月代茜ルート 第5話 女装男、芸能界デビューを決断する。
「「いや、人を撃っておいて、何、そのスカウトの仕方!! すごい怖い!!!!!」わ!!!!!」
茜と共に同時にそう言葉を放つと、有栖はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、開口した。
「クスクスクス……良いですかぁ、月代茜さぁん。貴方、このままの状態では役者として大成することはおろか、芸能界から追放されかねないんですよぉう? 貴方が役者として生き残る道は、この有栖のプロデュースを受ける他に、道はないんですぅ。そこのとことろ、はっきり、理解してくださいねぇ」
「な、何でよ!? 確かに、今のあたしはどこの事務所からも爪弾きにされて、フリーだけど……そ、その内、どこか大手の事務所から声が掛かるに決まってるわ! だって、あたしは新進気鋭の女優、月代茜なのよ!? 子役の頃からそれなりにキャリアもあるし、待っていれば、どこかしらに所属することも―――」
「在り得ませんねぇ。貴方は現在、花ノ宮樹によってマークされているんですぅ。あの男は財界、政界、そして、芸能界にも太いパイプがあるんですよぉう。あの男の力であれば、貴方を干し、テレビの画面の前から消すことなど、容易なことでしょう。……そうですよねぇ、里奈さん?」
そう口にして、有栖は地面に倒れ伏すスーツの女性に視線を向ける。
彼女は撃たれた足を抱え、苦悶の表情を浮かべながらただ有栖を鋭く睨みつけるだけだった。
そんな里奈と呼ばれた女性の姿にクスリと笑みを溢すと、有栖は再び茜に顔を向け、口を開く。
「樹の忠臣であるこの女が貴方を襲撃してきたことからも分かるように、今現在、樹は、貴方を標的と定めたことは明白なんですぅ。毎日、いつ狙ってくるかも分からない刺客に怯えながら暮らすのは、お辛いでしょぉう? ですから、私の事務所に所属し、この花ノ宮有栖の手で守られ、役者の道を歩みませんかぁ? 月代茜さん」
「花ノ宮樹……楓がさっき言っていた、花ノ宮家って奴よね。もう、本当に面倒くさいわねぇ!! 何で、勝手に目を付けてきた奴が、勝手にあたしの仕事を奪っていくのよ!! 理不尽すぎてイライラするわ!!」
そう言って大きくため息を吐くと、茜は有栖に視線を向けた。
「あんたの事務所に所属すれば、その、花ノ宮樹?って奴があたしにちょっかいかけてくることも無くなるのよね?」
「ええ。約束しますよぉう。私は花ノ宮樹とは敵対する身ですからぁ。背後で待機している彼ら暴力団の力を使い、貴方を守ってみせますよぉ。それと引き得替えに貴方は、役者として大成し、私の事務所に実績を残す……イーブンな関係でいきましょぉう、月代茜さぁん」
「だったら……」
茜は、有栖に向けて握手をしようと、手を差し向けた。
「もうこの際、誰にも邪魔されずに役者の稽古を続けられるのなら、何だっていいわ。あんたの事務所に入ってあげる」
「え……?」
茜のその決断の早さに、オレは思わず瞠目して驚いてしまう。
だが、それは有栖も同じだったようで、彼女もポカンとした表情を浮かべていた。
そしてその後、プッと噴き出し、有栖は笑い声を上げる。
「あは……あははははっ! 月代さぁん、貴方、私が怪しいとか、思わないんですかぁ? 裏で圧力を掛けているのが樹ではなく私で、マッチポンプで貴方を罠に嵌めようと考えている……そういうことを、考慮しないのですかぁ?」
「あんたがあたしに何かしようとしても、あたしはただまっすぐに、役者の道を歩み続けるだけよ。あたしには時間が足りないの。あたしは、魔性の怪物『柳沢楓馬』を再び舞台の上に引きずり出し、必ずあいつを倒さなければならない。そのためには、一分一秒も無駄になんてしてられないわ。あんたが何者だろうと、役者として活動できる環境を用意してくれるなら、願ったりかなったりよ。悪魔とだって、契約してみせるわ」
「………柳沢楓馬……を、倒す……ですかぁ」
有栖はその言葉に瞠目して驚くと、茜の言葉を小さく反芻していった。
そして、先ほどまでの人を見下していた態度から一変、真面目な表情を浮かべ、有栖は茜を真っすぐと見つめた。
「……月代茜。貴方にとって、彼は……どんな存在なのですかぁ?」
「あたしにとってあいつは、満天の
「……ライバル……。へぇ、面白いじゃん」
今までのどこか演技がかった口調とは変わり、有栖は素の様子で声を発する。
その表情は、心の底から楽しそうに笑みを浮かべているように、オレの目には見えた。
「そっか。香恋以外にも、彼の復活を待ち望んでいる奴がいたんだ。そっかぁ……フフッ、当主候補とか、最早、どうでも良くなってきちゃったかもね」
そう言って有栖は目を伏せると、クスリと自嘲気味に笑みを溢す。
そして再び目を開けると、またしても甘ったるい演技がかった口調に戻り、茜の手をギュッと握った。
「じゃあ、これでぇ、取引成立ですねぇ。だけどぉ、有栖の期待を裏切らないようにしてくださいよぉう? 有栖ぅ、大言壮語を語る人って大嫌いですからぁ。柳沢楓馬を倒せる実力を付けられなかったその時は、容赦しませんよぉう?」
「あたしを誰だと思っているの? あたしは、子役のころから柳沢楓馬を追いかけて来た、あいつの終生のライバルよ。あいつを舞台に引っ張り上げて、倒すのは、あたししかいないわ!!」
