので……」
「あっ、そういえば、花ノ宮女学院とか言っていたわね。いいなー。私も高校行ってみたかったかも」
「え? 高校、行ってらっしゃらないのですか?」
その言葉に、思わず、顔を上げてしまう。
すると菫さんはニコリと、笑みを浮かべた。
「うん。私、今はこんな感じだけど、昔はすごいヤンチャしてたの。所謂不良少女って感じ? おうちが、それなりに厳しくてね。みんな勉強ができて、才能のない私ばっかりが、見下されていた。それで、街の中フラフラしていたら、家から絶縁を言い渡されちゃったのよ」
「菫さんが、ですか?」
「そうよ。ほら、胸のところにタトゥーあるの見える? これも若気の至りで掘っちゃったって奴かしら」
「……見れません」
「え? あははは! 可愛いなぁ、楓ちゃんは! まるで初心な男の子みたいだわ!」
「うぐっ!」
その確信を突いた言葉に、思わず呻き声を漏らしてしまう。
だが、菫さんは気にした様子も見せず、今宵に視線を向け、優しい声色で口を開いた。
「この子も、雅美さんの説明にあったように、私と同じでおうちが無くなってしまった子なの。だから、何か、親近感湧いちゃってね。いつもはあずさが面倒を見ているんだけど、あずさは寝るの早いからさ。だから、夜型のこの子の面倒は、同じく夜型の私が見ているってわけ」
「そう、だったのですか……」
「ここの寮に住む子は、私と今宵を含めて、みんな、何かしら社会から見放されて、逃げ場を失ってしまった子ばっかりなんだ。そんな私たちを拾い上げて、アイドルを目指さないかって言ってきたのが、有栖社長。同じ歳なのに、あの人は本当に凄いわ。花ノ宮芸能事務所の人間で、あの人を尊敬していない人は、いないんじゃないかしら」
「……」
最初は、有栖からは小悪党のような気配を感じていたが……あの女、やっぱり、良い奴だな。
オレの腹に怪我を負わせた花ノ宮幸太郎の娘でありながら、随分と普通の、優しい子のように思える。
香恋と有栖。もし、この二人が、次代の花ノ宮家の当主として、就いてくれたのなら……。
今の悪鬼犇めく花ノ宮家が、大きく変革を遂げるのかもしれない。
「……楓も、ここに来たから……何か……辛いことが、あったの?」
そう声を掛けて来たのは、今まで菫の背後に隠れていた、今宵だった。
今宵は伸ばしっぱの長い髪の毛の奥から、こちらにジッと、黒い目を向けてくる。
オレはそんな彼女に微笑を浮かべ、開口した。
「そうですね……私は幼い頃に母を病で亡くし、その後、妹と共に父に捨てられました。まぁ、お二人と同じように、両親はいませんね」
「やっぱり、楓ちゃんも辛い過去がある感じなのねー。もしかしたら、茜ちゃんも?」
「いえ……彼女は多分、違う……と思います」
よく考えて見たら、オレは、茜の背景をまったく知らなかったな。
東京に実家があって、今年から仙台で一人暮らしを始めたことしか、情報がない。
あいつ、役者以外のこと、語らなすぎなんだよな……。
「……さて。私たちは、そろそろ上がるとするわ。楓ちゃんはどうするの?」
「あっ……わ、私はもう少し入っていようかなと、思います……」
「? そう? 顔、紅くなってるけど、大丈夫? のぼせてない?」
「平気です……はい……」
そう口にすると、菫と今宵はキョトンとした表情を浮かべた。
その後、二人が去った後、オレはのぼせてフラフラになりながらも、何とか大浴場から上がることができた。
無事、ベッドに入れたのは、午前三時過ぎ……これからの寮生活が、思いやられるばかりだ。
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