月代茜ルート 第9話 女装男、お嬢様と久々に会話する。
――――四時間目が終わり、昼休み。
終業のチャイムを聞き終えたオレは、ふぅと短く息を吐き、軽く肩を回した。
すると、前の席に座っていた穂乃果がこちらに振り返り、緊張した面持ちで視線を向けてくる。
「あ、あの、お姉さま。お昼は……どちらで摂るおつもりなのでしょうか?」
「お昼、ですか? 普通に食堂で摂ろうかと思っていますが……」
「そ、そうなのですか……。あ、あの! 今朝は、その、お話の途中で月代さんに間に入られてしまったので、お誘いすることができなかったのですが……実は今日は、お弁当を―――」
「楓。お昼に行くわよ」
穂乃果と会話していると、いつの間にか、茜が割って入って来た。
茜にコクリと頷きを返した後、穂乃果へと視線を向ける。
「それで、穂乃果さん。お弁当が、どうかしたのですか?」
「……何でもないです」
穂乃果は席を立つと、お弁当袋を持ち、そのまま教室の外へと出て行ってしまう。
そんな彼女の後ろ姿を見つめていると、茜は顎に手を当て、困ったように眉を八の字にさせた。
「……もしかして、タイミング、悪かったかしら」
「いえ……これで、良いんだと思います」
「え?」
「何でもありません。行きましょうか」
サイフを持って、席を立つ。
……オレは、穂乃果が嫌いな『男』だからな。
彼女を傷付けないためにも、なるべく、距離を置いた方が良いだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「しかし……文化祭ごときでここまで盛り上がるとは思わなかったわ……」
そう口にして、茜はテラスのテーブル席に座り、紙パックのオレンジジュースちゅーっと吸う。
そんな彼女に笑みを溢しつつ、オレはサンドイッチを頬張る。
「もぐもぐっ……例の、カップルイベントのことですか?」
「そうよ。休み時間にトイレに行こうとするだけで話しかけられまくって大変だったんだから。本当、疲れた……放課後まで無事に生きることができるのかしら……」
そう言って項垂れる茜。
げっそりとした様子の茜を見つめていると、背後から声を掛けられる。
「あれ? お姉さまと……茜ちゃん?」
振り返ると、そこには、オムライスの乗ったトレイを持った、宮内涼夏の姿があった。
茜は紙パックを片手に持ったまま、驚いた表情を浮かべる。
「あれ? 涼夏? どうしたの、こんなところで?」
「どうしたのって、ご飯食べきに来たに決まってるでしょ?」
「いや、そういうことじゃなくって。いつも美咲や香澄とかと一緒にいるじゃない。何で一人なの?」
「あの二人は、今、食堂で食べてるよ。私は今日は何となく、紅葉を見ながらお昼食べたいなって思って、テラスに出てきただけ。お姉さまと茜ちゃんも、そんな感じでしょ?」
「いや、あたしたちは、大量に人が寄って来るから、人気のないテラスで食べてるのよ」
「人が寄って来る……? あぁ、カップルイベントのせいね」
そう口にして頷くと、宮内はオレの隣に席に寄って来る。
「お姉さま、お隣、よろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
「失礼しますね!」
嬉しそうにサイドテールを揺らし、隣に座る宮内。
そんな彼女に微笑みを浮かべていると、何故か前の席からゴツンと、膝を足蹴りされた。
「痛っ! な、何するんですか、茜さん!?」
「……べっつにー。何か、楓って、誰にも良い顔するんだなって思って。ムカツクって思っただけよ」
「えぇ……何ですか、その理不尽は……」
フンと鼻を鳴らし横に顔を向ける茜に対して引き攣った表情を浮かべると、隣から楽し気な様子で宮内が声を掛けてきた。
「入学当初は、お姉さまと茜ちゃんってすごい犬猿の仲って感じでしたけど、ロミジュリの劇を終えてからは一気に仲良しになりましたよね。何だか、見ていてとても微笑ましいです」
「何言ってるのよ。あたしと涼夏だって、入学当初は仲悪かったじゃない。というかあんた、美咲と香澄と三人であたしのこといじめてたじゃない」
「そ、そのことはもう言わないでって言ったじゃん、茜ちゃん! 私、本気で反省してるんだから!」
「どうだか。あんた、楓のこと悪く言う奴には未だに容赦なく陰口叩いてるじゃない。あたしのことも、まだ影で何か言ってんじゃないのー?」
「言ってないよ!! 私たち、もう親友だと思っているのに……酷いよ! 茜ちゃん!!」
「ふふっ、冗談よ、冗談」
「もーっ!!」
仲良く談笑をする茜と宮内。
オレが知らない間に随分と、茜は宮内と打ち解けることができたようだな。
入学当初は抜き身の刀のような茜だったが、今ではかなり丸くなったようだ。
以前とは大分変わることが出来た茜の姿に、オレは思わず、破顔してしまっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……はぁ。本当に今日は、酷い目に遭ったわ……」
放課後。終業のチャイムと共に、げっそりとした顔で、茜がオレの机の前に現れた。
オレは机の中の教科書などをスクール鞄に入れながら、クスリと、茜に笑みを浮かべる。
「その後も随分とモテモテの様子でしたね、茜さん。女優科の授業の後も、たくさんの生徒に声を掛けられているのを、遠くから見ていましたよ」
