月代茜ルート 第8話 女装男、モテる。


「―――それで、これからのことなんだけど……楓。あんた、あの有栖とかいう女のこと、どう思う?」


 学校へと続く坂道を登っていると、ふいに、隣から茜がそう声を掛けて来た。


 オレはそんな彼女に首を傾げ、疑問の言葉を返す。


「どう、とは?」


「今更だけど、あいつが、信用できるかどうかってことよ。まぁ……方々で圧力を掛けられているあたしにとって、所属できる事務所なんて、現時点ではあそこしかないと思うんだけどさ」


 そう口にして大きくため息を吐くと、続けて茜は言葉を発する。


「昨日言った通り、演技の仕事が貰えるのなら、あたし的には何でも良いわ。ただ、事務所ごとにプロデュースの方針とかってあるじゃない? あの女、確か昨日、あたしたちをペアで売るとか何とか言っていたわよね?」


「そう……ですね。確かにあの御方は私を勧誘する際に、茜さんとペアを組んでくださいと、そう言ってきましたね。その言葉から察するに……私たちをペア売りしていきたいと……考えているのでしょうか?」


「ペア売り、ねぇ。役者でペア売りだなんて、今まで一度も聞いたことがないんだけど。ペアで売るのって、二人組のアイドルとか、二人組のアーティストとか、あとは……お笑い芸人、とかかしら? 二人組の役者だなんて、聞いたことないわよ」


「強いて上げるとするならば、恋愛ドラマで主役とヒロインを演じて有名になった男優と女優、刑事ドラマのコンビもので有名になった主役二人……くらいのものですかね。ただ、主役を演じたからと言って、それがペア売りになっているかどうかは甚だ疑問ですが。基本的に、主役を演じた役者が同じ配役で他のドラマや映画などに出演することは、稀なものですから。せいぜい、バラエティー番組とかで呼ばれる程度のものでしょう」


「……あの女は、いったいどうやってあたしたちをペアで売っていくつもりなのかしら。疑問ね」


 顎に手を当て、思案気に俯く茜。


 確かに、ペア売りというのは、役者の世界では珍しいものだ。


 ほぼ、今までに無かった事例と言っても良いだろう。


 まぁ……今は考えても仕方がないことか。


 オレはコホンと咳払いをし、茜に向けて口を開く。


「放課後になったら、有栖さんが、書類を持ってくると言っていましたから……その時にでも、有栖さんに詳細を聞いてみるとしましょうか。今はそれくらいしか、情報を得る手段はありませんしね」


