月代茜ルート 第6話 女装男、シスコンを爆発させる。
「さてさて。話もまとまったとようなのでぇ、今日のところは有栖ぅ、この辺でお暇させていただきますねぇ」
そう口にすると、自身のスカートの両端を掴み、有栖はオレと茜にカーテシーの礼を取ってくる。
茜はそんな有栖の姿にムッとした表情を浮かべると、オレから離れ、彼女へとビシッと人差し指を突き出した。
「ちょっと待ちなさい! まだ、あんたのとこの事務所がどこにあるのか、どんなレッスン室があるのか、全然詳しい情報を聞けていないわよ! そもそも契約書すらも交わしていないし! まさかあんた、口頭だけであたしたちの事務所所属を決めるつもりってわけじゃないでしょうね!!」
「クスクスクス……勿論、書類等は後でしっかりサインしてもらいますよぉう? 諸々のお話はぁ、明日、あなた方の学校が終わった放課後にでもお伺いするつもりですぅ。後回しにしてしまって、ごめんなさぁい。有栖ぅ、今は、他にやるべきことがあるんですよぉう」
そう言った後、有栖は、自身の背後で倒れ伏しているスーツの女性へと視線を向ける。
そして、ニヤリと、邪悪な笑みを浮かべた。
「当主候補戦には興味無くなりましたけどぉ、有栖にとって花ノ宮樹という男はぁ、絶対に許すことのできない大罪人なんですよぉ。ですから……この女を死なない程度に生かし、拷問して、あの男の弱点を吐かせてやるつもりなんですぅ」
有栖は不気味な嗤い声を上げながら、倒れ伏す女性の前へと向かって行く。
そして彼女の眼前に立つと、首を傾げ、嗜虐に目を細めた。
「フフフ……さて、秋葉家の次女、秋葉里奈。これから貴方をどう料理してやるか、迷いますねぇ~。両の手の爪を剥ぐ? それとも歯を抜く? あぁ、そうだ、その綺麗な顔を不細工に変えてやるのも面白そうですねぇっ!! あはっ、あはははははははははっ!!!!!」
「ッ!! 下種が!! 貴方のような性根の腐った人間に、私は、絶対に屈しません!! この秋葉里奈を甘くみないことです!!」
「へぇ? 面白いですねぇ? その強がりがいったいどこまで保つのか、これからじっくりと愉しませてもら――――――」
「―――有栖ちゃん!! そんな酷いこと言っちゃ、ダメですよっ!!」
その時だった。有栖の背後に待機していたガラの悪い連中の中をかき分け、一人の少女が姿を現した。
その少女は、小学生のような小さな背丈をしていた。
少女は、自身の背丈には合わない大人用のブカブカのエプロンを着用し、頭には、メイドが付けるヘッドドレス、ホワイトブリムを被っている。
彼女の姿を簡単に例えるならば……幼女メイド、だろうか。
とにもかくにも、この殺伐とした場所には似つかわしくない姿形を、彼女はしていた。
「……瑠奈。何故、貴方が、ここに……?」
先ほどまでの悪役令嬢じみた様子から一変、有栖は、突如現れた幼女メイドに心底驚いた表情を浮かべる。
そんな有栖の元まで行くと、瑠奈と呼ばれた幼女は腰に手を当て、怒った表情で口を開いた。
「何故も何も、瑠奈は、有栖お嬢様の教育係兼付き人ですからっ! お傍に現れるのは、当たり前だと思うのですがっ!」
「……チッ、睡眠薬で眠らせて、南半球のジャングルの奥地に捨てて来たというのに……化け物め」
「言葉遣いが悪いですよ、有栖ちゃん! 人には常に丁寧な口調で喋るようにって、瑠奈、教えてきましたよねっ!! 有栖ちゃんは根は優しい子なんですから、人に酷いことするのは、メッ、ですよ! 里奈ちゃんを怖がらせることなんてせずに、早く病院に連れて行って治療してあげなさいっ! このままじゃ里奈ちゃん、出血多量で死んじゃいますよっ!」
「別に、この女は樹のメイドなのだから、そのまま死んだところで、私は一向に構いませんけどぉ? 有栖にとってこいつの生き死になど、心底どうでも良―――」
「有栖ちゃん!!!!」
ばしっ。……メイド幼女は突如大きく跳躍し、有栖の頬を平手打ちした。
その光景に、有栖の配下である暴力団たちは恐怖に顔を青ざめさせ、ゴクリと唾を飲む。
オレと茜は、思わずポカンと、呆けたように口を開けてしまった。
当の有栖本人はというと―――赤くなった頬を摩りながら、眼下にい瑠奈のことを、動揺した様子で見下ろしていた。
