月代茜ルート 第4話 狼少女と女装男、スカウトされる。


「そこ、退いてくれないスか? 金髪のおねーさん」


 そう口にすると、栗毛色の髪の少女は、フードの奥から爛々と輝く瞳をオレに向けてくる。


 オレは茜を庇うようにして立ち、そんな彼女へと鋭い目を向けた。


「……先ほど、茜さんに怪我を負わせるのが役目、と、物騒な言葉を口にしていましたが、それは……いったい何のためなのですか? 貴方は、彼女に恨みでもあるのですか?」


「ううん。その人に恨みなんて全然無いッスよ。私はただ、うちのボス―――花ノ宮樹さまの命令に素直に従ってるだけの話ッスから。月代茜を、演技ができないくらいにボコボコに痛めつけてやれって、そう言われたから、私はここに居るんス」


「花ノ宮……樹……?」


「あ゛」


 オレがその名前を口にすると、フードの少女は突如、慌てふためき出した。


「い、今のは無しッス!! うぅ~。また里奈先輩に怒られる~~。任務中は口は閉じておけって、あれほど先輩に言われていたのに……本当に自分、拳を振るう以外に脳がない女ッス~~」


 うがーっと、頭を抱えて地団太を踏んだ後、フードの少女は顔を上げ、こちらを真っすぐと見つめて来た。


「でも、まぁ、良いッス。あんたも口が開けないくらいに一緒にボコボコにしてしまえば……この失態の取返しはできるッスよね」


 ニヤリと、フードの少女は不敵な笑みを浮かべる。


 その瞬間、肌を突き刺すような剣呑なプレッシャーが辺りに漂い始めた。


 (……不味いな)


 花ノ宮家の関係者であることもそうだが、この女、恐らくは相当な腕前の格闘技の経験者だろう。


 先ほどの一戦で、オレの技術ではこの女に太刀打ちできないことを、瞬時に理解させられてしまった。


 いや、多種多様な格闘技で翻弄すれば隙を付けれるかもしれないが、茜という守らなければならない存在がいる以上、そんな賭けごとみたいなことをここでやるべきではない。


 今は、こいつから逃走するのが、最善策だと断言できる。


「……茜さん、失礼します」


「え? って―――うわぁっ!? ちょ、ちょっと!?」


 オレは茜をお姫様抱っこのような形で持ち上げ、即座に地面を蹴り上げ、後方へと駆けだした。


 そんなこちらの行動を見て、フードの少女はポカンと、驚いた様子で立ち尽くす。


 だが、すぐに笑みを浮かべて、オレたちを追いかけるために走り始めた。


「ヒューっ! 君、なかなか優秀ッスね! 相手の力量をすぐに理解して、逃走を図るなんて……本当に、面白いッ人ス! 多分、君、私と戦っても良い線行くと思うッスよ? だから―――逃げずに遊びましょうよ!! 金髪ちゃん!! アハッ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」


