月代茜ルート 第18話 女装男、セクハラ女と出会う。



「……アンリエットさん、貴方が、花ノ宮法十郎が言っていた……柳沢楓馬の婚約者、だったのですか……?」


 俺は思わず、その場で硬直してしまう。


 そんな中、唖然とした様子で隣に立っていた茜はハッとし、わなわなと、小刻みに身体を振るわせ始めた。


「あ、あんたが、フーマの、こ、こここ、婚約者……? う、嘘よ、ね……?」


「? フーマっていうのは、ヤナギサワフウマのこと? だったら、嘘じゃないよ。去年、御祖父ちゃんが花ノ宮家のご当主様と、正式に婚約を結んだらしいからね。まぁ……私は見ず知らずの人と結婚するのが嫌で、逃げてきちゃったわけだけど」


 そう口にして、アンリエットは「あはは」と、困ったように頬をかく。


 茜は、そんな彼女に近寄ると……ガシッと、アンリエットの肩を強く掴んだ。


「あんたッッ!! フ、フーマとは絶対に結婚するんじゃないわよ!! というか、フーマと会っちゃ駄目よ!! そのまま逃げ続けて、他の適当な男とデキちゃいなさい!! 良いわね!!」


Oh là làオララー ? 何で会っちゃ駄目なの? あっ、もしかして、超絶イケメンだったりする? 顔で恋人を選ぶ気はないけど、逃げてきたの、ちょっと残念だったり?」


「ぜんっぜん、イケメンじゃないわ!! めちゃくちゃ不細工よ!! 在り得ないくらいの不細工!!」


 ……茜さんや。本人、後ろにいるのだから、その発言は止めて欲しいところです。


 オレもこんな格好をしているが、一応男の子なので、不細工は普通に傷付きます。悲しいです。


「? 何をモメているのかよく分からないけど……ほら、あんたたち、さっさと寮の中に入っちゃいなさい。まだ二人には、説明しなきゃならないことがいっぱいあるんだよ」


「あっ、はい、分かりました」


 雅美さんの案内で、オレたちは『若葉荘』の中へと足を踏み入れる。


 その間、茜はずっと、前を歩くアンリエットにガルルルと、唸り声を上げているのだった―――。





 『若葉荘』に入るや否や、廊下の奥からスラッとした身長の女性がこちらに向かって走って来た。


「あっ! アンリ! もうっ! どこに行ってたのっ! 探したのよっ!」


「スミレ? わぁっ、ちょっ!?」


 スミレと呼ばれた、腰まで伸びた翡翠色のロングヘアーの少女は、アンリに抱き着くと、彼女の豊満な胸に頬ずりし始める。


「ぐふふふ、やはり、アンリは良いものをお持ちですなぁ~。極楽極楽~」


「ちょ、もう、見境なくセクハラするの止めてって! 私、貴方と違ってノーマルなんだから!」


「良いではないか、良いではないか~……ん? 見知らぬ人がるいわね?」


 アンリから離れ、彼女は顔を上げる。


 何処か、ダウナーな印象のある、色気のある女性だ。


 彼女はぼんやりとした目で、茜、次にオレへと視線を向ける。


 その瞬間、目を見開き、突如興奮した様子を見せた。


「き、金髪の……白人の、お、おんにゃのこ……」


「へ?」


「めちゃくちゃタイプの、ずっと、抱いてみたかった金髪の白人ちゃん……!! はぁはぁ……あの、初対面で失礼ながら、おっぱい、揉ませてもらっても良いでしょうか……!!」

 

 手をわきわきとさせながら、スミレと呼ばれた少女はこちらににじり寄って来る。


 いや、何か、この人……怖いな? 


 こう、グイグイ来るタイプは銀城先輩で経験住みだったが、あの人は、紳士的だった。


 だが、この人は違う。この人は―――完全にオレのことを、獲物として、捉えていた。


「こら、やめなさい、年中色情狂。初対面の女の子に、手出すんじゃないの」


 アンリエットにポカンと頭を叩かれ、スミレはしゃがみ込む。


 そして彼女は涙目で顔を上げると、フフフと、アンリエットに対して笑みを向けた。


「あら、嫉妬かしら、アンリちゃん。安心して良いわよ。貴方もこの金髪の白人ちゃんも、いずれ私のベッドの中で濡れ濡れのビチョビチョになるのだから。私、女の子を泣かせるテクだけは一流なのよ?」


「あーもう、この変人は……。二人とも、これから気を付けてね。こいつ、ガチのレズだから」


「レズ……」


 そう口にして、オレは、目の前でしゃがみ込んでいるスミレに視線を向ける。


 すると彼女は、立ち上がり、優雅に長い髪の毛をパサッと、靡いてみせた。


「心配しなくても良いわ。私、見境なく女の子を襲ったりはしないから。今は、抱いたことのない、外国人の女の子を喰べた―――いいえ、外国人の女の子に夢中だから。そこのツインテールちゃんまで、抱く気はないわ。私の腕は、二つしかないからね! うふふふふふっ!!」


