月代茜ルート 第17話 女装男、フィアンセに出会う。


《花ノ宮有栖 視点》


「……とりあえず、如月さんたちの方は、雅美さんに任せましたから……一先ずは大丈夫でしょう」


 警察署を出た直後。私は、スマホのメッセージ送信完了画面を見つめながら呟き、大きくため息を溢す。


 そして目の前に立つ男に視線を向け、クスリと、笑みを浮かべた。


「……まったく、どなたかは分かりませんがぁ、放火なんて、本当に非道いことをなさりますよねぇ。おかげで警察署で二日間も過ごすはめになっちゃいましたよぉう。事情聴取地獄で有栖ぅ、もうくたくたですぅ~」


 男は私のその言葉に何も返さず。そのままこちらに近寄って来た。


「今回は災難だったな、愚物。お爺様も心配されていたぞ」


「災難? 白々しいですねぇ。今回の一手は貴方の仕業でしょぉう? ―――花ノ宮樹さん?」


 私の前に立ち、威風堂々とした態度で腕を組み、こちらに微笑を向ける樹。


 彼はフンと鼻を鳴らすと、やれやれと肩を竦めた。


「悪いが、言っている意味がまるで分からないな。わざわざ、貴様を心配してここまで来てやったというのに―――まさか犯人扱いされるとはな。貴様のその知能の低さは昔と変わりないようだ」


「相変わらず素で人を見下している人ですねぇ? 貴方、自分がいかに糞な性格をしているのか分かってないんですかぁ? あぁ、分かりませんよねぇ? 樹さんはそもそも人として欠陥品ですからねぇ」


「ほう? 愚物が一丁前にこの私を語るか。興味深い。お前から見て、私は、どこが欠陥品なのかね?」


「貴方は、人間の感情が理解できない、サイコパスですからねぇ。人としての皮を被り、常に『普通の人』を演じている。……そもそも自分以外の人間を、同族とは思ってないんじゃないですかぁ? 周りの人間を家畜としか見ていない狂人が、花ノ宮家の当主を目指しているなど、笑わせてくれますよねぇ?」


 私がそう言葉をぶつけると、樹は面白そうに笑みを浮かべ、目を細める。


「面白い。愚物が、少しは洞察力を身に着けたようだな。いかにも、私は自分以外の人間は人間とは思っていない。だが、例外は存在する。私は、自分と同レベルの才能を持つ存在に対しては一定の敬意を払っていてね。まぁ、この私と似た思想『一を取るためならば全てを捨てる賢者』は、まだ、見たことが無いがね」


「? いったい何を仰っているのか、分かりませんねぇ。一を取るためならば全てを捨てる賢者?」


「貴様のような愚物には分からぬことだ。忘れると良い」


 そう口にして、樹は、胸ポケットからキャンディーを取り出すと、包装を剥き、それを口の中に放り込んだ。


 そして、飴を口の中でコロコロと転がすと、何処か機嫌が悪そうに、眉間に皺を寄せる。


「愚物と会話していると、どうにも苛ついてしまってね。糖分を欲したくなる。会話中に飴を舐めてしまって申し訳ない」


「チッ! いちいちうぜーこと言ってんじゃねぇよ、糞男。さっさと本題を言え!」


 そのあからさまなこちらを見下す態度に、思わず、素の自分を表に出してしまう。


 だが樹はどこ吹く風の様子で、平然とした様子で口を開いた。


「有栖。貴様……月代茜を自身の芸能事務所に招き入れたようだな?」


「お耳が早いんですねぇ。いったいどこからその情報を仕入れたのでしょうかぁ?」


「フッ、お前が芸能事務所でおままごとをするのを、私は止める気は一切ない。だが―――月代茜からは手を引け。これは命令だ」


 その発言に、私は平静を装いつつ、静かに思考を巡らせる。


 何故、樹は、嫌悪している私の元へ、わざわざ顔を出したのか。それも、見計らったように警察署から出るのを狙って。


 そして、何故、月代茜の名前がここで出てくるのか。彼女は単なる、香恋の実績を作る駒ではなかったのか。


 まるで樹の動向が読めない。私は、彼に対して問いを投げてみることにする。


「……何故、月代茜、なんですかぁ? うちには、如月楓も入ったんですよぉう? 実績を作られるのが嫌なら、二人から手を引け、が、正しい言葉なんじゃないのですかぁ?」


「やれやれ、面倒なものだな。これだから知能の劣る愚物は。この私の言葉に素直に従っていれば良いものを……」


 樹は小さくため息を溢すと、踵を返す。


 そして、そのまま、背後にある黒塗りの高級車へ向かって、歩みを進めて行った。


「有栖よ。いかに格の低いお前であろうと、この私に向かってくるのならば容赦はしない。叩き潰してくれる」


「……私は正直、もう、当主候補戦に興味が無くなっているのですが。それでも、この私と戦う気なのですか? 樹さん」


「貴様は、香恋と手を組んだだろう? 我が妹は愚かだが、奴の手中にある柳沢楓馬には、少し、気にかかることがある。あの法十郎が、自ら後継者候補に指名したくらいだからな。私にとって彼は、他の誰よりも危険な存在に他ならない」