「……眩しい人ですねぇ。有栖ぅ、クラクラしちゃいますぅ」
そう口にして笑みを浮かべると、有栖はチラリと、オレに視線を向けてくる。
「如月楓さんは、どうしますかぁ? 有栖的にはぁ、貴方たち二人が一緒に居る方が、都合が良いんですけどぉ」
「? 二人?」
「五月にやった、ロミオとジュリエットの舞台、私もぉ、観客席で見させてもらいましてぇ。とても素晴らしいものだとは思いましたけどぉ、有栖的には、まだまだかなぁ、って。過去の柳沢楓馬の演技に比べれば、全然、駄目駄目ですぅ」
「何ですってぇ!?」
憤慨する茜。だが、有栖は気にも留めずに、続けて口を開く。
「ですがぁ、貴方たち二人の演技は、まだ発展途中のものだと有栖は思うんですぅ。お二人がペアを組んで演技をしたのは、あれが初めてなんでしょぉう? 有栖、元々月代さんの演技の実力は知っていましたけどぉ、あの舞台での完成度の高さは、貴方の歴史上で一番のものだと思いましたよぉう。察するに、貴方たち二人は―――ペアを組んで互いに演技をすることで、実力を高め合っていく。そんなタイプだと、有栖は思いましたぁ」
「……互いにペアを組んで、実力を高めていく……」
顎に手を当て、思案気に呟く茜。
確かに、オレと茜は、ペア演技での相性は良い方だとは思う。
舞台の上で一緒に演技した時、互いが互いを追い落とそうとし、どちらが主役なのかを競い合う―――そんな、殴り合いのような演技をしていた覚えがある。
普通、そんな暴力的な演技をしたら、観客に不快感を与えるのが必然だろう。
だけど……オレは、それがとても楽しく感じたし、観客にも、そのやり取りを楽しませることができていた。
あの時の演技は、オレたち二人しかできない、不思議な演技だったことは確かだ。
「クスクスクス……貴方たち二人は、互いに互いを補い合い、空へと飛び立つ片翼の鳥。どちらかが欠ければ、高みには到達できない……」
有栖はそう呟くと、オレの目を見て、再度、開口した。
「……如月楓。月代茜とペアを組み、この花ノ宮有栖の事務所から芸能界へと進出しなさぁい。貴方がより高みに行くには、それしか道がありませぇん」
「……」
茜とペアを組み、有栖の事務所から役者として芸能界へと再びデビューを果たす。
茜と演技することは、確かに楽しい。だが―――俺は、花ノ宮香恋の陣営の人間だ。
彼女の傘下に付けば、香恋と相争うことにもなってしまうだろう。
茜と演技がしたいだけのために、香恋を裏切ることなど、オレは……できはしない。
「……申し訳ございませんが、私は……」
「香恋を裏切るのが、怖いんですかぁ?」
オレの考えを先読みしたのか、有栖がそうオレに言葉を発してくる。
そんな有栖に困惑した様子を見せると、彼女は続けて口を開いた。
「正直に言いますとぉ、私ぃ、さっきまではバリバリ当主の座を狙って、行動していましたぁ。貴方をこちらの陣営に勧誘し、香恋の力を削ごうとも、考えていましたぁ。ですがぁ……もう、今の有栖にはぁ、当主候補戦なんてどうでも良くなっちゃったんですぅ。急な心代わりって奴ですかねぇ? なので、香恋陣営に付いたまま私の事務所に所属してもらっても、有栖的には別に構いませんよぉう? なんなら、私の方から香恋に話を通しても構いません~」
「……は? え? 当主の座に、興味が……ない?」
「はい。当初は、大っ嫌いな樹と香恋に、嫌がらせをしたかったんですけどぉ、気が変わりましたぁ。私の夢は、自分の事務所からスターを産み出すこと……そのためなら、何でもしますよぉう。如月楓さぁん、どうか、私の事務所に所属して、茜さんとペアを組んでくださぁい、お願いしますぅ」
……何というか……どう見ても、胡散臭いな。
そもそも晩餐会の時に出逢った初対面時から、どうにもこの女は、好きになれなかった。
自分を嘘で塗り固めているというか、腹の底では常に他人を見下していると言うか。
オレの経験上、この女はろくでもない奴だということが、何となく、推察することはできていた。
だが―――。
「……茜と一緒に役者の世界に、行く、か」
女装している身で、身分を隠しながらプロの女優を目指すのはどうかと思うのだが……。
茜と一緒にまた演技できることに、オレは、とてもワクワクしてしまっていた。
本当に、オレは、どうかしてしまっているのかもしれない。
女装での生活に慣れすぎて、頭がおかしくなってしまったのかもしれない。
オレは……その絶対に断るべき有栖の誘いに、コクリと、頷いてしまった。
「……分かりました。私も、茜さんと一緒に、貴方の事務所に所属します」
「か……楓~~~っっ!!!!」
「わっ、ちょっ、茜さん!?」
突如、茜がオレの身体に抱き着いて来る。
その横顔は、歓喜に満ち溢れていた。
「また楓と一緒に演技ができるのね!! すっごく嬉しいわ!! 何だかとっても、胸がドキドキして仕方がないの!! 貴方と一緒なら、あたしは―――――どこまでだって高みに行ける!! そんな予感がする!!」
「茜さん……」
オレも、茜と一緒ならば、どんな高みにだっていける。
そんな、不明慮だが絶対な予感が、胸の内には確かにあった。
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