「……何、この人。まさか、この分けの分からない女も、アイドル候補生だったりするの……?」


 そう、隣から、茜が声を掛けるてくる。


 オレはそんな茜に、引き攣った笑みを返すことしかできなかった。




「それじゃあ、私は、晩御飯の支度するから。アンリエットとすみれは、二人を部屋に案内してくれるかい? はい、これ、二人の鍵ね」


「うん、分かったよ、雅美ちゃん」


 アンリエットが元気よく返事をすると、雅美は、廊下の奥へと進んで消えて行った。


 その後ろ姿を見送ると、アンリエットが振り返り、こちらに満面の笑みを見せてくる。


「じゃあ、私についてきて! 君たちの部屋は、三階のお部屋だよ!」


「あ、はい、分かりました」


 階段を登って行く、アンリエットとスミレ。オレと茜はキャリーバックを両手に抱えながら、二人について行く。


 玄関口から入って分かっていたことだが、どうやらこの家はマンションというよりは共同住宅のシェアハウスに近い造りに近いみたいだな。


 雅美さんがここを「寮」と呼んでいたことからも、普通のマンションとは違うように思える。


 確か、シェアハウスというのは、キッチンやリビング、バスルームなどを入居者同士で共有し、プライバシー空間として個室を利用する形の物件を指すものだった。


 アットホームな、シェアハウス型の物件。……正体がバレる確率がぐんと上がったような気がするな。


 そう、これからの生活に思考を巡らせていると、前を登って行くスミレが、こちらを振り返った。


「そういえば、名前、聞いてなかったわよね。私は、霧島 菫きりしま すみれ。年齢は17歳よ。高校二年生」


「あっ、一つ学年が上の方だったんですね。すごく大人っぽかったので、もっと年上の方かと思いました。私は、如月楓と申します。年齢は15歳です。二か月後の12月で、16歳になります」


「あたしは、月代茜。年齢は16」


「楓ちゃんと、茜ちゃんね。あら? 楓ちゃん、名前は日本人っぽいけど、外国の人ではないの?」


「これでも、クォーターなんです。国籍は日本ですよ」


「あら、そうなの。フフフ、よろしくね。困ったことがあったら、何でもお姉さんに頼ると良いわ」


「……二人とも、スミレには本当に気を付けた方が良いよ。この子、セクハラ大魔神だから」


「クスクス。アンリ、男が女の子の胸を揉めば、それは当然、セクハラになるのだろうけど、女の子が女の子の胸を揉んでも、セクハラにはならないのよ。百合は世界を救う尊いもの。みんな、『キマシタワー』と言って、喜ぶんだから」


「いや、女の子同士でもセクハラになるからね? 何言ってるの、君は?」


「あぁ……楓ちゃんとアンリを両脇に挟んで、眠ってみたいわ~。アンリの大きなおっぱいと、楓ちゃんの小ぶりなおっぱい……ぐふふふ、どちらも甲乙付け難いわね……」


「スミレ、鼻血出てるよー、鼻血ー。拭きなー」


 祈るように手を組み、恍惚とした表情を浮かべながら階段を登って行く菫。


 それを、呆れたように肩越しに見つめる、先頭を登って行くアンリエット。


 何というか……陽菜と花子を思い出すようなやり取りだな。


 花子の突拍子もない言葉を、陽菜がすかさずツッコミを入れる。


 この二人の関係性は、それに近いように思える。


 まだ、東京に来たばかりだというのに、オレは……思わず、花ノ宮女学院での友人たちが、懐かしくなってしまった。






「着いたよー。この両隣りの二部屋が、アカネとカエデのお部屋だよ」


 三階の右奥にある、並んだ二つの部屋。


 どうやらここが、オレと茜の部屋らしい。


 オレは、アンリエットから鍵を受け取り、中に入ってみる。


 部屋の中は、至ってシンプルな1Kの部屋だった。


 一部屋の中に、キッチン、トイレ、バスルームが設備されているのが見て取れる。


 もし、シェアハウス型で、バスルームとトイレが共同だったらどうしようかと思っていたが……とりあえず、恐れていた懸念は消えてなくなったようだ。


 共同バスルームとか、女装している身のオレには地獄そのものでしかないからな。


 それに、ここは、アイドル候補生たちが多く住む寮だ。


 男だとバレた場合の危険度は……花ノ宮女学院でバレる時の比じゃないだろう。


 下手したら、ニュースに載り、全国で炎上騒ぎになることも避けられないと思う。


 やはり、以前よりも何倍も、正体がバレないように気を付けないといけないな。


「どう? 何か不備とかないかな?」


 玄関先に立ったアンリエットが、そう、背後から声を掛けてくる。


 オレは振り返り、そんな彼女にニコリと微笑みを浮かべた。


「とても素晴らしいお部屋です。不備など何もないですよ」


「それなら良かった。あっ、私、一応この『若葉荘』で監督生やってるから、困ったことがあったら、何でも言ってね!」


「ありがとうございます、アンリエットさん」


「アンリで良いよ。さっき、アカネにも言ったんだけど、一通り荷物片付け終えたら一階のリビングに来てね。午後七時くらいに、みんなで晩御飯食べるから」


「はい、分かりました」


「じゃあねー!」「フフフ、またね、楓ちゃん」


 アンリと菫はそう言ってドアを閉め、部屋から去って行った。


 オレは改めて、自身の部屋を見渡してみる。


 何も置かれていない、まっさらな部屋。


 ここから、オレのアイドル生活、もとい、役者の道が切り開かれる。


 ……女装男がアイドルになるとか、今考えて見てもよく分からないが、茜と共に芸能界の頂点を目指すと決めた以上、今は腹をくくるしかないな。


 オレは、まっさらな部屋の中を見つめ、これから始まる生活に、静かに想いを馳せた。


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