「彼は、ただの役者、だと思いますけどぉ?」


役者だ。……まぁ、良い。有栖と香恋、そして柳沢楓馬。貴様たち三人を屠ってやるのもまた一興だろう。ぜひ、この私を愉しませてくれたまえ、烏合の衆の諸君」


 そう言葉を残し、樹は車に乗ると、警察署から去って行った。


 私はその姿にチッと舌打ちをする。するとその時、手に持っていたスマホが震え始めた。


 スマホの電源を点け、届いたメッセージを確認する。


 そこには、こう書かれていた。


『―――すいません、お嬢、捕らえていた秋葉里奈に逃げられました!!』










《如月楓 視点》



「着いたわよ。ここが、貴方たちがこれから住む寮―――『若葉荘』よ」


 車から降りる。すると、目の前にあったのは、趣のあるレンガ造りの家屋だった。


 ヨーロッパ調の五階建てのマンション。門柱には、オシャレなアンティーク調のランタンがぶら下げられている。


 壁にはツタが絡まり、鉄製の門の向こうには、入り口の道へ沿うような形で可愛らしくパンジーなどの花が咲いていた


 何というか、異国情緒溢れる、何処か懐かしい雰囲気のある家だ。


 これからオレと茜はここで、住むことになるのか……。


 茜と二人で並び、目の前の家に感嘆の息を溢していると、庭の奥でもぞもぞと動いている影を見つける。


 その影はふぅとため息を吐くと、立ち上がり、腰を伸ばした。


「あいたたた……やっぱり、土いじりは腰に来るね~~。……って、あれ?」


 こちらに気付いたのか、その影―――オレンジ色の髪の少女は、オレたちにキョトンとした顔を見せる。


 緑色の瞳に、人目見て外国人だと分かる鼻の高い顔立ち。


 その顔は、以前、どこかで見たことのある様相をしていた。


「貴方は……?」


「あれ? キミは……」


 ジッと、門越しに、オレと彼女は静かに見つめ合う。


 そんな時、背後から雅美さんが声を掛けて来た。


「そんなところでボサッとしてどうしたんだい? ……って、あぁ、アンリエットか。二人とも、紹介するよ。彼女は、あんたたちと同じアイドル候補生の、アンリエット・チェルチ・シャストラールだ」


「……シャストラール?」


 何処かで聞いたような名前だ。そう、自分に関わる何かで、晩餐会のあの日、法十郎からその名前を聞いたような―――。


「あぁーっ!! 思い出した!! キミ、以前、食堂のカップラーメンの自動販売機で助言くれた子だー!!」


「食堂の、自動販売機……? ……あ、あぁっ!! そうだ!! 貴方は、あの時の納豆女!!」


「納豆女っ!? 私、結局あの時納豆ラーメンは食べていないよ!?」


 花ノ宮女学院に入学したての、初日。


 オレは穂乃果に連れられて、花子や陽菜と初めて会い、花ノ宮女学院の食堂で昼食を摂ることにした。


 その時に、食堂の食事は高いからと、カップラーメンの自動販売機に向かったのだが……その自動販売機の前で、オレは、この異国情緒溢れる白人の少女と出会ったのだ。


 あまりにも古い、過去の記憶。半年も前のことなのに、よく、覚えていたものだな、オレも彼女も……。


「? 何、この子、楓の知り合い?」


「まぁ、そうですね……知り合い、ですかね……?」


 そう茜に答えると、アンリエットと呼ばれた少女は門を開け、オレの傍に近寄って来る。


 そしてオレの手を握ると、ニコリと微笑みを浮かべた。


「まさか君が、新しく入って来る候補生だったなんてね! 何か、運命感じちゃうな! あっ、さっき雅美さんに紹介されたけど、一応、自己紹介させてもらうね! 私は、アンリエット・チェルチ・シャストラール! 実家はこれでもフランスの旧華族なんだ! おうちの意向で、日本の財閥の御曹司と結婚するためにここに来たんだけど……日本のアイドルになる夢が諦められずに、逃げ出してここに来ちゃったんだ! よろしくね!」


「……財閥の御曹司と、結婚……?」


 ……そういえば。法十郎の話によると、オレには、フランス人の婚約者がいたとか何とか……言っていたな?


 いや、まさか……そんなわけはないよな? こんな偶然、あり得るわけが……。


「……ひとつ、変なことをお聞きしますが……その、日本の財閥の御曹司というのは、いったい、どこの家の人なんですか……?」


「んー? えっとねー、ハナノミヤ……とか言ってたかな? でも、婚約者の名前、ヤナギサワフウマとか、言っていたような……?」


「……は?」


 茜は、意味が分からないという表情で固まり、疑問の声を漏らす。


 オレも、こんな良く分からない状況で自身の婚約者と出逢い、思わず唖然としてしまった。


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