第49話 女装男、サイドテールの少女と対峙する。


 放課後。オレは花子からの呼び出しに応え、中庭に赴いていた。


「‥‥‥‥先に報告しておきます。カメラの設置は、既に終わらせておきました。下駄箱は掃除用具入れの上に、女優科の教室は窓際のカーテンレールの上に。何処も通常の視点からだと死角になりますので、バレる心配はないかと。ご安心ください」


 そう言って花子はベンチの上で猫を撫でながら、オレと銀城先輩に眠たそうな半目を向けてくる。


 そんな彼女にコクリと頷きを返すと、銀城先輩はオレに顔を向けて、声を掛けてきた。


「これで、準備は整ったね。月代さんをいじめていた不届きものを成敗する時間がきたみたいだ」


「そうですね‥‥。ですが、これは、犯人を注意して終わらせられるほど、簡単な話ではないかもしれません。ここ数日で、月代さんへのいじめが、日に日にエスカレートしていっています」


 そう言って、オレは、今日起こった水浸し茜事件の詳細を二人に話していった。


 すると、銀城先輩は苦虫を嚙み潰したような顔で、大きくため息を吐いた。


「‥‥酷い話だ。まさか、この学校でそんな非道な行いがされているとは思いもしなかったよ。最上級生の顔役として、未然に防げなかった自分の力不足を後悔するばかりだ‥‥」


「今更後悔しても猫の餌にもなりませんよ、レズ女。フランチェスカさんは陰の者ですから、いじめというものがどれだけ辛いことなのか分かっています。学科が違うため、一度も会話したことはありませんが‥‥その月代 茜さんとやらも、今、相当キツイ状況に陥っていることは想像に難くありません。正直、不登校になってもおかしくない状況であると言えます」


「‥‥‥‥実は、もう既に犯人については目星がついているんです。一年女優科クラスの、私を慕ってくれていた‥‥ファンクラブに加入した生徒たちです」


「一年女優科で、ファンクラブに加入している生徒‥‥もしかして、一人は、サイドテールの女子ではありませんでしたか?」


「はい、そうです。よく分かりましたね、花子さん」


「フランチェスカさんです。私はこれでも、如月 楓ファンクラブの経営に携わっている者ですからね。ですが、流石に名前までは覚えていませんね‥‥少し、待ってください。ビッチに確認を取ってみます」


「ビッチ‥‥? あ、あぁ、もしかして、陽菜さんのことですか?」


「はい。私は如月 楓ファンクラブの経理、会計を担っているんですが、会員の統括はすべてあのビッチがやっているのです。ですから、彼女の名前くらいは、あの女なら知っているかと」


 そう口にすると、花子はスマホを取り出し、何やらメッセージを打ち込んでいく。


 そして、数十秒もしない内に、すぐにブブッとスマホが震え、返信がきたことを知らせてきた。


「‥‥分かりました。女優科一年のサイドテールの少女‥‥名前は、宮内 涼夏さんです」


「宮内 涼夏‥‥それが、月代さんをいじめていた犯人の正体か。如月さん、どうする? 直接、犯人に月代さんをいじめるのは止めろと、問い詰めてみるかい?」


「‥‥‥‥いえ、カメラも仕掛けたことですし、まずは最初の予定通りに、証拠を掴みましょう。そのまま直接問い詰めても、はぐらかされる可能性もありますからね。先手を打って、逃げ道は塞いでやるとします」


 オレのその言葉に、銀城先輩と花子はコクリと、静かに頷いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



《宮内 涼夏 視点》


 ―――――――最初は、ほんの出来心だったと思う。


 私が大好きな如月 楓お姉さまに対して失礼な態度を取る、あの月代 茜が、気に入らないと思ったから。


 私たち女優科の生徒を見下し、眼中にないと言い放った、あの月代 茜の横暴な態度が、許せないと思ったから。


 だから、如月 楓ファンクラブの仲間内の四人で、ちょっとした嫌がらせをしてやって、あの女をビビらせてやろうと、そう思ったんだ。


 そうして、二日ほど下駄箱に落書きを書いていって、いじめを続けていた、ある日の放課後。


 私たちは月代 茜の下駄箱にいたずらしていたところを、二年女優科の先輩たちに見られ‥‥こう、声を掛けられた。


『なかなか面白いことやってんじゃん。私らも、あの一年は気に入らなかったんだよねー。ねぇ、そのいじめ、私たちも混ぜてくんない?』


 初めは、心強い味方ができたかと思った。


 自分たちと志を共にする、仲間ができたと思った。


 だが‥‥彼女たちは、私たちとは違った。


 私たちがやるような影で行う陰湿ないじめは好まず、先輩たちは皆、月代 茜に対してどんどん容赦なく派手ないじめを行っていった。


 トイレの個室に入っている月代 茜の頭に水を掛けたり、校舎裏に連れ出して、貯水池に突き落としたり。


 先輩たちは、根っからのいじめっ子だったのだ。


 正直、どんどんエスカレートしていくそのいじめ行為に、私たちは四人は徐々に恐れおののくようになっていた。


 でも、ここで抜けるなんて言ったら、先輩たちの悪意の矛先が自分たちに向くかもしれない。


 そう思うと、そのグループから抜けることも躊躇してしまい‥‥ただ、素直に従って、いじめ行為を続けていくことしかできなくなっていた。


「‥‥」


 先輩たちは、毎日、下駄箱の落書きを私にやれと、そう指示してくる。


 グループレインに落書きをした写真を送らないと、私に昼食を奢らせると、そう、脅しを掛けてきたこともしばしばあった。


 だから私は放課後、誰もいない午後七時まで学校に残って、下駄箱に落書きをしてから帰っている。


 そうしないと、いじめのターゲットが私になってしまうかもしれないから‥‥だから、私は、中傷の落書きを、懲りずに今もしているのだ。


「‥‥今日、お姉さまと目があったけれど‥‥もう、お姉さまのお顔を堂々と見れる自信がないな‥‥」


 最初は、五日くらいの間、月代 茜に嫌がらせをして、後は一切やめるつもりだった。


 それが、今ではこんな、後には引けないところまできてしまっている。


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。


 私は、お姉さまの演技を認めず、いつも彼女のことを悪く言う月代 茜が許せなかっただけなのに。


 何で、こんなことになってしまったのだろう。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌日。早朝午前七時。


 オレは、下駄箱に背中を預けながら、目的の人物が昇降口にやってくるのを静かに待っていた。


 そして‥‥その特徴的な橙色のサインドテールの髪を見つけたオレは、すぐさま彼女に駆け寄り、声を掛ける。


「‥‥宮内 涼夏さん、ですよね?」


「え‥‥?」


 宮内 涼夏は目をパチパチと瞬かせると、落ち着きが無くなり、おどおどとした様子を見せ始める。


「お、お姉、さま‥‥? な、何です、か‥‥?」


「少し、人のいない場所に移動しましょう。見せたいものがあるんです」


 オレは小型カメラを制服のポケットから取り出し、宮内 涼夏の目の前に晒しだす。


 すると彼女は、その意味を理解したのか――――顔を青ざめさせ、コクリと、小さく頷いたのだった。


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