 背後から不気味な笑い声を上げ、追い駆けてくるフードの少女。


 この並木道が続く直線状の街路は駅前の外れにあるため、元々、人気ひとけは少ない。


 だが、まったく人がいないわけではない。


 ビル沿いに建てられた洋服屋や総菜売り場の前には、数人程の買い物客の姿が見受けられる。


 そんな買い物客たちの横を、茜をお姫様抱っこして全速力で駆けていれば、奇異な視線を向けれるのは当然のこと。


 だけど、それは、オレたちを追いかけるフードの少女も同じことでもある。


 現状、人目に付くことがデメリットになるのは、オレたちよりも、あの少女の方だろう。


 あの女は、先ほどの言葉から察するに、花ノ宮家の長子、花ノ宮樹の刺客だと思われる。


 ならば、樹のメンツを潰さないためにも、白昼堂々の襲撃は避けたいところだろう。


 そう考えて、敢えて人通りの多い道を選んだのだが……あまり、効果は無さそうだな。


「――――アハハハハハハハハハハハハ!! 待って欲しいッス!! 私と戦って欲しいッス、金髪ちゃん!!」


 フードの少女は周囲の人々の視線などまったく気にも留めず、こちらを追いかける足を止めようとはしない。


 オレは肩越しに背後に視線を向けた後、チッと、大きく舌打ちを放つ。


 すると、オレの腕の中で縮こまっていた茜が、戸惑った様子で開口した。


「な、何なの、あいつ!? というかこれ、どういう状況なの!? 何であたし、楓にお姫様抱っこされてるの!? 全然意味が分からないんだけど!?」


「あのフードの少女は、貴方に危害を加えようとしているんですよ、茜さん」


「何で!? まさかまた、奥野坂の奴が、私に対して何かしようとしているの!? 追い駆けてきてるの、奥野坂の手下とか!?」


「いいえ、彼女と奥野坂先輩は関係ありません。あれは……むしろ、もっと厄介な存在です」


「厄介な、存在……?」


「私もまだ、状況をあまり把握できてはおりません。ですが、奴に捕まれば、ろくな目にならないことは必至です。今は大人しく、逃げましょう」


「わ、分かったわ」


 動揺しながらも、小さく頷く茜。


 そんな彼女の姿を確認した後、オレはさらに足に力を込め、全速力で街の中を駆け抜ける。


 ……あの少女に真っ向から戦っても、勝てる確率は低いだろうが……足の速さでは負ける気がしない。


 ハロウィンなどの飾りつけがされた街路を、オレはギアを上げるようにして徐々に加速し、カモシカのように走り抜けていった。






「……はぁはぁ、こ、ここまで来ればもう大丈夫、ですかね……」


 街路を外れ、人気のない裏通りでオレは深く息を吐き出す。


 そして茜を地面に降ろして、額の汗を拭った。


 背後を窺うが、フードの少女が追い駆けてくる気配は感じられない。


 一先ず、振り切ったと見て良さそうだ。


 オレはホッと、安堵の息を溢し、胸を撫でおろした。


「大丈夫? 楓」


 隣に立った茜が、心配そうに声をかけてくる。


 オレはそんな彼女に頷きを返し、ニコリと、笑みを浮かべた。


「ええ、何とか。相手もそれなりに足が速かったですからね。思わず、全力を出してしまいました」


「……今の奴、結局、何だったの? 私に怪我を負わせるとか何とか言ってたけど?」


「今の少女は、花ノ宮樹の刺客だと思われます」


「花ノ宮……樹の、刺客……?」


「はい」


 茜を花ノ宮家の騒動に巻き込む気は無かったが……彼女が花ノ宮樹に狙われた以上、仕方がない。


 かいつまんで、事情を説明するとしよう。


「茜さん。花ノ宮家のことを、どこまで知っていますか?」


「花ノ宮家? 何それ? 花ノ宮女学院と名前似てるけど、何か関係あるの?」


「……まぁ、そうですよね。貴方は、元は東京の人間。この地で名を馳せる財閥家の富豪の名前など、知りませんよね」


 オレはふぅと短く息を吐いた後、今現在起きている花ノ宮家騒動の話を端的に説明していった。


 花ノ宮女学院を運営している花ノ宮香恋が、現在当主候補を決める争いの真っただ中におり、他の当主候補である親族たちと相争っていること。


 その当主候補の一人である、香恋の兄が、先ほどの襲撃者の背後にいる者であること。


 そんな内情の数々を簡単に説明し終えると、茜は口をへの字にして、不機嫌そうな表情を浮かべた。


「よく分からないけど、その花ノ宮香恋の御家騒動に、あたし、巻き込まれちゃったってわけ? まったく、意味分からないわね。あたしはただの役者よ? 何でそんな金持ちどもの喧嘩に巻き込まれなきゃいけないのよ。腹立つわ!」


「恐らくは、茜さんが、花ノ宮香恋の実績に繋がると判断し、花ノ宮樹が、直接的な手を出してきたのでしょうね。貴方が花ノ宮女学院で役者として名を上げる程、香恋さんの成績に繋がっていきますから」


「ふざけた話ね! ただでさえ、フリーになって忙しいってこの時に!! ……そうだ、思い出した! 香恋って確か、フーマの愛人だとか適当なこと言っていたあの女のことだ! くっそ~!! 今度学校で会ったら、ぶっ飛ばしてやるんだから! よくもこのあたしを面倒事に巻き込み――――――って、か、楓っ!」


 茜が驚いたように身体を硬直させる。


 その時、オレの背中にカチャリと、何か固いものが押し付けられた。


「……動かないでください」


 背後から聴こえる、女性の声。


 オレは両手を上げ、背後にいる女性に対して開口した。


「先ほどの方とは別の声のようですが……貴方も、花ノ宮樹さんの刺客ですか?」


「……何故、樹さまのことを?」


「さっきの追跡者さんが、教えてくださいました」


「はぁ……まったく、シャオリンは本当に困った子ですね。まさか、敵陣営の者に主人の情報を漏らすなんて……やっぱり、あの子一人を向かわせたのは失敗でしたか……」


 そう言って大きくため息を吐くと、女性はそのまま続けて口を開いた。


「その通りです、如月楓。私は、花ノ宮樹さまに使える従者の一人です」


「私を知っているのですか」


「当然です。貴方は、花ノ宮香恋の懐刀と思しき存在ですから。樹さまが当主となる道を阻む可能性のある者は、全てチェックしています」


 ……この女、さっきのフードの奴とは違って、かなり頭が良さそうだな。


 オレが香恋陣営の人間であることも、事前に、リサーチ済みだったとはな。


 これでは……相手の虚をつくために不用意な演技をすることもできない、か。


「如月楓。私には、ここで貴方を傷付けることにメリットはありません。私たちが用があるのは、そこにいる月代茜ただ一人。彼女を引き渡してくだされば、貴方はすぐに開放してさしあげますよ」


「何故、そこまで茜さんに拘るのですか?」


「それはお答えしかねます。貴方が今口にできるのは、YESかNOかだけです」


 さらに強く銃口を背中に押し付けられる。


 現状、オレが奴らに殺されることはないと、断言できる。


 香恋の配下である如月楓を撃ち殺しても、連中に利点はないからだ。


 如月楓という花ノ宮女学院の広告塔を失えば、香恋の実績、ひいては花ノ宮家の損失に繋がる。


 そのことがもし利益至上主義の法十郎の耳に入れば、樹の評価はマイナスとなるだろう。


 だが……茜に対してこんな強行手段をしてくる連中だ。


 暴力を行使することに、何の躊躇も感じられない。


 殺害するまではいかなくても、オレの手足を銃で撃ち抜くことくらい、わけないだろう。


 ……オレがここでNOと答えて手足に怪我を負えば、茜を助けることは叶わなくなる。


 だが、逆にYESと言っても、恐らく、行動を制限させるためにロープか何かで手足を拘束されるに違いない。


 まさに、どう行動しても八方ふさがりといった状況。絶体絶命の窮地だ。


「……早く答えを決めてください。でなければ今すぐにでも―――」


「あ、あんた! 楓から離れなさいよ! そ、その手に持っているの、何なの!? ど、どうせ、オモチャに決まってるんでしょ!? ぶ、ぶっ飛ばすわよ!!」


「オモチャかどうか、如月楓の足を撃って確かめてみましょうか、月代茜さん」


 背中に押し付けられていた銃が離れる。


 恐らく、銃口が足に向けられたのだろう。


 その様子に、目の前に立っている茜が、悲痛気に顔を歪めていた。


「ま、待って、やめて! 楓を撃たないでっっ!!」


「如月楓、10秒与えます。その間に、答えを決めてください。10,9、8―――」


「……」


「――2,1、0。如月楓。貴方に恨みは何もありませんが、これも全て樹さまのため。その右脚、貰います」


 引き金を押す金属音が耳に入る。


 そして、次の瞬間――――――パァンと、周囲にけたたましい銃声が鳴り響いた。


 だけど……オレの足に、痛みは生じない。


 代わりに、ピシャリと、オレの肩に生暖かい液体が掛かった感触がした。


 そして、足元にゴトリと、重厚感のある拳銃が転がって来た。


 何が何だかわからずに、背後を振り返る。


 するとそこには……血だらけの右手を押さえ、その場に立ち尽くす、眼鏡を掛けたスーツ姿の女性が立っていた。


 眼鏡の女性はゼェゼェと荒く息を吐き出し、ギロリと、背後を振り返る。


 その視線の先、そこには……アロハシャツを着たガラの悪い男たちに囲まれて立つ、黒髪ツインテールの少女の姿があった。


 ツインテールの少女――花ノ宮有栖は、女性にクスリと嘲笑するかのような笑みを浮かべると、背後で唖然とするオレと茜に視線を向ける。


「初めましてぇ、如月楓さぁん、月代茜さぁん。私の名前はぁ、花ノ宮有栖って言いますぅ。これでも、芸能プロダクションを運営している社長なんですよぉう。今日は、貴方たちをスカウトしに来たんですけどぉ……何か、ゴミどもが貴方たち二人に付きまとっているって聞いたからぁ、居ても立っても居られずに来ちゃいましたぁ」


「……ッ!! 花ノ宮有栖!! 何故、貴方が、ここに……!!」


「何故って、おかしなことを言うんですねぇ。私はぁ、この数か月間、ずっとぉ、如月楓さんと月代茜さんのことを監視していたんですよぉう? 貴方たちが月代茜さんにちょっかい出し始めたのは、先月頭くらいからのことでしょぉう? 本当、くだらない真似をしてくれますよねぇ。多方面の事務所に圧力を掛けて、茜さんの仕事を奪うだなんてぇ。まぁ、芸術というものを知らない傲慢で利己的なあの男には、月代茜の役者の価値など、分からないでしょうけどねぇ」


「樹さまに何て口をっ!! 花ノ宮有栖! 貴方は、第三当主候補者であり、誰からも期待されていない、ただの凡人です!! 樹さまや香恋さまの格には到底及ばない、下劣で下種なことしかできない小物が、樹さまのことを語るなど、許されることでは―――」


「近藤ぉ」


「はい」


 有栖の隣に立つ、拳銃を構えた男が、再び眼鏡の女性に向けて銃を撃ち放つ。


 銃弾は女性の太腿に容赦なく命中し、地面に、大量の血をまき散らしていった。


「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!!!」


 悲痛な悲鳴を上げ、倒れ伏す女性。そんな彼女の元に、有栖は静かに近付いて行った。


「クスクスクス……秋葉家の使用人不在がぁ、この私にぃ、何て口を聞いているんですかぁ? 貴方など、この場で殺して海に沈めても、私は別に構わないんですよぉう? ね、秋葉里奈さぁん?」


「はぁはぁ……」


「わぁ、まだ睨みつけてくるんですかぁ? うーん、有栖、こういう生意気な女にはぁ、もっと酷いことをしたくなるんですけどぉ、でも、今はぁ、それよりもやらなければならないことがあるからぁ、放置させていただきますねぇ」


 そう口にして嗜虐の笑みを倒れ伏す女性に向けると、有栖はゆるふわカールのツインテールを揺らし、こちらに近付いてくる。


 そして、呆然とするオレたちの前に立つと、懐から二枚の名刺を取り出し、それをオレと茜に手渡してきた。


「改めましてぇ、こんにちわぁ、如月楓さん、月代茜さん。突然ですけどぉ、お二人とも、私の経営する事務所でぇ、スターになってみませんかぁ? 貴方たち二人にはぁ、光るものを感じるんですよぉう。どうですかぁ? 有栖のプロデュースで、国民的ヒロインになりませんかぁ?」


 その言葉に、オレと茜はお互いに顔を見合わせる。


 そして、再び有栖へと視線を向けると、同時に口を開いた。


「「いや、人撃っておいて、何、そのスカウトの仕方!! すごい怖い!!!!!」わ!!!!!」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

第4話を読んでくださり、ありがとうございました。

昨日のあとがきに対して、お優しいコメントをしてくださった読者のみなさま、本当にありがとうございます。

多くの読者さまがこの作品に対して想いを寄せていただていること、すごく嬉しかったです。

申し訳ございません、全部のコメントに目を通したのですが、今現在、まだ病んでおりまして……コメントのお返事が上手く書けない状態になっています。

なので、また後日、返信させていただこうと思います。


何とか、最新話を書きましたが……まだ、休載するかどうか悩んでおります。

この最新話が読者様にお楽しみいただけたら、幸いでございます。

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