「見ていたのなら助けなさいよ! というか、あんたの方が色んな人に声掛けられていたじゃない! 何であんたは疲れていないのよ!」
「慣れていますから」
「うぇーっ、嫌味ったらしいわねぇ。流石は学園のお姉さま、ってところなのかしらねぇ?」
そう言って茜は、おえぇーっと、吐く真似をする。
オレはそんな彼女にクスリと笑みを溢した後、スクール鞄を肩に掛け、席を立った。
「さて、では、行きましょうか茜さん。有栖さんに話を聞きに行きましょう」
「分かったわ。……さて、あの女がいったいどんなプロデュース方針を提示してくるのか、今から見ものね!」
拳を手のひらにぶつけ、意気込む茜と共に、教室の外へと出る。
階段を降り、昇降口に辿り着くと、そこに珍しい人物の姿があった。
「あら。ようやく来たわね」
「……香恋?」
壁に背を付け、腕を組みながら小さく手を上げる香恋。
久しぶりに見る香恋の顔は―――どこかやつれている様子に見えた。
オレがどう香恋に声を掛けて良いか迷っていると、茜が「あーっ!」と大きな声を出して、香恋に対して指を指す。
「あんた! フーマの愛人の……花ノ宮香恋!!」
「愛人? あぁ、以前、彼の家で会った時にそう言ったかしら? ふふっ、久しぶりね、月代さん」
「久しぶりね、じゃないわよ!! あんたのせいであたし、花ノ宮樹とかいう奴に今、圧力掛けられてるのよ!! どこの事務所も受け入れてくれなくなっちゃったんだから!! ふざけんじゃないわよ!!」
「あぁ、そのこと。でも、貴方、有栖のところの事務所に所属することになったのでしょう? なら、問題無いんじゃないかしら」
「馬鹿言ってんじゃないわよ!! 圧力掛けられたってことは、例え事務所に所属できたとしても、多方面から仕事に影響してくるに決まってるじゃない!! あたし、何もしてないのに!! 花ノ宮家とかの御家騒動のせいで……本当に意味分からないわ!!」
「あら、思ったよりも頭が回るのね。意外だわ」
「馬鹿にするんじゃないわよ!!」
ガルルルルと唸り声を上げ、今にも香恋に飛び掛かりそうな様子を見せる茜。
オレはそんな彼女の前に立ち、茜が香恋に手を出さないように牽制する。
そして、香恋に顔を向けて、静かに口を開いた。
「……香恋さん。私たちが有栖さんの事務所に所属すること、既にご存知だったのですか?」
「勿論よ。というか、有栖が昨日私に連絡してきてね。貴方と月代さんが事務所に所属することをわざわざ教えてくれたのよ」
「そう、だったのですか。あの、連絡が遅れてしまったのですが、私は……けっして、貴方を裏切ったわけでは―――」
「フフフッ、何、申し訳なさそうな顔をしているのよ。私としては貴方が芸能事務所に所属することは、願ってもなかったことよ」
「……え?」
「昨日、有栖と会談して、同盟を組むことにしたの。だからあなたは、何も考えずに『如月楓』として役者の道を進み続けなさい。私が前に言った通りに、花ノ宮家のことは考えずに、ただ一心不乱に俳優として大成することだけを考えなさい。それが、私の……いえ、私たちの夢、なのだから……ゲホッ、ゴホッ!」
「香恋?」
突如咳き込み始めた香恋。
そんな彼女に近寄ろうとすると、香恋はオレを手で押しとどめ、ニコリと、微笑みを浮かべた。
「最近、忙しくて少し身体が弱っているの。心配しないで」
「……当主候補戦は、そんなに、大変なのですか……?」
「まぁ、そんなところね。でも、大丈夫よ。貴方のおかげで、有栖とも同盟を組むことができたのだし。あの子は本当にどうしようもない子だけど、昨日の会談で、昔のようなところも少しは残っていると理解できたから。あの子と二人ならば、きっと、当主候補戦も乗り越えられるわ。だから……貴方は、月代さんと一緒に、芸能界という海に飛び込みなさい」
そう口にしてチラリと茜に視線を送った後、香恋は再びこちらに視線を向けてくる。
「確かに、『如月楓』として売り出すには、それなりのリスクはあるでしょうけど……貴方ならば、世界の全てを騙しきることは可能でしょう? これから貴方の作り出すものを、画面の向こう側で楽しみにしているわ。頑張ってね、私の可愛いお人形さん」
そう言い残すと、香恋はそのまま廊下を歩いて行き、学校の奥へと消えて行った。
……香恋の奴、とても疲れているような様子だったな。
以前、玲奈が、香恋は手が離せない状況にあると、そう言っていたが……もしかして、疲労で倒れたりしたのだろうか。
茜と共に役者の道を歩むと決めた以上、香恋の力になることはできないだろうが―――あいつが前のように元気になることを、願うばかりだな。
「? 如月楓として売り出すにはリスクがある? あいつ、何を言っているの?」
不思議そうに首を傾げる茜。オレはそんな彼女にコホンと咳払いをした後、下駄箱へと向かい、ロッカーから靴を取り出す。
「さて、有栖さんのところに行きましょうか、茜さん」
「……そうね。今は、あいつのことなんてどうでも良いか……」
頭を横に振る茜。
そうしてオレと茜は靴を履き、そのまま昇降口から外へと出て行った。
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