第47話 女装男、修羅場を迎える
「監視カメラを仕掛けるとしたら、このロッカーと、後は‥‥一年生女優科の教室かな。どうだろう、花子。設置はできるかな?」
「‥‥フランチェスカさんです。問題はないです。ただ、カメラをお貸しするのには日を開けさせて貰います」
茜のロッカーの前に立った花子は、こちらを振り返ると、無表情でオレと銀城先輩の顔を見つめた。
そんな彼女に、銀城先輩は顎に手を当て、首を傾げる。
「どれくらい掛かるんだい?」
「長くて、一週間半~二週間程はかかるかと思われます。申し訳ございませんが、今、小型カメラは修理に出しているところでして」
「そう、か‥‥。他に、カメラを持っている知り合いもいないし‥‥その間は、申し訳ないけれど、月代さんには‥‥苦しい想いをさせてしまうかもしれないね」
「そうですね‥‥。それにしても、一週間半~二週間、ですか。ちょうど、私たちがロミオとジュリエットを講演する日程と近い感じですね‥‥」
茜のいじめの件は、劇の本番を迎える前に片付けておきたかったのだが‥‥現状、花子からカメラを借りるしか方法がない以上、これも仕方がないか。
カメラの修理が終わるまでは、できる限り、こちらで茜のケアとバックアップをした方が良さそうだな。
「では、カメラが戻ったら、即座に如月さんに連絡を入れたいと思います。取引条件の‥‥んんっ、どきどき~★如月 楓のグラビア撮影会~ポロリもあるよーっ♥‥‥の日程は、追って連絡を入れたいと思います。ではでは~」
「何故、グラビア撮影会のところだけ萌え声で喋ったんですか!? ‥‥って、ポロリはありませんよ!? 絶対にありませんからね!?」
オレの場合はポロリじゃなくてボロンだからな。いや、今はそんなことはどうでもいいか。
花子はオレのそのツッコミには何も返さず、そのまま踵を返し、昇降口から出て帰宅して行った。
そんな彼女の後ろ姿を見つめながら、オレは思わず大きくため息を吐いてしまう。
「‥‥‥‥グラビア撮影会、ですか‥‥。月代さんの件を解決し、ロミジュリの舞台を終えても‥‥まだ、問題は山積みのようにあるみたいですね‥‥」
七月になれば、プールの授業もある。
五月末の舞台稽古が終われば少しは楽になるかと思っていたが‥‥正直言って、頭を悩ませる事案がまだまだ山積みのようだな。
女装を解いて毎日平和に過ごすことができるであろう、夏休みが、今から恋しいぜ‥‥。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「銀城 遥希は、柳沢 恭一郎の姪‥‥ね」
午後六時半。自宅マンションのリビングで、香恋は紅茶を片手にそう呟いた。
オレはそんな彼女の向かいにあるソファーに座り、膝の上で手を組みながら、口を開く。
「あぁ。まさかあのイケメン女が、オレの従姉だったとは思いもしなかった。てっきり、クソ親父の浮気相手の子供‥‥とか思っていたからな」
「そうね。その可能性が一番高かったものね。‥‥ちょうど良いわ。私も、色々と情報を手に入れてきたの。これを見てもらえるかしら」
そう言って香恋は、三枚の紙をパサッとテーブルの上に放り投げてきた。
「これは?」
「以前、私の手の者に、銀城 遥希の素性を調べろと直接命令しておいたでしょう? その結果報告書よ」
オレは紙を手に取り、その中身に目を通していく。
『――――結果報告書』
『結論から報告すると、銀城 遥希は柳沢 恭一郎の娘ではないことが分かった』
『彼女の母親は、柳沢恭一郎の姉の『柳沢 圭』に当たる。父親は、柳沢 恭一郎が通っていたフランスの演劇学校の同級生であり、若き日の恭一郎のライバルとされるハリウッド俳優‥‥銀城 孝介。銀城 遥希の両親は共に、8年前、交通事故により他界している』
『12歳の頃に、柳沢 恭一郎は銀城 遥希を孤児院から引き取り、彼女を養子にした。それから彼女は、恭一郎の元で暮らすようになる―――――』
「なる、ほど、な‥‥。しかし、何ともまぁ、壮絶な人生を歩んでいるな、あのイケメン女は」
彼女とオレは二歳ほど歳が離れているから‥‥ちょうどオレが恭一郎に捨てられた年に、銀城先輩は、あの親父の養子になったというわけか。
書類をテーブルの上に戻し、オレは眉間を指で掴み、ふぅと大きくため息を吐く。
そんなこちらの様子を静かに見つめた後、香恋は目を伏せ、紅茶のカップを軽く揺らした。
「‥‥大丈夫?」
「‥‥あぁ。あのクソ親父はオレたちを捨てて、新しい娘を引き取ったってだけのことだろ。今更何とも思っちゃいねぇよ」
「貴方は‥‥お父さんのことが許せないのね」
「は?」