「そうね。その通りね」


 そう口にして、茜は肩を竦める。


 そして、その後、何故か彼女は周囲に鋭い視線を向け始めた。


「……ねぇ、楓。さっきから気になってたんだけど……これ、何なの?」


「? 何ですか?」


「周り、見てみなさいよ」


 訝し気に首を傾げつつ、オレも茜に習い、周囲の風景に顔を向けて見た。


 するとそこには、登校する花ノ宮女学院の女子生徒たちの姿があった。


 彼女たちはどこか頬を上気させた様子でオレの顔を見つめ、目が合うと、キャーッと黄色い声を上げ始める。


 ……なるほど、これは確かに不可思議な状況だな。


 常日頃、如月楓のファンと名乗る女の子からは、熱のある視線を向けられていたが……今日はいつにもまして、女子生徒たちの様子がおかしいように感じられる。


 その異様な光景に困惑していると、前方を歩く集団から、一人の女子生徒がこちらへと駆け寄って来た。


「あ……あのっ! 楓お姉さまっ!」


 こちらに近寄って来たのは、黒髪ロングヘアーの、大人しそうな印象を受ける少女だった。


 彼女はもじもじとした様子で身体を揺らし、俯きがちにチラリと、オレに視線を向けてくる。


 そして意を決した表情を浮かべると、深く頭を下げ、オレに握手の手を差し向けて来た。


「お姉さま!! ど、どうか、私と、文化祭のカップルイベントに出てくださらないでしょうかっ!!」


「え? はい……? カップル……イベント……?」


 その聞いたことも無い言葉に、思わず目をパチパチと瞬かせてしまう。


 そんな動揺するオレを他所に、先程からこちらに視線を向けていた周囲の女子生徒たちも、勢いよくこちらに近寄って来た。


「ずるい!! 抜け駆けなんて許せないです!!」


「お姉さま、どうか、この私と、伝説のカップルイベントに出てください!」


「いやいや、私と出てください!! お願いしますっ!!」


 数十人近くに囲まれ、身動きが取れなくなる、オレ。


 それは、隣にいる茜も同様の様子だった。


「ちょっ――何なの、これっ!! 押さないでよ!!」


「わっ! 月代さんもいるっ! 私、月代さんのツンツンしているところ、前から可愛くて大好きだったんです!! 私と一緒にイベント参加してくださいませんか!?」


「イベントって何よ!? ちょ、離れなさいよっ!!」


 女子生徒たちにもみくちゃにされるオレと茜。


 二人でどうこの窮地を乗り越えようと、顔を見合わせた――――その時だった。


「ピピーッ!! そこの方たち!! 如月さんと月代さんから離れなさい!!」


 ホイッスルを鳴らしながら、目の前に、桜岡会長が現れる。


 会長のホイッスルの音に、女子生徒たちはビクリと肩を震わせると、そのまましゅんとした様子でオレたちから離れていった。


 その光景に茜はゼェゼェと荒く息を吐くと、大きく声を張り上げる。


「な、何だったの、今の!? 何であたしたち、突然囲まれておしくらまんじゅうされなきゃいけないのよ!? 意味分からないわ!!」


「……毎年この時期になると、花ノ宮女学院で人気を集める生徒は、先ほどのようにファンの子たちに取り囲まれてしまうのですわ。……とはいっても、如月さんは、例年に比べてとてつもない人気のようですから……声を掛けてくる生徒も、例を見ないくらいに多いようですわね」


 そう疲れた様子で言葉を発すると、桜岡会長は、眼鏡を掛けた副会長を引き連れ、オレたちの前にやってくる。


 そんな会長に対して、茜は首を傾げ、疑問の声を溢した。


「何で、あんな大勢に取り囲まれなきゃいけないのよ!? というか、この時期って、何!? 何かあるの!?」


「来月、十月の末に、花ノ宮女学院で文化祭をやるのはご存知ですか? その文化祭で、学校一のイケメンと美少女を決める、ミスコンなるものがありますの。そのイベントは、通称、カップルイベントとも呼ばれており、男装した生徒と女子生徒が、ペアで参加する形式となっていますの。このイベントで優勝した二人は、その後、一日だけ、本当のカップルとして学園で過ごすことを義務付けられますわ。ですから……この時期になると、皆、想い人にこぞってアタックを仕掛けているんですのよ」


「へぇ……? そんなイベントがあったんだ。何というか、変なイベントね」


「わたくしも、こんな可笑しで不埒なイベント、正直どうかと思いますわ。とはいっても、わたくしは単なる生徒会長なだけですので、どうすることもできないのですが。……まったく、香恋さんはいったい何をやっているんですの……」


 そう言って会長は大きくため息を吐くと、そのまま校門を通って、学校の中へと去って行った。


 オレと茜は再び人が集まってくる前に、急いで学校の中へと入って行く。


 疲れた顔をしたまま、ロッカーの蓋を開けると、そこから大量の手紙が雪崩のように足元に降って来た。


 隣を見ると、茜も、オレほどではないにしろ、足元に何通か手紙が落ちてきていた。


 その光景を見て、オレと茜は顔を見合わせ、思わず引き攣った笑みを浮かべてしまう。


「……なんなの、これ」


「……どうしましょうか、これ」


 辺りに、何とも言えない空気が漂って行った。

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