「なっ……なっ……!! 何しやがるんだ、テメェ―――!!!!」
「ぐすっ、ひっぐ、有栖ちゃん、もう、無理しなくても良いんですよっ!」
「は、む、無理? はぁ!?」
「瑠奈は、有栖ちゃんが産まれてから18年間、ずっと、有栖ちゃんのお傍でメイドをやってきました。だからこそ、瑠奈には分かります。貴方は本当は人を傷付けることなんかできない、誰よりも純粋で優しい子だってことが。優しいからこそ、有栖ちゃんは、悪鬼犇めく花ノ宮家の中で悪に染まるしかなかった。そうですよね? ね?」
「は……はぁっ!? 何、勝手に私のことを語ってるんだ、てめぇ!! 妄想も大概にしろ、このロリババアメイド!! 私が優しいだって? はっ! この花ノ宮有栖には、情なんてものは一切ない!! 花ノ宮樹と花ノ宮香恋を潰せるのなら、どんな非道なことだって、私はやってや―――」
「有栖ちゃん!!!!」
ばしっ。……またしても、有栖は、瑠奈によって頬を平手打ちされた。
瑠奈は目をウルウルとさせて、再び開口する。
「もう、我慢しないで良いんだよ? 瑠奈にとって有栖ちゃんは、妹同然の存在なの。実の妹である里奈ちゃんと玲奈ちゃん、露奈ちゃんと同じくらい、瑠奈にとって、有栖ちゃんは……可愛い妹なんだよ。だから……ね? 素直になろう?」
「いや、だから、さっきから何言ってんだ、てめぇは!! 相変わらず話の通じない奴だな!! 私は、別に、今まで一度も無理したことなんかな―――」
「有栖ちゃん!!!!!」
ばしっ。……三回目。またしても、瑠奈にビンタされる有栖。
――――――なんだろう、この光景は。一種の喜劇でも見ているかのようだな。
何度も頬を打たれる有栖と、一切話の通じない幼女メイドの、一方通行の会話。
オレと茜はその光景を見つめて、思わず同時に、引き攣った笑みを浮かべてしまう。
「……何かよく分からないけど……ここに居てもしょうがないし……帰ろっか、楓」
「……そうですね。帰りましょうか、茜さん……」
そう二人で会話していると、頬を真っ赤にして苛立った様子の有栖が、オレたちにチラリと視線を向けてくる。
そしてその後、自身の配下の暴力団たちに向かって、大きく声を張り上げた。
「近藤! 月代茜と如月楓の帰宅を護衛しなさいっ! 彼女たち二人は今後、この有栖の保護下に入ります!! 現時点では何よりも大事な人材なのだから、丁重に扱いなさい!! 二人の顔に傷一つでも付けたら絶対に許さないわよ!! 良いわね!!」
「はっ!!」
近藤と呼ばれた、金色に髪を染めた男がこちらに近寄ってくる。
そして彼はオレたちに深く頭を下げると、先導するように、前を歩いて行った。
オレと茜は彼についていくことにして、その場を後にする。
……その後、瑠奈と呼ばれた幼女の説教する声が、背後から延々と聴こえて来たのだった。
「お二人とも、ありがとうございます。お嬢の経営する芸能事務所に、所属することを決めてくださって」
駅へと続く閑静な街路を歩いていると、前方から近藤と呼ばれた男がそう声を掛けて来た。
そんな彼に向かって、茜はフンと鼻を鳴らす。
「別に、礼なんて言われる筋合いないわよ。あたしは、あの女が取引を持ち掛けて来たからそれに乗っかっただけ。メリットが無ければ、無償で良く分からない事務所になんか所属しないわ」
「だとしても、です。お嬢はいつも、スターとなり得る存在を探していた。あの御方の夢は、花ノ宮家の当主になることではなく、自分の経営する芸能事務所から本物のスターを産み出すことでしたから。常に冷静な様子を見せていましたが、お二人が事務所に所属することを決めてくださったあの時、お嬢は内心、とても舞い上がっていたのだとと思いますよ」
……花ノ宮有栖という人間は、噓で自分を塗り固めたろくでもない人間だと、そう思っていた。
何故、そう推察したかというと、あいつは……オレと似た匂いがしたからだ。
オレは、如月楓という仮面を常に被り、周囲を騙している詐欺師。
花ノ宮有栖も、素の自分を仮面で隠し、終始、甘ったるい口調で喋り、不敵な笑みを浮かべている。
初対面時から感じた、嫌悪感――それは、同族嫌悪からきたものなのかもしれない。
だけど、もしかしたら、あの女は……そこまで悪い奴でもないのか?
「近藤さん、有栖さんは、どういう方なのですか?」
「? どういう方、とは?」
「その……これから事務所に所属する以上、上司になる方ですし。人となりを知っておきたいなぁ、と……」
「なるほど。そうですね……。大抵の人は、あの御方は恐ろしい人だと、傍若無人だと、そう評価するでしょうね。お嬢は、敵対した者には一切容赦をしません。どんな非道な手を尽くしても、歯向かう者は、確実に地獄へと叩き落します。苛烈で攻撃的な人間……と、同僚の者は皆そう言うでしょうが、俺自身は、そうは思いません」
「近藤さんの目線では、違う、と?」
「はい。あの人はああ見えて、すごく……仲間想いなんですよ。その、昔の話なんですが、俺、高校の時に酷い虐めを受けていまして。今はこんな派手な形をしてますが、若い時は、眼鏡掛けてて黒髪で、モロ陰キャだったんス。で、家も貧乏だったせいか、滅茶苦茶酷いいじめ受けてて。まぁ、高校三年間耐え抜けば、この地獄も終わるだろうと、必死に堪えていたんですよ。でも、そんな時。いじめっ子たちの矛先が、二つ年下の妹に向けられたんです」
そう口にすると、近藤さんは夜空を見上げ、再び口を開いた。
「もう口に出すのも憚れるくらいの非道いいじめを、妹は受けていました。裸の写真を撮られたり、冬の川に突き落とされたり。……そのせいで、俺が高校を卒業した次の日の朝、妹は、マンションから飛び降りてしまって……結果、死にきれずに、事故の後遺症で、下半身がまともに動かせなくなってしまったんです。そんな妹の姿を見た瞬間、俺は、復讐心に駆られました。高校卒業した後、必死で連中を探して、夜の街を彷徨い続けました。それで……見つけたんです。妹をいじめていた主犯格の、カップルを」
「近藤さんは、そのカップルに……復讐したのですか?」
そう聞くと、近藤さんは困ったような笑みを浮かべた。
「そのつもりで、連中が務めていた場所に潜入したんス。そこは、花ノ宮家という富豪の御屋敷でした。妹を自殺に追い込んだ憎き二人は、そこで使用人をしていました。俺の顔なんて当に忘れて、屋敷で楽しそうに働いてたんですよ。だから、俺は、使用人として同僚の振りをして、常日頃、連中の隙を窺っていたんです。ですが―――」
「? ですが?」
「……主人である、花ノ宮有栖さまには、俺の計画など端っから筒抜けになっていたようで。ある日、お嬢が突然、カップルの彼氏が配膳していた料理のスープが自分の服に付いたとか言って、激昂して。罰として、その野郎の目の前で、奴の彼女を、他の男にレイプさせたんです。それをショーとしてケラケラ見て笑った後に、お嬢は、呆然とする俺の顔を見てこう言ったんです。『―――気は紛れましたかぁ?』って」
「……では、花ノ宮有栖が、近藤さんの復讐を代行した、と?」
その言葉に、近藤さんはコクリと、頷きを返した。
「やり方は、非道で極悪なものでしたけど、あの人は、俺を救ってくださいました。俺は、こう思うんです。悪には、悪の正義が必要だ、と。ですから―――俺は、何があってもあの方に忠誠を誓っています。暴力団に加入してはいますが、俺にとっての主人は、花ノ宮有栖さまだけなんスよ」
……悪には悪の正義が必要、か。
確かに、その話を聞けば、花ノ宮有栖の残虐性はよく分かる。
あの女は、花ノ宮家の中でもトップクラスで悪人なのだろう。
けれど、香恋や愛莉叔母さんだって、完全な白とは言い難い。
……人とは難しいものだな。
オレは先程の話を聞いて少なからず嫌悪感を抱いたが、それで救われた人間がいることも確かだ。
オレが嫌うべき卑劣で非道な人間のはずだが、その悪意がこちらに向かなければ―――何となく、対話ができそうな人間のようにも、感じるな。
悪人だと認識しておいて、話しができそうだと感じるなんて、不思議なものだ。
その後、オレと茜は近藤さん――有栖の配下、近藤将臣に警護されながら送られ、無事に、家に着くことができた。
近藤将臣は、ヤ〇ザとは思えないほど礼儀正しく、紳士的な男性だった。
あと、妹思いのところが、オレと通じるところがあったおかげか、思ったよりも会話がしやすい人物だった。
「ただいまー」
「おにぃ、遅い! 今までどこで何やってたの!」
家に入ると、パタパタとスリッパの音を鳴らして、ルリカが現れる。
さっきの、近藤さんの過去話を聞いたせいだろうか。すごく、ルリカが愛おしく思えてしまった。
思わずギュッと、彼女の身体を抱きしめてしまう。
「ちょ、お、おにぃ!? な、何!?」
「ルリカ。お兄ちゃん、ルリカのことは何が遭っても守るからな」
「な、なななな、何!? 突然何なの!?」
動揺の声を漏らし、顔を真っ赤にする妹を、オレは、さらに強く抱きしめた。
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