「貴方はいつもクールで、どこか、世の中をつまらなさそうに達観しているような気配がある。でも、柳沢 恭一郎のことが話に絡むと、何故だか急に苛立ちを露わにしはじめ‥‥子供っぽくなる。不思議ね」
首を傾げ、まるで母親のような優しい笑みを浮かべる香恋。
オレはそんな彼女にケッと唇を尖らせ、頭を乱暴に掻いた。
「今日、銀城 遥希にも同じようなことを言われたが‥‥オレもまだまだ未熟だってことだな。あの親父が絡むと、どうにも怒りを抑えきれなくなるようだからな」
「良いんじゃない。まだ、怒りを抱ける時点でマシよ。私はもう、父親と母親に関しては、何の感情も抱いていないから」
「そっちも結構、複雑な家庭環境なのか?」
「ええ。貴方ならば分かるでしょう? 花ノ宮家の人間は、自分の利益しか考えない、性根の腐った極悪非道な人間だらけ、ってことが。五年前、貴方が私たち花ノ宮家の養子になって、初めて御屋敷に姿を見せた日。あの時、彼らから受けた仕打ちは‥‥まだ、記憶に新しいはずでしょ?」
オレは服の上から腹部の古傷を撫で、眉間に皺を寄せる。
「もしかして‥‥あの場に、お前もいたのか?」
「ええ。遠くから見ていたわ」
「そうか‥‥」
五年前、10歳の時。恭一郎に捨てられたオレとルリカは、母方の親戚である、花ノ宮家を訪れた。
その時、親戚一同が集められた会食会に呼ばれたオレは‥‥花ノ宮家の人間たちから、杖や竹刀のようなもので、めった叩きにされたんだ。
曰く、恭一郎が母を奪って駆け落ちしたせいで、母と婚約を交わしていた会社の社長との繋がりが失われ、花ノ宮家に何百億の損失が出てしまったと。
曰く、穢れたネズミの血を引く忌子だと。母親の代わりに、損失の穴を一生賭けて埋めてもらう、と。
泣き喚く妹を庇いながら、オレは、花ノ宮家の人間にボコボコにリンチされたんだ。
その時にできたお腹の傷は、未だに消えずに、まだ残っている。
「‥‥‥‥何て言ったら良いのか分からないけれど、あの時は‥‥ごめんなさい。本家の娘だというのに、私は何もできずに怯えたまま‥‥殴られる貴方を遠くから見つめていただけだった」
「いや、別に気にすんなよ。お前もあの時はオレと同じでガキだったんだろ? 仕方ねぇよ。それに、親父が花ノ宮家に恨まれているのは知っていたからな。ああなることも、薄々分かっていた」
そう声を掛けると、香恋は沈痛そうな面持ちを見せる。
オレはそんな彼女に対して、思わずクスリと、笑みを溢してしまった。
「香恋、やっぱりお前は良い奴だな。オレは、叶うのならお前みたいな奴に、花ノ宮家を継いで欲しいと思うぜ」
「え‥‥?」
目をパチパチとさせ、香恋は驚いたようにこちらの顔を見つめる。
オレはそんな彼女にニコリと微笑み、再度、口を開いた。
「オレとルリカはいずれ花ノ宮家から逃げて、自由な暮らしをしようと思っている。けれど、今の花ノ宮家の当主様や他の血族の連中は、絶対にオレたちを花ノ宮家から解放しようとはしないだろう」
「‥‥‥‥」
「奴らは、オレとルリカを何処かの家の人間と交わらせ‥‥外交の道具にしようとしている。現にルリカは、高校を卒業したら、どこかの会社の社長に嫁がせられると叔母さんから聞いているからな。オレたちはこのままじゃ、籠の中の鳥だ。だが―――――」
オレはソファーから立ち上がると、香恋に向けて、握手の手を伸ばした。
「お前が当主になれば、そんなことはしないだろう? ここ数日、お前と関わってみて分かった。お前は良い奴だ。他の花ノ宮家の人間とは違う。だから、お前がオレたちに危害を加えないと約束するのなら‥‥オレは全力でお前が当主になれるようにサポートするよ。今まで以上に本気で、如月 楓として、学園を盛り上げて見せる」
「‥‥」
「改めて、オレと手を組もうぜ、花ノ宮 香恋」
そう言葉を放つと、何故か香恋は、肩を振るわせ始めた。
「‥‥‥‥わた‥‥し、は‥‥」
香恋はいつものようなクールビューティーな様相を崩し、突如、瞳を潤ませて、動揺した様子を見せ始める。
そんな彼女の様子に首を傾げていると、香恋は唇を震わせながら、開口した。
「私は‥‥私は、貴方が思うほど、善人ではな―――――――」
その時だった。リビングのドアが突如開き、そこから‥‥紅い髪の少女が、姿を現したのだった。
「フーマ!! 今日も来てやったわよ!! またあんたのご飯を、あたしに食べさせなさ‥‥って、え、えぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!? そ、その黒髪の女は、誰よッッッ!?!?」
オレと香恋は思わず目を見開いて、ポカンと、同時に大きく口を開いてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます