第48話 女装男、いじめの犯人の姿を捉える。


「フーマ!! 今日も来てやったわよ!! またあんたのご飯を、あたしに食べさせなさ‥‥って、え、えぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!? そ、その黒髪の女は、誰よッッッ!?!?」


 オレと香恋は思わず目を見開いて、ポカンと、同時に大きく口を開いてしまった。


 唖然とするオレたちを他所に、茜は射殺すような視線で香恋を睨み、大きく声を張り上げる。


「ま、まさか、あんた‥‥フ、フーマの彼女とか‥‥じゃないでしょうねぇっ!?」


「月代 茜‥‥何故、貴方がここにいるのかしら?」


「それはこっちの台詞よ!! 何で、フーマの家に見知らぬ女がいるの!! 誰なのよ、あんた!!」


 茜の怒り狂うその姿に、香恋は大きくため息を吐いた後。こちらをジロリとジト目で睨んでくる。


「まさか、いつの間にか‥‥自由に家に出入るするくらいに月代 茜と仲が良くなったなんてね。知らなかったわ。モテモテね、柳沢くん?」


「‥‥‥‥いや、そんな関係になったつもりはないのだがな」


「ちょっと!! あたしを無視して話を進めないでよ!! あんた、誰なの!? フーマの何なワケ!?」


「私は‥‥そうね。彼とは、誰にも言えない秘密を共に共有する関係、といったところかしら」


 そう言うと、香恋は妖し気に目を細め、楽しそうにフフッと笑みを浮かべた。


 そんな彼女に茜はますます激昂し「うぅぅぅ」と、唸り声を上げ始める。


「いや、香恋‥‥お前、事態を余計に悪化させてどうするんだよ‥‥」


「それじゃあ、逆に聞くけれど、私は貴方の何だと思う? 雇い主? ご主人様? 親戚? ねぇ、柳沢くん、私っていったい貴方の何なのかしら?」


「いや‥‥オレに聞かれても‥‥ここは適当に友人とかで良いんじゃねぇのか?」


「つまらない答えね。ここは、恋人だとか愛人だとか言うところでしょう?」


「こ、恋人!? あ、愛人ですってぇっ!? フ、フーマとその女は、そ、そういう関係なわけ!? え、えっちとかしちゃってるわけぇっ!?!?」


「違ぇよ!! 一人で暴走すんな!!」


「ふむ。やっぱり、私たちの関係は、秘密の共有者‥‥いえ、共犯者という言葉がぴったりね。ある意味、犯罪まがいなことをお互いにしているわけだし」


 いや、確かに、女装して女子高に潜入とかいう犯罪行為、秘密を共有してはいるが‥‥それは、今ここで言うことじゃないだろ‥‥。


 まったく、この女、ドSぶりを発揮して、茜をからかって遊ぶ方向に思考をシフトしやがったな。


 オレがその様子に呆れたため息を吐いていると、香恋はソファーから立ち上がり、スクール鞄を肩に掛けた。


「それじゃあ、今日は帰るとするわ。このままここにいると、月代さんに殴られそうだしね」


「ガルルルル‥‥」


 犬のように牙を向きだしにして唸り声を上げる茜に、香恋はフフッと笑みを浮かべると、玄関口へと向かって歩みを進め始めた。


 そして、すれ違い様、彼女はオレに小声で小さく言葉を残していく。


「‥‥‥‥今のところ、バレている様子はないみたいだけれど‥‥貴方が如月 楓だというボロを出さないようにしなさいね。女の子というものは勘が鋭いものよ。特に、好きな相手にはね。気を付けなさい」


 そう、警告していくと、香恋はそのままマンションの外へと出て行った。


 彼女が消えて行った後、廊下の奥からひょっこりと、ルリカが顔を出してくる。


「あの‥‥。コンビニに行ったら、マンションの周りをウロウロしている茜さんに会っちゃって‥‥。香恋さんがうちに来ていたことは分かってたんだけど、何か、茜さんの勢いに止められなくて‥‥連れてきちゃった。ごめん、おにぃ」


「いや、ルリカは悪くないよ。悪いのは‥‥」


「何!? あたしが悪いって言うの!? というか、さっきの女はいったい何者なのよ!! 秘密を共有しているって何!? あたしにもその秘密、教えなさいよ!!」


 その後、茜に香恋が自分の従姉妹であることを伝えたオレは、一時間掛けて、何とか彼女の誤解を解くことに成功した。


 それにしても、よくよく考えると、香恋も従姉妹だし、銀城先輩も従姉妹なんだよな‥‥。


 あの学校に母方と父方の親戚が二人も揃っていると考えると、何だか不思議な運命のようなものを感じるな。


 まぁ、片や妹と抱き合う写真を脅しに使ってくるドSお嬢様で、もう片方は、女体好きの中身男のイケメン女子高生という‥‥もう、何と言って良いのか分からない変な奴らが血縁者というのが、頭を抱えるところではあるのだがな。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 季節は、五月へと移り――――日々は、目まぐるしく過ぎていった。


 如月 楓を演じ、周囲からお姉さまと呼ばれる慣れない学校生活を送りつつ、ロミジュリの稽古にも奮起する毎日。


「もっと声を出せ! そんなんじゃ観客席の奥には全然届かねぇぞ!! 最初のシーンから全部やり直しだ!!」


「はい! ‥‥チッ、あんたの声が小さかったから、あたしまで怒られちゃったじゃない、如月 楓!!」


「え? 今のは私ではなく、月代さんのせいでは?」


「は、はぁ!? このあたしがそんなミスするわけないじゃない!! 人のせいにしないでくれる!?」


「おい、何やってんだ二人とも!! さっさと演技練習を再開しろ!!」


「「はい!!」」


 茜はいつも通り如月 楓に扮するオレをライバル視しているようで、事あるごとに突っかかって来るが‥‥何故か放課後は毎日オレの部屋に入り浸り、夕飯を食べては帰って行くという、謎めいた生活を送っていた。


「フーマぁ‥‥今日も嫌なことがあったのよ~。聞いてくれる~?」


 ソファーの背もたれに背中を預け、天井を見上げ、何処か疲れた様子でそう呟く茜。


 オレは料理の作業をしながら、さり気なく、気を落とす茜に対して声を掛けてみた。


「また、いやがらせの件か?」


「そうよー。本当、ムカツクわー‥‥」


 彼女の下駄箱と机には相変わらず、何者かによって中傷の落書きが書かれていた。


 いつも、早朝と放課後に監視の目を向けてはいるのだが‥‥犯人の影を掴むことはできず。


 現状、花子から修理中の監視カメラを貸してもらうのが、このいじめ問題解決の最後の策となっていた。


「‥‥‥‥いつも、下駄箱とロッカーに嫌がらせされるんだけど‥‥本当、何なのかしら。あたしに文句があるのなら、面と向かって言ってきなさいよぉ‥‥」

 

「先生に言ってみたらどうだ? それか、友達とかに協力してみるのは?」


「駄目よ。誰かの力を借りるのは、あたしのプライドが許さないわ。それに‥‥友達なんて存在、あの学校にはいないし‥‥」


「学校でよく話すような、身近な人間とかはいないのか? 人を頼るってのも、オレは悪いことではないと思うぞ」


「よく話す‥‥って言ったら、如月 楓‥‥? い、いやいや! あんな奴の力なんて借りてたまるもんですかっ! あいつに助けられるくらいだったら、いやがらせを受けていた方がマシよ!!」


 そ、そこまで女装したオレを嫌っているのかい? 茜さんや?


 如月 楓も一応は自分自身ではあるため、面と向かって嫌いだと言われると、傷付くものはあるな、うん‥‥。


 そう、心の中でげんなりしていると、茜は突如顎に手を当て、考え込むようような仕草を見せ‥‥再び開口した。


「でもね。何故か‥‥翌日になると、ロッカーの汚れは綺麗さっぱりに消されてるのよね。不思議よね‥‥?」


「‥‥」


「先生が見つけて、掃除してくれているのかな‥‥?」

 

 茜はそう不思議そうに首を傾げて、大きく息を吐いた。




「――――――まぁ、毎朝、ロッカーの掃除をしているのはこのオレなんだけどな」


 午前六時――昇降口。


 雑巾を絞り、バケツの中に水を落とした後、オレは、茜のロッカーに書かれている落書きを綺麗に拭いて落としていく。


 あいつは、今回の舞台のパートナーだ。だったら、相棒のメンタルのケアをしてやるのもオレの役目だろう。


 オレは今回のロミオとジュリエットの演劇、今の自分の全力を出し切って、最高の結果を残そうと考えている。


 ただ、問題となるのは、やはりイップスの件だろうか。


 この前のオーディションでも、30分程度演技に集中しただけで‥‥手が震えてしまっていた。


 それを、本番‥‥二時間半ぶっ通しで演技をし続けたら、また五年前のように、演技中に倒れ、ゲロを吐いてもおかしくはない。


 オレのこの精神的疾患は、けっして、治ったわけではないからな。


 適度に手を抜きつつ、イップスの症状に気を付けて、舞台の演技に望まなければならないだろう。





 ――――――そうして、その後も日々は変わらずに過ぎていき‥‥ついに迎えた、舞台本番三日前の昼休み。


 食堂に向かおうと、穂乃果と共に廊下を歩いていると‥‥スマホがブブッと鳴り、着信を知らせるバイブ音が鳴った。


 制服のポケットからスマホを取り出し、画面を点けて見てみると、そこには――花子からの『カメラ、持ってきました。放課後、どこかで合流しましょう(*´ω`)』というメッセージの文字が。


 その可愛らしいメッセージに思わず笑みを浮かべていると、隣にいる穂乃果が首を傾げて声を掛けてきた。


「? どうかしましたですか、お姉さま。何だか、嬉しそうなお顔をしてらっしゃいますけど?」


「フフッ、そうですね。頭を悩ませていた課題が、ようやく片付く目途が付いたと言いますか‥‥」


「課題、ですか‥‥? ――――――って、え?」


「‥‥‥‥また、あんたたちは‥‥邪魔よ。そこを通して」


 突如声を掛けられ、前方へと視線を向けると、そこには、茜の姿があった。


 だが、彼女は何故か‥‥全身びしょ濡れ状態になっていた。


 前髪の先からはポタポタと水滴が零れ落ち、制服は中の下着が浮き出てくるくらいに、全身水浸しになってしまっている。


 オレはその彼女の姿に、思わず、動揺した声を溢してしまっていた。


「つ、月代さん? そ、その姿は‥‥いったい‥‥」


「何でもないわ。そこ、どいてちょうだい」


「で、ですが、そんな状態で放っておくわけにはいきませんよ! ほ、保健室に行きましょう!」


「そ、そうですよぉう、月代さん! 風邪、引いちゃいますよぉう!」


「‥‥け」


「え‥‥?」


「早くどけって言ってるのよ!!!! ぶっ飛ばすわよ!!!!!」


 廊下に響き渡る怒号。茜は今すぐにでも殴りかかってきそうな激昂した様子で、オレの顔を睨みつけてきた。


 穂乃果は、そんな茜の苛立った姿に萎縮し、オレの後ろへと怯えた様子で隠れる。


 オレは、顔を真っ赤にして涙目になっている茜に何も言うことができず‥‥大人しく、道を譲ることしかできなかった。


 横を通り過ぎていく瞬間、茜の小さく呟く声が、耳に入って来る。


「あたしは‥‥あたしは、こんな程度のことで絶対に折れはしないわ‥‥フーマのライバルとして、こんなことで敗けるわけにはいかないのよ‥‥っ」


 その後、キラキラと空中に涙の軌跡を溢しながら、茜は廊下を走って行ってしまった。


 同時に、そんな彼女が通ってきた廊下の奥から‥‥クスクスと、嘲笑する笑い声が聴こえてくる。


「いい気味ね。今の顔見た? 無様に泣いてたわよ、あの女」


「ホント、ウケる。写真でも撮っておけば良かったかなー」


「制服脱がして、ネットにアップするのはどう? そしたらあいつ、もう、役者人生終了って感じじゃない?」


「あー、それ、いいねー! 今度、みんなであいつ捕まえて、裸にしちゃおっか!」


 廊下の奥に視線を向けると、そこには‥‥見知らぬ女子生徒たちの集団があった。


 いや、その生徒たちの中に、複数名、知っている顔があった。


 あれは‥‥以前、オレのファンだと言ってくれた、同じクラスの、サイドテールに髪を結った女子生徒と、その友人たちだ。


 そのサイドテールの少女は、オレと目が合うと何故か慌てた様子を見せて、見知らぬ生徒たちの後を追って廊下の奥へと去って行く。


 ‥‥なるほど。ようやく、奴らの尻尾を掴むことが出来たな。


 ったく、落書きだけじゃ飽き足らずに、頭から水を掛けるとは‥‥随分と胸糞悪いことをしてきやがるもんだな。


 ちょうど、花子からカメラを貸してもらえる手筈が済んだんだ。悪いがてめぇら全員、痛い目を見てもらうぜ。


 オレのパートナー‥‥いや、ライバルを泣かしたことを、必ず後悔させてやる。

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